第一話「少年は魔法少女に恋をした」
「なぁなぁ、お前ってさ――好きな子いんの?」
高校入学から一週間が経過した四月十二日――授業合間の休み時間。
教室にて窓際の席で外の風景にボーっと視線を預けていた
彼は結人にとって今日までにできた話せるクラスメイトの一人。結人の前の席を借り、向き合うよう椅子に跨がった。
さて、質問を受けた結人は意図を察し呆れている。
(お前の方こそ好きな子いるのかって聞き返されて話したいやつの質問だよなぁ、これ。っていうか入学して一週間でもう好きな子がいるのか、コイツ)
そういう結人にも好きな人はいる。質問には答えられるのだ。だが、結人はその人物の名前を知らなければ、学校も分からない。知っていることといえば一つだけ――。
「魔法少女」
「……は?」
「だから、魔法少女」
「ま、魔法少女? 俺は好きな子を聞いたんだけど……お前ってそういうアニメのキャラクターとか好きなタイプなの? オタクか?」
「お、お、お、オタクちゃうわ!」
「めっちゃ動揺してるじゃん、図星だろ」
冗談めかして本心を口にしてみたが、火傷する結果になって結人は後悔した。
だが、結人は彼女を「魔法少女」以外の特徴では表現できないのだ。
できることならもっと知りたい。だが――その人物が今どこにいるのか、そしてどんな人なのか知る術は相手が相手なだけに存在しなかった。
結人は中学の頃、運転手の急病でコントロールを失ったトラックに轢かれかけた。そんな窮地から救ってくれたあの魔法少女――。
結人はずっと彼女を想い続け、気持ちは恋心に発展していたのだった。
○
「お、新しい魔法少女もののアニメが始まるのかぁ。公式アカウント、フォローしとこ」
独り言を呟きながら、結人は握りしめたスマホを親指でスライドする。
放課後――部活動の喧騒を聞きつつ校門から出た結人は電車通学であるため駅へと向かっていた。ビルやコンビニ、飲食チェーンの看板が並ぶ駅通りを歩く結人。彼の視線はスマートフォンへ注がれていた。
つい先ほどオタクを否定した結人だが、魔法少女のみに絞ればオタクと言って差し支えない。
本物の魔法少女に片想いし続けた結人は会えず満たされない気持ちを埋めるため、魔法少女アニメを見るようになった。抱え続けた魔法少女への憧れは趣味としても昇華していたのだ。
「今度の魔法少女アニメはゆるい系かな? でも、そう思ってて何度も裏切られてるんだよなぁ。最近の魔法少女、鬱展開やりがち」
魔法少女あるあるを思わず呟いてしまうほどに毒されてしまった結人。日曜朝の女児向けアニメも欠かさずチェックするほどの筋金入りだ。
ちなみにスマホで閲覧しているのは魔法少女アニメの情報だけでない。この街の周辺で魔法少女に関する目撃情報がないかSNSで検索もしている。
――実は、魔法少女の目撃証言自体は意外と多い。「UFOを見た」くらいの信憑性だが頻繁にネット上を飛び交っている。しかし、奇妙なことに目撃者達は決まって後日こう言うのだ。
何故自分はそんなものを見たと語ったのか。きっと幻覚でも見ていたに違いない、と――。
結人もあの魔法少女が幻覚だったのではないかと疑った時期はあった。
(でも、これだけ証言があるんだ。魔法少女は存在する。火のないところに煙は立たないと言うし)
そして、毎日のように考える。
(何とかあの魔法少女に会えないものかな? もし会えたらあの日助けてくれたお礼と、そして――好きだという気持ちを伝えたい)
やり場のない気持ちがキュッと彼の心を締め付ける。
――と、そんな時だった。
向かい側から慌ただしく走ってくる人物。彼は結人とギリギリ肩が触れる距離ですれ違う――も、二人は引っ張り合って立ち止まる。
どうやらカバンにつけていたキーホルダーが結人のカバンに絡んでしまったらしい。結人は歩きスマホをやめ、キーホルダーを引っ掛けた人物の方を向く。
「あー、ごめんね! ちょっと急いでたものだから」
そこにいたのは結人と同じ学校の男子生徒だった。面識のない生徒。だが、結人は「噂によく聞く隣のクラスの彼だ」と一目で正体を見抜いていた。
「いや、大丈夫だよ。それより急いでるんだろ、早く行った方がいいんじゃないか?」
「そうだね、ありがとう! じゃあボクは行くよ」
絡んだキーホルダーを解くと、照れたように舌を出して走っていく彼。その後ろ姿を見送りながら結人は思う。
(クラスの連中が噂してたな。隣のクラスに少女と見紛う可愛い男子生徒がいるって)
金髪の少し跳ねた髪は男子としては少し長いが、見方を変えれば女子のそれ。華奢な体躯に声変わりしてない疑惑もあり「男装した女子説」が囁かれる生徒。
きっと彼こそが噂の人物だと、結人は確信した。
(うん、確かに可愛い。あの舌を出した表情はかなりの破壊力だった。もし男と知らず好きになったらどうなっちまうんだ)
再びスマホへ視線を落とし、駅へと歩みだそうとした結人。しかし足元に何かが落ちていることに気付き、しゃがんでそれを拾う。
(ウチの生徒手帳か。多分カバンを引っ掛けたタイミングで落としたんだろうな。……アイツの名前――
外見に似合わない男らしい名前に驚き、その四文字を覗き込む。
(しかし、これ……拾ったからには俺が届けないといけないよな。明日職員室に届けるか? でも、落としたことに気付いて今晩ずっとモヤモヤするのは可哀想だな)
写真入りの身分証である生徒手帳が手元にないのは落ち着かないはず。
そう思った結人は仕方ないとばかりに深く息を吐く。そして、あとを追うべく駆け出し――政宗が曲がった路地へ入った。
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