1-9

「なに?」


 頭上から聞こえてきた声に美穂が閉じていたまぶたをそっと開くと、女の胸元に淡い光を放つ刃が刺されていた。女の胸元から黒い砂のようなものがサラサラと零れ落ちる。それでもなお、女は手を伸ばす。その指先も次第に崩れ落ちていき、女の居たところには砂の山が残された。


「立てる?」


 そう問いかけながら座り込んだままの美穂の前に回り込んだ英二に、彼女はボロボロと涙を流しながら半ば飛びつくように縋り付いた。そんな彼女にどう対処して良いのかわからない彼はただワタワタと慌てふためくのみ。泣き叫ぶ彼女の背後の何も無い空間に亀裂が走る。それを見た英二はなおさら慌てた。亀裂は次第に広がっていき、まばゆい光が二人を包み込んだ。


 スンスンと鼻を鳴らしながらも、少し落ち着いたのか彼女はゆっくりと英二から体を離す。気まずそうに顔を逸らす彼の視線を追った彼女の顔が赤く染まっていく。ニヤニヤと笑みを浮かべるヨレヨレのスーツを着た男と眉間に皺を寄せた長身の男、それから口をあんぐりと開けやや間抜けな表情の女性が二人を見下ろしていたからだ。


 英二のわざとらしい咳払いに美穂は彼を突き飛ばす。突き飛ばされた弾みで後ろ向きに倒れた彼は後頭部を強かに打ちつけたが、誰も心配する素振りを見せない。飯島に差し出された手を掴み美穂は立ち上がると目を見開き、辺りを見回す。そんな彼女の肩を抱き、急かす様に歩き出した飯島を東雲が追いかけていく。


「あの子への説明は東雲お前んとこのバカが上手い事やってくれんだろうけど、問題はうちの新人だな」


 赤色灯を回転させながら昇降口の前に停車した救急車に乗せられる美穂を見ながら南部が呟く。ヤレヤレとでも言いたげに胸ポケットからタバコを取り出した南部だったが、火をつける直前で英二の咎める様な視線を受け、咥えたタバコをクシャリと握りつぶした。


「そこら辺は南部不良刑事さんにお任せしますよ」

「その呼び方やめろっての」

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