1-7

 南部と東雲が相談所を出て暫くした頃、その知らせはもたらされた。学校の教師に送られ、帰宅したはずの美穂が自宅から消えたというのだ。彼女の帰宅は母親が確認しており、具合の悪そうな彼女は自室に戻ったそうだ。だが、南部達が捜査の聞き込みに向かったときには既に彼女の姿はなかった。


「ヒバリさん、サーチをお願い! 俺も出る!」


 英二はいつぞやの刀をバットケースにしまい、相談所を飛び出だすと愛用の二百五十CCのアメリカンバイクに跨りエンジンをかける。ギアをニュートラルから二速へ。エンジンをふかしながら車体を半回転、地面にタイヤ痕が残ったが気にしない。急発進する車体を無理矢理押さえつけ、車道に飛び出す。


 聞こえてくるクラクションに呆れながら、ヒバリはパソコンのシステムを立ち上げる。怪異の反応を捉え、目的地まで誘導するのが彼女の役目だ。カシャカシャとキーボードを叩きながら彼女は苦言を呈す。


「英二君、安全運転って知ってますか?」


 インカム越しに聞こえてきた「言葉は知ってる」との彼からの返事に盛大にためいきを吐き出す。そもそも標的の反応をまだ捉えてもいないのに、一体彼は何処に行こうというのか。もう少し落ち着いて欲しいものだヒバリがそんなことを考えていた、その頃。


 赤黒い不気味な空が見える校舎の中を一人の少女が額に球の汗を浮かべながら走っていた。彼女は確かに担任の教師に自宅に送ってもらい、自室に戻った。いや、正確には戻ったはずだった。しかし、開けたドアの先は見慣れた自室ではなく、この不気味な空間。振り返ってみても自室のドアは既になかった。


 ノイズと共に、音程のひどく外れたチャイムの音が流れる。必死で駆けながら窓から外を見るとおそらくここは校舎の二階。外を目指す彼女の視線の先に曲がり角が見えた。走る速度を落とさないように何とか方向転換。階段を数段飛ばしながら駆け下りる。


「なんで!?」


 半狂乱気味に叫んでみても返事をするものは誰も居ない。震える足で再び階段を駆け下りる。だが、いくら降りてもまるで同じところをグルグル回っているかのように一階にたどり着けない。


 疲れからか足元が覚束なくなり、階段を踏み外してしまった。すぐに立ち上がろうとした彼女だったが足首に痛みを感じ、その場に蹲る。いつまでもここに居たくない、その一心で下がだめならと痛む足を庇いつつ階段を上ると、不思議な事にすんなりと二階に戻れた。


 近くの教室のドアを開け、身を隠す。相変わらず流れているノイズを不快に思いつつ体を縮こまらせ、膝を抱く。まるで人の声にみたいだ。聞こえてくるノイズをいちどそう認識してしまったのが原因だろうか。「って……ああって……」と何かを訴えているように聞こえてしまう。


 窓から外に出れないだろうか?そう考えた彼女は物音を立てないように教室のドアを少し開いた。耳を澄ますと何かを引きずる音が聞こえる。咄嗟にドアから体を離し息を潜める。物音が壁一枚隔てた所に来たときに彼女はミスを犯している事に気付いた。ドアを閉めていない。お願い!気付かないで!必死に祈る彼女の視線の先を白い服を着た何かが通り過ぎる。ドクンっと心臓が大きく跳ねた。


――アレはさっき見たときナニを掴んでいた?――


 それが引き摺っていた何かと目が合う。何かが口を開く。


「変わって……」

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