閑話1

 私の名前はカルザス・ホーン・アリシア。カルスニア王国の王女です。


 ある日、久しぶりに懐かしい夢を見ました。目が覚めるとそれまで見ていたのが夢だと認識してしまい、悲しい気持ちになるので朝は好きになれそうにありません。


 いつも通りの朝を迎えた私は魔法の練習をしようと中庭までやってきました。今日も転移魔法を練習しようと思います。中庭から私の部屋まで【転移】する日課のようなものです。


 何年もやり続け半ば作業的になっているのは否めませんが、それでも毎日欠かさず行っています。これをやらないと不幸なことが起きてしまうのでとても重要です。


 しかしその行為が引き金となって良くないことが起きるとは思いもしませんでした。




 【転移】をした私は自室ではないことに気が付きとても混乱しました。【転移】が失敗したのではなく、正常に発動した結果がこの森への移動だったのです。


 護衛を付けずに外に出たのは初めてで、この時戻っていれば危険な目に合わずに済んだのですが、冒険心が少し出てしまいました。



 森を彷徨うこと数分、私は素晴らしいものを発見しました!絵本の中でしか見ることのできなかったアメジスト色のパニュラがなんと咲いていたのです!


 女の子なら誰もが憧れるアメジスト色のパニュラ。咲いている場所が森の深くでキケンなモンスターが多く、高ランク冒険者に依頼したとしても入手できる保証はないとまで言われている花。


 そんな花をプレゼントされた人はとても幸せになると噂されています。


 私はその花の傍まで行き、根本から茎を折って手に取りました。


 美しいこの花を摘み取るのは少々心が痛みます。ごめんなさい。ですがこれを持ち帰れば……


 パニュラを見つけて舞い上がっていた私はこの花がどういった条件で咲くのかという事を失念していました。その結果、


「ブオオォォン!!」


 モンスターに遭遇してしまいました。しかも運の悪いことに女性を好んで襲うというオークです。


 咄嗟に護身として習得した【光の矢】を放つとオークの体に穴が空きそのまま倒してしまいました。おかしいです…こんなに威力が出る技ではなかったのですが…。


 って、こんなこと考えるよりも城に戻らなくては!他のモンスターが来る前に【転移】を…


「ブオオォォォォン!!!」


 もうモンスターが来てしまいました。しかもまたオークです。鳴いて仲間を呼んだのでしょうか?これでは【転移】するために城の位置を探している時間がありません…。


 私はただ逃げ回っては【光の矢】を放ち、オークを倒してまた逃げ回り、魔力が尽きるまで走り続けました。


 ですが先に私の体力が尽きてしまい、少し開けた場所の木の根本まで追い詰められてしまいました。



 鼻を突くような異臭と恐怖で震えが止まりません。私はこのまま…。



 …いいえ、嫌です。私はこんな所で死にたくありません。まだやり残したことが沢山あるのです!


 最期まで抵抗することを決めた私はオークを睨みつけます。妙に人間味のある気味の悪い笑みを浮かべながらオークの手が伸びてきます。逃げるときも握りしめていたパニュラをより強く握り祈りました。


 その時です。




「こっちだあああああああ!!!!!」


 こちらに向かって叫ぶ声が聞こえました。私の場所からは声の主は見えません。ですがそのお陰でオークの視線は私から外れました。


 急いで木の裏に隠れます。大丈夫、オークはあちらに釘付けです。あれ?でもそうすると声の主様に全てのオークが集中する…?


 スーっと血の気が引いていきます。


 私は誰かも知らない人にオークを押し付けてしまいました…。声からして男性…それも私とあまり変わらない年齢でしょうか。何にせよ心配です。


 恐る恐る木の陰から覗き込んでみます。



「キャッ!」


 思わず目を伏せてしまいます。オークの前に立ちはだかる人影が殴られる瞬間を目撃してしまいました。あの太い腕から繰り出されるパンチを受けては即死に至るのではないかと。


 咄嗟に見ないようにしてしまいましたが、私は起こったことを知る必要があります。ゆっくりと顔を上げるとそこにオークの姿はありませんでした。


 よく見るとオークが居た場所には血溜まりが出来ています。


 …ほ。どうやら人ではないようです。そうすると声の主は何処へ行ったのでしょうか?


 森の方からオークの断末魔と不思議な魔力を感じます。おそらく戦闘中なのでしょう。私も少しは魔力が回復したので応援に駆けつけなくては!


 急いで向かうとそこには男の人が倒れていました。大変です!私には何が原因か分かりませんし、判明したとしても適切な処置なんかできません…。


 ですが助けてくれた恩人を見捨てるなんてそんな非道なこと出来るはずがありません。男の人の側によるとまだ息があるのがわかります。


 目の前の苦しんでいる人に何もできないのかと思うと情けなく、自然と力が入ってしまいます。


 すると目の前を光が通過しました。これは…


 そうです!この方法なら何とか出来るかもしれません!


 膝をつき、倒れている方の体に触れます。そして飛び回っている光に祈るようにしてこう呟きました。


「精霊さん助けてあげて!!!」


 目の前を漂う光──精霊に頼むしか今の私には方法がありません。思い返してみれば自分の身を護るための魔法しか教えてもらえず、また自らも学ぼうとも思いませんでした。


 こんなことになるなら治癒の魔法だけでもツェルトさんに教えてもらえばよかったです。


 精霊さんは私の言葉に反応したのか、その光を大きくし男の人を包み込みました。


 これで一安心でしょうか…?……あっ、まだ気を抜いてはいけませんね。魔除けの障壁を張らなければなりませんし、何よりこの臭いでは……。


 場所を移動したいのですがこの人を引きずるわけにもいきません。悩んでいると突然、ふわりと男の人の体が浮き上がりました。


 これも精霊さんの力でしょうか…?ありがとうございます!


 私達は少し離れたあまり臭いの届かない木の下で休むことにしました。気休め程度の魔除けを張り、腰を下ろしたところでふぅ、と一息。


 何とか生きてます…良かったです…。あの時、この方に来ていただかなければ本当に危ないところでした。私の窮地に颯爽と現れたこの方はどちら様でしょうか?



 チラッ



 かっ、かっこいいです…!私は今、初めて殿方に運命と言うものを感じました!


 私があまり男性と接触して来なかったこともありますが、この方の顔を見た時に胸が、こう、高鳴りました!


 見たことのない魔法を使われていましたし、オークに殴られても立ち向かっていく姿はとても勇敢でした。それにこのパニュラが咲いている場所に偶然人がいたのもきっと運命に違いありません!


 そして手に持っているパニュラに目を向けると、何故かパニュラが枯れていました。


 え!?どどど、どうしたのでしょうか?摘み取られても数年は美しい状態を保っていると噂のパニュラが何故!?


 焦る私に一つの記憶が蘇ってきました。そういえば昔、読んで頂いた絵本の中に【力を使うと枯れてしまう】と言った内容があったような気がします!


 ということはこのパニュラは力を使ったのでしょうか?力とは何を指すのかはわかりませんが、枯れるはずのないパニュラが枯れている事。それは揺るがない事実です。


 パニュラと言えばもう一つ、私の大好きな御話があります。それは勿論、渡り人様が出てくる物語です!


 とある国のお姫様を渡り人様が助けるという御話なのですが、その中にパニュラを渡すというシーンがあるのです!とてもロマンチックで私の憧れとなっています!


 ……もしかしたらパニュラが力を使ったのはこの方を呼び寄せるため?そうなるとこの方の正体は……渡り人様?


 妄想に妄想を重ねたトンデモ話に我ながら呆れてしまいます。ですが…もし本当にそうなのだとしたら──…


 もう一度、彼の顔を見ます。見たことのない魔法を使用したりこんな奥深くの森に一人で居たりと不思議な点がいくつかあります。そして考えれば考えるほどその妄想は現実味を帯びていきます。


 まさか本当に…?



「ぅ…あ…ぁ…」


 突然彼が声を上げました。まだ目を覚ましていないようですが、とても寝苦しそうにしています。


 あぁ…えっと、地面に寝ていたら寝づらいですよね。それに苦しそうです。悪い夢でも見ているのでしょうか?……そうです!




 私は彼に近づき、彼の頭を少し浮かせてその下に自分の膝を入れました。


 お母様によくしてもらっていた膝枕です。私が誰かにするのは初めてですが、ちゃんと出来ているでしょうか?


 少しすると荒かった寝息も収まり、穏やかになりました。


 良かった…。ちゃんと安らいでくれているようです。お母様にして頂いたことを思い出してやってみたのですが、上手くいきました。


 …こうして見ていると私まで眠くなってきて……。


 すぅ…すぅ…。


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