第二話「魔法少女マジカル☆リリィ」

「――うわっ、眩しい!」


 結人が路地を曲がった時、目に飛び込んできたのは強い光だった。昼間でも薄暗く、犯罪の温床になりそうな場所に似つかわしくない輝き。結人は腕を交差させて目を細めた。


 光はやがて止み、ゆっくり目を開くと――そこには一人の少女が立っていた。


 衣装はピンクと白のコントラスト、生クリームたっぷりの洋菓子を思わせるふんわりとしたスカートが目を引く。フリルが可愛らしさを増幅し、膝上までしかないスカートから伸びる足は白いタイツで守られ、清楚さを醸し出していた。


 そして、髪は彼女を象徴するピンク色。ツインテールに分けられ、少し幼い印象を与える。そんな彼女を見つめ、結人は呆然と立ち尽くす。


「う、嘘……だろ?」


 生徒手帳や藤堂政宗のことなど忘れ、結人は目の前の少女に心を奪われていたのだ。


 さて、彼女はビルの合間から覗く空を見上げ、膝を軽く曲げる挙動を取っていた。その動作に「どこかへ行ってしまう」予感がした結人は慌てて、


「待ってくれ!」


 手を伸ばし、縋るような声で叫んだ。その呼びかけに少女は振り向き、表情に驚きを描く。


「あ、あれ? 君はさっきの?」


「俺のことはどうだっていい。君、その格好は!」


「え!? あ、いや、違うんだよ! ぼ、ボクは怪しいものじゃない! 格好は怪しいけど……その、やってることは正義そのものっていうか!」


 恥ずかしい格好だと自覚しているらしく、狼狽する少女。


「安心してくれ、怪しいとは思ってない! 寧ろ、俺は君を探してたんだから!」


「ボクを探していた? どういうこと――って、あ!」


 結人の手に握られているものに気付く少女。みるみる青ざめていき、顔中にだらだら汗をかく。


「も、もしかして、ボクの秘密……知ってるの?」


「あぁ、知ってるとも。君は――魔法少女だ!」


「ひぇ~! やっぱりバレてるんだ! どうしよう!」


 目をギュッと閉じて、現実から目を背ける少女。


 ――そう、彼女はその派手な見た目どおり、魔法少女なのである。


「ほう、なるほど。とりあえず正体を看破しても魔女ガ○ルにはならないのか」


「ん? 魔女ガエ○……? あ、懐かしいね、それ――って、どうしてそんな昔の話を!?」


「俺が最近、全シリーズを視聴したからだ」


「……え、どうして? 君、高校生だよね?」


「高校生が見たっていいだろ? 趣味は人それぞれ。それに見た理由は君のせいだぞ!」


 犯人はお前だと言わんばかりに指差す結人。


「えぇー!? ボクのせいなのー!?」


 少女は言いがかりのような言葉を受け、自分を指して驚愕する。


 さ魔法少女アニメにはまった理由が「彼女」だと言う結人。ここまで語れば――いや、もっと前から明らかだと思うが、



 結人が探していた魔法少女は――目の前の彼女なのである。



「まぁ、そんなことはどうだっていい。まさかこんなところで会えるとは。俺はずっと君に伝えたかったんだ。昔、この命を助けられたお礼を」


「え? ボクが君を? うーん、沢山の人を助けてきたからちょっと記憶にないんだけど――もしかして君は忘れず覚えてたの?」


「ああ、覚えてる。俺が中学二年生の頃の話だ」


「お、覚えてるんだ!?」


 何故か目を丸くして驚く少女。その反応などおかまいなしに、結人はずっと内に秘めていた想いを告げる。


「トラックに轢かれかけたのを君に助けてもらったんだ。でも、君はお礼を言う前に去ってしまって……だからこの機会をずっと待ってた!」


 結人は深々と頭を下げ――、



「本当に感謝してる――ありがとう!」



 あの時言えなかったお礼を少女に伝えた。


 ストレートな言葉を受け、目を見開く少女。やがて頬を掻き、表情は照れに変わる。正体がバレたことによる焦りは吹き飛んでいるようだった。


「言われて思い出した。君を助けたこと、あったかもね。ずっと覚えててくれたんだ……ボク、嬉しいよ」


 結人が顔を上げると、そこにははにかんで笑む少女の姿があった。その表情は可愛らしくて、結人は見惚れてしまう。


 胸が熱くなり、鼓動が加速していく。

 自分の気持ちが膨らんでいくのを感じる。


 そして、彼は胸の高鳴りでお礼と同じくらい伝えたかったことを思い出す。


「それでさ……魔法少女さん。俺、もう一つ伝えたいことがあるんだ」


「言いやすいように呼んでくれていいよ。ボクはマジカル☆リリィっていうんだ」


「そうなのか! ……じゃあ、リリィさん」


 結人は意中の人を指す美しい響きを口にし、名前を知れた喜びを噛みしめた。そして、覚悟を決める。


 ――生まれて初めての告白。


 行き着く先のない気持ちを抱え続けた結人は今、報われる嬉しさで胸がいっぱいだった。


 今日まで気持ちを捨てないで良かった、と――。


 鼓動が早鐘を打つのが聞こえる。しかし、緊張で告白を躊躇うといった感覚は一切存在しなかった。

 

 当然だろう。溢れんばかりの気持ちをずっと抱え続けてきたのだ。心が満たされれば、いずれ零れてしまうに決まっている。だから結人はリリィの瞳を見つめ、告げる。



「俺、リリィさんのこと……ずっと好きだったんだ! 助けられたあの日から君を毎日想ってて、いつしか恋心に変わった。君が好きだ! 俺と付き合って欲しい!」



 想いが導くまま、溢れるままに気持ちをぶつけた結人。ようやく告げられた感動で涙が溢れそうになるのをぐっと堪える。


 一方リリィも告白を受け、手で口元を押さえて瞳を揺らす。


「ありがとう。凄く嬉しいよ。突然過ぎて今すぐ返事ができないんだけど…………お付き合い、お断りしようって気持ちもないんだ。ちょっと、考えてみてもいいかな?」


「本当か!? その言葉だけでも俺は嬉しい! 可能性があるだけでも飛び上がるくらい嬉しいよ!」


「あはは、そうなんだ? でも、ボクも嬉しかったよ。秘密を知った上でボクを好きだって言ってくれる人がいるなんて思わなかったから」


 互いが喜びと幸福に満ちて、無邪気に笑い合う光景。


 好きな人と気持ちが通い合うかも知れない。そう思うだけで結人は飛び上がりたくなるほど幸せだった。


 だが――、


「あ! そうだ、ボク早く行かなきゃ。助けに向かわないといけないところがあるんだ」


「おっと、呼び止めてすまない! 魔法少女の仕事だよな? しっかりやってくれ、俺は応援してるぞ!」


「うん、ありがとう! じゃあ、行くよ」


 リリィは銀行へと向かおうとする――も「あ、そうだ」と呟き結人に向き直る。


「その生徒手帳、返してもらっていいかな?」


 手を差し出し、何気なく語ったリリィ。

 しかし――、


「………え、生徒手帳? どうしてこれを君に?」


 リリィの言い放った一言に結人は疑問符を浮かべ、首を傾げる。


 ……実はリリィがバレたと感じていた秘密。両者の間には大きな認識の違いがあったのだ。


 少し前にリリィが問いかけた「秘密を知っているのか?」に対して、結人が返した肯定は「リリィが魔法少女だと知っている」という意味だった。


 しかし、リリィはそういう意味で問いかけていないのだ。


「ボクが落とした生徒手帳を持ってきてくれたんだよね? それを見たせいで……魔法少女マジカル☆リリィがボク、藤堂政宗だって気付いたんでしょ?」

 

 リリィの語る言葉、その全てを硬直した表情で受け止める結人。


「…………ちょ、ちょっと待てよ。ははは、君は何を言って」


 脳が拒むも、少しずつ現状が理解へと至っていく。


(――は? 藤堂政宗が魔法少女マジカル☆リリィ? じゃあ、俺が今日まで片想いしてた相手は……男だったっていうのか?)


 今まで想いを馳せていた魔法少女のビジョンや告白して気持ちが通いかけた幸福感、それら全ては――ガラスが割れる音を響かせ崩れ落ちる。


 そう、結人はこの瞬間まで――政宗が魔法少女だとは微塵も思っていなかったのだ。


「う、う、う――嘘だぁあぁあぁあぁあぁあぁああぁあぁあぁああああああああああああ!」

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