第58話 平和な日常


 「でも、最初は1年ぐらいこっちにいるって言ってたよね?」


 家を出た2人は、肩を並べて静かな道路を歩いていた。


 「そのつもりだったんだけど、向こうの兵隊の入れ替わりに合わせたら、少しだけ早まったんだよ」


 「ふ~ん」


 そこで会話は途切れ、沈黙が2人の間に落ちる。


 「・・・・・・・・」


 「・・・・・・ま、文化祭に出れるのは良かったと思うけどな」


 「へえ~、意外。文化祭興味あったんだ」


 「まあ、人並みには。初めてだし」


 「なら、さ。当日一緒に回らない?」


 少しだけ早口で言い切った香耶の唇は、不安を示すかのように震えていた。


 「いいの?」


 「う、うん」


 「なら、頼もうかな。俺もそのほうが楽しめそうだし」


 「そ、そっか」


 「にしても、性格変わったよなあ。香耶は」


 「そう?」


 小走りで小次郎の前に立ち、手を後ろで組んでほほ笑む香耶の姿は一枚の名画のようで、闘技場で突っかかってきた学園一位と同一人物には見えなかった。


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 そんな風に談笑しながら学園に入ると、小次郎は闘技場に、香耶は教室へと向かった。


 「それじゃ、昼休み行くね」


 「わかった」


 香耶とお互いに手を振って別れると、小次郎はかすかに歩みを速めた。


 (1時間目は入ってなかったから大丈夫だけど、志保は時間にうるさいからな・・・・)


 「おはようございます、狩谷先生」


 「ん、ああ。おはよう」


 (やっぱり慣れないな。先生ってのは)


 克己との一件以来、校舎内でも堂々と香耶と話していたせいか、小次郎も生徒たちにも少しずつ受け入れられつつあった。


 闘技場教官室の重い扉を開けると、識と志保はすでに中でくつろいでいた。


 「おはようございます」


 「おはよ~~」


 「やあ、おはよう」


 志保がばっちり化粧も済ませ、スーツをビシッと着ているのに対して、識は白衣をだらしなく着て、ソファにへたり込んでいる。


 「どうしたんですか?」


 「・・・・・眠い」


 「はい?」


 「昨日、夜遅くまでゲームなんかしてたからだろう? 自業自得だ」


 呆れたように言う志保は、口調とは裏腹に楽し気な表情を見せていた。


 「しほりんが早起きすぎるんだよ~。それに今日は土曜日だよ? 休みじゃん!」


 「まあ、来週一週間かけて文化祭ですからね。それぐらいは頑張らないと」


 (といっても当日にやることのほうが多いんだけどな。実技科の場合)


 「小次郎君も、朝強いの?」


 自分の席に荷物を置き、パソコンの電源をつけていると識が聞いてきた。


 「強いほうだと思いますよ」


 「あ~~~~~味方がいない~~~!」


 「変な声出すな!」


 ※次回更新 7月14日 火曜日 0:00

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