ルミナース

「二人いるって…そんなことがあるのですか?」


 アリシアさんが驚きながらも冷静に質問する。魔剣は強大な力を持っているが故に使用者を選ぶ。基準はわからないが魔剣は口々に、「素質がある」と言うらしい。


「はい、ワタシも驚いていますがそちらのお二方は私の主です」


 断言する魔剣。具体的なことは判明しないが、俺とクラーには何らかの「素質」があると言うことだろうか。


 というかこの場合…どうなるんだ?


 俺とクラーが魔剣に選ばれたことはわかった。だが魔剣は一つしかないのでどちらかが所持してなければならない。もしクラーが携帯するとなると、新たな魔剣の使い手として話題になり常に傍において置かなければならない。俺が使うためには自分も同じ魔剣の使い手だと公表しなければならず、前代未聞の使い手が二人という話は瞬く間に広がるだろう。


 そうすると素性を調べようとする者が出てきて、いずれは俺の正体に辿り着いてしまうかもしれない。


 そしてその逆も同じく、俺が魔剣の使い手と判明すれば素性を探られる可能性は非常に高い。だったら…



「メディ君、この魔剣なんだが……僕に譲ってほしい」

「いいよ」


「頼む!この通りだ!…って、え?いいのかい?」


 驚いて間抜けな顔をするクラー。そりゃあ魔剣を譲ってくれなんて言った答えがYESだったらそうなるか。普通なら選ばれる以前に見つかりもしない代物なのだから。


「だが、君にも資格がある。そんな簡単に決めてしまったら…」

「いやお前、俺も欲しいって言ったら絶対に決闘を申し込んでただろ。それに剣ならお前の方が上手く扱えると思うぞ」


 先程のコイツはまじでヤル気の目をしていた。穏便に済ますためには俺が譲ればいい。ふと、渡り人の魔剣を見つめていたクラーを思い出した。


 クラーにとって魔剣とは特別な何かがあるのだろうか。いや、ただ魔剣が特別なものと言うことだろう。言わば一種の憧れ的な、それこそ御伽話にでてくるような存在ということだろうか。


 まだこちらの世界に来て半年も過ごしていない俺ではその価値を十分に理解できていないが、幼い頃から絵本などで見てきた彼らにとっては正に憧れの対象なのだろう。


「…ありがとう。この恩は必ず──」

「そういうのはいいから、早く抜いちまえよ。魔剣さんもそれでいいかな?」

「はい、ワタシは主に従います。それとワタシの名前はルミナースです。魔剣さんではありません」


 魔剣もといルミナースもそれで良いようだ。名前を強調してるけど何か思い入れがあるのかな?と思ったが自分の名前なんだから当たり前か。


 クラーがルミナースに近づいて柄の部分を握りしめる。そしてゆっくりと丁寧に持ち上げていく。


 すると剣は忽ち光に包まれその姿を変えていき、現れたのは声からの予想通りな女の子だった。


 純白のドレスに見を包み美しい銀髪を腰のあたりまで伸ばしている。くりくりとした可愛らしい目に長いまつ毛。まるで人形みたいだ。


「よろしく、ルミ…ナース……?」

「あっ…」


 どうしたのだろうか?クラーの様子がおかしい。ルミナースも何かしまった、と言う声を上げた。


 ドタッ


「「クラー!?」」


 突然、音を立ててクラーが倒れてしまった。何が起こったんだ?!まさかルミナースが裏切ったのか?そう思い警戒を強めると、ルミナースは釈明するようにこう続けた。


「申し訳ありません。調子に乗って人化するために魔力を貰い過ぎてしまいました」


 え?


「えっと…つまり、クラーは一気に魔力を抜かれたことによる魔力欠乏症ってことか…?」

「はい。おそらくですがその可能性が高いと思われます」


 魔力欠乏症か…。俺も先程なりかけたが、身体にある魔力が何らかの形で不足すると頭痛や吐き気、更には意識障害も引き起こすことがあるものだ。


 幸いにも魔力は自然に回復をするが、出来れば体験はしたくないものだろう。意識を失ったクラーは寧ろ幸運か?


 倒れているクラーに目を向けると、多少苦しそうな表情はしているが確かに呼吸は安定しているようだ。


「仕方ない、コイツを担いで転移するしかないか。ルミナースは…剣の姿に戻って戻ってもらえるか?」

「…はい。わかりました」


 ルミナースの表情は一見変わらないように見えるが、よく見ると少し眉が下がっている。せっかく人化出来たのに悪い事をしてしまっただろうか。


 しかし向こうに戻ったときの万が一のことを考えると剣の姿の方が都合が良い。それにクラーの意識がない状態で魔剣を披露するのは色々と説明が面倒くさい。


「アリシア、帰るために…」


 彼女に転移で戻るための案内を頼もうと思ったが、既に意識を集中させてここから元の場所までの道を探してくれているようだ。流石アリシアさん、転移ができるとわかったらすぐに準備をしてくれる。


 彼女の準備が終わるまで待っていようと静かにしていると、


「えっ?!ここって……」


 アリシアさんが突如声を荒げた。一体どうしたのだろうか?


「何か問題があった?転移は使えると思うけど…」

「はい、転移は使えるのですが…私達が居るダンジョンのある場所…実際に見て頂いたほうが早いですね」


 そういって手を差し出してくるアリシアさん。俺がその手を握り返すと、頭の中に映像が流れ込んできた。


 見えているのはダンジョン、ダンジョンの外、名前の知らない町と高速で移り変わっていく。もといたダンジョンへと向かっているはずなのだが一向に見覚えのある景色が見えてこない。不審に思ったが映像はまだ続いているのでしばらく見続けることにした。


 そしてまた町を通り過ぎようとした時だった。


 街を守っている壁の上に旗のようなものが見えた。大きく剣が描かれその剣に纏わりつくようにして蛇が絡み付いている。


「これってまさか!」

「はい…隣国、タルペール帝国の国旗だと思われます」

「ということはこのダンジョンはタルペール帝国の領地……」


 それってやばい事実じゃ?


 渡り人が意図的にこのダンジョンに飛ばしたとするなら動機やなんやらが曖昧だったが、タルペール帝国主導だったら合点がいく。


 いや、まだそうだと決まったわけじゃない…。渡り人が何か考えがあって俺たちを飛ばしたとも考えられる。


 …ダメだ。考えても確信が持てない。そんなことを考えているうちにもといた場所に帰った方がいいんじゃないか?


「…?皆様どうかされたのでしょうか?」


 俺達の事情を知らないルミナースが困惑している。そういえばこの子はこのダンジョンに封印されていたけど帝国と何か関係があるのだろうか?


 あるとするならこちらも大変な問題となりそうだ。


「ルミナース、タルペール帝国って聞いたことある?」

「国、でしょうか?申し訳ありません、ワタシは聞いたことがないです」


 ほ…。それならよかった。もし帝国が彼女の故郷だったらうちの国には連れていけないもんな…。


「わかった。これからの話とかはクラーが目覚めてからで、まずはここを脱出しよう」


 伸びているクラーを抱え、姿を変えたルミナースを持つと自らの外見を想像して苦笑を浮かべた。


「流石にクラーを担いでたら皆に驚かれるだろうな…。しかも派手な剣を持ってるとなると…うん、あんまり騒動を広げないように話を小さくしたほうがいいかな?」

「そうですね。学園の方々に説明して話が広がるよりまずはお父様にお話しなくては…」


 俺はルミナースに了承を取り少しの間、剣状態の彼女を背負うことにしクラーの持ち方を変えて彼女に尋ねた。


「学園のダンジョンの場所はみつかった?」

「はい!いつでも案内できますよ」


 よし、早く学園に戻るとしよう。細くて可愛らしい彼女の手を離さないようにしっかりと握る。


 今回は咄嗟の出来事で彼女を危険に晒してしまった。まだ俺の実力が足りないと言うことだろう。アリシアさんを護るためにはもっと強くならないとな…。


 彼女のことを見つめすぎたのか、アリシアさんがこちらを向いて頬を赤らめながら笑みを浮かべる。


 不意にそんな仕草を向けられた俺は改めてこう思った。







 アリシアさん…やっぱり俺…アリシアさんのこと……


「好きだ」

「えっ!?メディくん!?」


 ん?え?まさか…声に出してた…?


 アリシアさんはもじもじと手を動かしたり目線を合わせたかと思うとすぐに逸してしまう。


 …やべぇ、やってしまった。


 今まで隠してた気持ちを声に出して、アリシアさんがいる場所で言ってしまった。後悔、羞恥、そんな感情に駆られ今すぐに穴を掘って入りたいぐらいだ。


「…メディくん」


 その声にビクッと反応し、恐る恐る顔を上げると視線を逸したままの彼女が頬を紅く染めて立っていた。ぐっ…!かわいい…。


 ……そうだ、ここまで言ったのなら覚悟を決めて最後まで……


「あ、アリシア。これは…」

「が、学園の皆さんが慌てているかもしれないので早く戻りませんか!」



「そ、そうだね」


 ああ、あと一歩のところで勇気が出ない。自分の情けなさに落胆しながら転移の魔法を唱えた。


 そして転移しようとする直前、ふわりと漂う甘い香りと共に彼女が胸に飛び込んできた。


 クラーを抱えているのとは逆の手で、強く握っていたはずの彼女の手はいつの間にか解けていて飛び込んできた彼女を抱きしめるような形になっていた。


 混乱する中、彼女は背伸びをして──


「え…」


 頬に感じた感触が何なのか、分からなかった。柔らかくて、温かくて、優しかった。


「これが私の答えです」


 耳元で囁かれた言葉を理解する頃には、転移で移動が始まった後だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る