第63話 蛇女


 文化祭の前日、百目鬼は真っ暗な道をトボトボと歩いていた。文化祭の準備もあったが、悪友と遊びまわっていたせいで遅くなってしまったのだ。


 (にしても、あの狩谷とかいうやつ・・・・・)


 百目鬼は、小次郎に相手をしてもらってから指導を仰ぎにいかなかった、唯一の生徒だ。


 彼としては虎視眈々と小次郎に仕返しをする機会を狙っていたが、最近は小次郎の周りに人が多すぎるため、欝々とした日々を過ごしていた。


 「くっそ!」


 そばに転がっていた空き缶を八つ当たり気味に全力で蹴り上げる。


 「面白くなさそうね」


 飛んでいった空き缶を眺めていると、後ろから女の声が聞こえてきた。夜だからか、やけに耳に残る、粘っこい声だ。


 「誰だ!」


 「あん、そんなに睨まないでよ。怖いから・・・・」


 振り向いてデバイスを展開しようとすると、暗がりにいる彼女は情けない声で媚びるように言った。


 「誰だ・・・・」


 (顔が見えない。武器の有無すらわからない。くそが・・・・)


 「誰でもいいでしょ」


 「・・・・・なら、なんで俺に声をかけた」


 「ん~、私ね、昔ひどい目にあったことがあるんだ」


 「はあ?」


 いきなり変わった話題に眉をひそめる百目鬼の前で、彼女は少しずつ暗がりから出てきた。


 「あの、狩谷に」


 「っ!、あいつを知っているのか?」


 百目鬼は、彼女の口から狩谷という苗字が出てきたことと、彼女の扇情的で、魅力的な格好の両方に衝撃を受けた。


 そのせいで、知らず知らずのうちに警戒が解けていくのを、百目鬼は自覚できていなかった。


 「ええ、もちろん。あなたも、何かひどいことされたの?」


 「・・・・あ、ああ。そうだ」


 「まあ、何でもいいわ。でも、あいつが嫌いなのはあたしと同じでしょう?」


 彼女はどんどん百目鬼との距離を詰めてくる。その魅惑的な肢体を駆使して、気配もなく近寄ってくる彼女は、まるで蛇のようだった。


 「あたしたち、同じね・・・」


 半ばうっとりとした目で自分を見つめてくる美人に、百目鬼は視界が揺らぐほどの動揺を覚えた。

 

 「う、うん・・・」


 「ふふ、かわいい。ねえ、あたしといいことしない?」


 「いいこと・・・・・?」


 百目鬼は、霞んだ視界で彼女の左手が振り上げられたのが見えた。


 「ええ、いいこと」


 「うん、するよ・・・・」


 「お利口ね」


 振り上げられた彼女の左手には、歪な形のナイフが握られていた。その鋭利な刃が、百目鬼の首筋にするりと入り込んだ。


 「ん、がっ!」


 百目鬼の視界は晴れてくれたが、その頃にはもう自分の体は動いてくれなかった。


 ※次回更新 7月31日 金曜日 0:00

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