閑話2

 ……ぅーん、なんだか膝の上がモゾモゾしています。ん…ちょっとくすぐったいです。


 まだ夢の中にいる頭でそんなことを思いました。やがで意識がはっきりとしていき、森の中にいることを思い出しました。


「あ、あれ?私寝ちゃってた…?」


 ゆっくりと目を開け辺りを見回すと、そこは確かに森の中でした。そして違和感を探るべく視線を下へと向けると、


 ……


 めめめ、目があってしまいました!いつの間に目覚めていたのでしょう?ああ、そんなことよりも自己紹介をしなくては!


「…っ!あの、私!えっと、アリシアと申しましゅ、」


 かっ、噛んだー?!相手の印象が決まる大事な自己紹介で噛んでしまいました。ほら!驚いた顔をしています!うぅ…最後の最後で噛んでしまうなんて…。


 恥ずかしさのあまり、熱くなった顔を手で覆います。穴があったら入りたいと言いますが正にそれです。申しましゅって…


 それに寝顔を見られてしまいました…。変な顔とかしていなかったでしょうか?とても不安です。


「アリシアさーん!」

「はっ、はい!なんでしょうか!」


 呼ばれていたみたいです。まだかなり恥ずかしいですが反応しないわけにはいきません。どんなお話をされるのかとドキドキしてしまいます。






 ビックニュースです!なんと助けてくださった方は渡り人様でした!開口一番に私の身を案じてくれて紳士的な部分が垣間見えます。それに精霊さんが視える目──魔眼の持ち主であることも判明しました!


 私の周りには魔眼を持っている人がおらず、幼い頃は変な目を向けられることも多々ありました。


 皆にも視えているものだと思い、使用人たちがいる前でも精霊さんたちとお話したり遊んだりしていました。ですが使用人たちの間でそんな光景を見たとの噂が広まるとお父様はすぐ私に教育係を付け、魔眼というものが世間でどのように思われているのかを教えられました。


 お父様の根回しが早く、目撃したのがお年を召された方でしたのが幸いして噂は風のように消えてなくなりました。


 そして自らが意識してコントロールできるようになってからはあまり人前で使わないようにし、庭園や自室で精霊さんたちとお話することが多くなりました。


 とは言っても、私が一人になれる時間はそう多くなかったように思えます。稽古事や公務で常に誰かしら傍についていて、自由なんて日課をやる時間と時間は寝る前の少しの間だけ。


 そんな私を見兼ねたお父様が学園へ通う許可を出してくださいました。


 そのおかげで少しずつですが公務も減り、学園に通うための準備に時間が当てられ、一人で過ごす事が多くなりました。


 その時は精霊さんたちとお話ができると喜びましたが、時間が経つに連れて一人で自室に籠っていたあの頃を思い出し寂しくなります。


 自分が望んだことなのに寂しがるなど本当に自分は面倒くさいと思います。


 そんな時に今回の事件です。渡り人様と言うだけでなく魔眼の持ち主だと分かった時はとても嬉しかったですし、感情が高ぶって思わず泣いてしまいました。


 渡り人様は私が落ち着くまで待って、落ち着いたあとの私の話に耳を傾けて下さいます。いい人そうで良かった…。


 さて、お城に戻りましょう。………あれ、どうやって戻ればいいのでしょう?


 私は魔力を空っぽにしない程度に調整をしています。無理に使っても【転移】には届きませんし魔除けが壊れてしまいます。ですがこのままここに居ても血の臭いに誘われた怖い魔物達がいずれやって来ます。そうなると流石の渡り人様でも終わりでしょう。


 え?渡り人様は【転移】が使えるのですか?


 えー……本当に使えるのでしょうか?勿論渡り人様なら不可能ではないと思いますが…先程まで魔力切らしてましたよね?【転移】に使用する魔力は少なくはないはずですが…。何故渡り人様も疑問系なのでしょう?自分が出来ると言いましたのに…。


 ちょっと不安かもしれません。ですが渡り人様にそんなことを悟らせる訳にはいきませんので、至って普通の受け答えをします。


 【転移】使うときのイメージですか?そうですね…こう、クルっとやってザクッとやってシュバババーンとしてガチッという感じですね。


 自分が使うときは感覚でやっているので的確なアドバイスはできませんが、大まかには伝えられたと思います。…何で微妙な顔をしているのでしょうか。


 渡り人様は意識を集中させ、ふぅ、と一息。


 すると次の瞬間、姿が消えたかと思うと少し進んだ場所に渡り人様は立っていました。


 …はて?何が起こったのでしょう。私の知っている【転移】とは、通路のようなものを開いてそこをくぐる事で遠くの場所へと移動できる代物だった筈ですが…。渡り人様は通路を開く様子もなく一瞬で転移されてしまいました。これは…私の魔法アンテナが反応しています!


 急いで詰め寄りますが渡り人様自身もわかっていないらしく、仕組みなどは判明しないままです。……是非とも解明したいです!その為にはまず、お城に帰りましょう。


 渡り人様が転移魔法を使えるのでもう怖いものな…し………何処まで飛べばいいのか、ですか?


 ……盲点でした。私が魔力を使い切る勢いで探せばお城はみつかるのですが、そこまでの道のりは私もなんとなくしか分からないです。結局、転移魔法を使えてもどの方向にどの距離進めばいいのか伝えられません…。やはり魔物が襲ってこないことを祈って魔力の回復を待つしかないのでしょうか?


 ですが渡り人様の考えは違うようです。城の場所を探してほしいとお願いされ疑問に思いながらも探してみることにしました。


 えぇと、ここじゃなくて…。……あっ、ここは公務で来た記憶があります!ということはこの町の北の方にお城のある街があるはずです。


 見覚えのある道を辿って行くとすぐにお城が見えてきました。あぁ…やはり護衛の方達が慌ただしく動いています。ですがこの混乱した場所に私達が突然現れると更に混乱を招いてしまいそうな予感がします…。


 人が少なそうな…庭園にしましょう。見つけたことを伝えると少し考えるような仕草をしたあと、なんと私の頭に手をポンッと乗せてきました!


 驚いた私は変な声をだしてしまいましたが渡り人様は特に気にする様子はありません。こういった事に慣れているのでしょうか?


 とても素敵な方なのでもう既にお相手が…?


 …いえ、不確かなことで動揺してはいけません。恐らく私の外見が幼く、レディーとして見られていないと言う事でしょう。突然降ってきたビッグチャンス。これを逃してはカルスニア国王女の名が廃ります!頑張って私を意識させてみせます!




 どうやら渡り人様の準備が出来たようです。【転移】を唱える声と共に転移特有のゆらぎが…来ません。


 不思議に思い目を開けるとそこには【転移】のゲートが開かれていました。これって…


 私と同じことをして下さったと言うことでしょうか?未だ底の見えない魔導に対しての更なる可能性。


 私にはこの方が必要です。


 何故か分かりませんがそんな思いが私の心を満たしていきます。高まった感情故にこんなことを尋ねます。


 『貴方の、お名前を教えてください』


 『名前?そうか、まだ言ってなかったね。俺の名前は──』


 「ヴォォォォォオオオオオオン!!!」


 幼い頃読んだ、王子様とお姫様が出会うワンシーン。そんな儚さを思い出させるこの場面に突如、モンスターが乱入してきました。その巨体は鋭い眼差しで私のことを睨んでいます。


 オークよりも更に大きい体に鋭い牙。この個体は……オークマスター!?オークの中でも知能が高く群れを率いることを覚え、やがては集落を作り出してしまう危険な個体です!


 迫りくる巨体に呆然としていると渡り人様が背中を押して下さり《転移》の穴へと入ることが出来ました。ふぅ…あぁ、ビックリした。


 オークが沢山襲ってきたのはオークマスターが居たからでしょうか。絶え間ないオークの襲撃で私を弱らせようとしていた?何にせよオークマスターの登場が【転移】を使用した後で助かりました…。


 ……あれ?先程まで握りしめていたはずのパニュラの花がありません!お城を探す時には持っていたのですが……【転移】の際に落としてしまった?


 せっかく手に入れたパニュラを無くしてしまったのは残念ですが、またあのオークマスターが居る場所に戻るのはリスクが高すぎます。渡り人様と出逢えだだけでも幸運と言えるでしょう。そして…


「か、帰ってこれました〜」


 お城に戻ることができて本当に良かったです…。いつもお世話している花を見て気が抜けたのか、地べたに座り込んでしまいました。流石の渡り人様も堪えたようで、私と同じ様に座り込んでいます。


 そんな渡り人様を見て、今までのおとぎ話の様な感覚が現実味を帯びていきます。


 これから、渡り人様はどうされるのでしょうか?


 この疑問が頭の中を離れませんでした。

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