抹消された魔法


 地響きと共に巨大な魔物が出現した。


 呼吸するたびに揺れる大気。美しい光沢をもつエメラルドグリーンの鱗。鋭いかぎづめにそれ自体が生物のようにしなる尻尾。俺たちの居る位置からでは全長が見渡せないほどの大きな体。威厳を示すかのように広げられた翼は神々しささえ感じさせ、挑むことへの無謀さを表しているようだ。


「ドラゴン…!?」


 言葉を発することでようやく理解し、脳が働き始めた。先程まで広く感じていた部屋はドラゴンの登場により、ひどく狭く感じる。


 よりにもよってドラゴンかよ…!飲んだのは水だった筈だろ!?ダンジョンボスとか上位種とかそんなレベルではなく、まさに生きる伝説。そんな存在を相手に勝たなければいけないというのは悪夢以外のなにものでもない。


 だが幸いにも冷静に状況判断をすることが出来た俺は、防御魔法の最高難易度である【パーフェクトバリア】を何重にもして俺たちの周りに展開した。


(アリシア、こうなってしまったら仕方がない。クラーに本当の事を話して全力を出すしかない)

(で、でもそれではメディくんの正体が…)

(言いふらされたらこいつはその程度の人間だったってだけだ。俺はこいつを信じてる)


 少し間が空く。確かに正体が周りにバレたら被害を食らうのは俺だけではない。アリシアさんや国王までも飛び火してしまう恐れがあるのだ。それでも彼女は、


(…わかりました。私も信じます)

(ありがとう)


 アリシアさんも納得してくれた。ドラゴンがコチラを窺っている間に早く済ませてしまおう。クラーは自分たちの周りに現れた障壁に気がついたのか、落ち着いているようだ。


「クラー、今から大事な話をする。他のみんなには絶対に内緒にしてくれ」

「どうしたんだい?そんなに真面目な顔をして。それよりこの障壁は君が…?いや、わかった。話を聞こう」


 いつになく真面目な雰囲気を出したおかげか、それとも何かを悟ったのかすんなりと話を聞いてくれた。


 途中、ドラゴンの方をチラチラと見ていたが俺が異世界から来た渡り人だと言うと目を丸くして驚いていた。


「ハ、ハハハ。にわかには信じ難い話だね。でも、思い当たる節がない訳ではない」

「ああ、今言ったことは全て本当のことだ」

「何故僕に話そうと思ったんだい?眠らせたりする事だって出来ただろう?」

「……あっ。…コホン、俺はお前を信じている」


 そう言うと彼は噴き出して笑った。くそう、やはり俺も焦っていたのかその考えは出てこなかった。


「プッ、クク。分かった、誰にも言わないよ。それに僕たちは一度戦い合った仲だ。ライバルであり友人さ」


 徐に手を差し出してきた。俺はその手をがっしりと掴み握手を交わした。


「それで、メディ君。どうやってこの状況から抜け出す?」

「それなんだが──」


 まず敵はドラゴン一体。他に出現した魔物はいないようだ。現状襲われていない事を考えると攻撃をしなければあちらからは襲ってこないのだろう。だがこのままでは脱出することは叶わない。殺すか殺されるかそのどちらかだ。


 無論、負けるつもりなど毛頭ないが相手はドラゴン。その力は未知数でどんな攻撃をしてくるかもわからない。圧倒的な力では近づいて攻撃することは無理だろう。


 幸いにも俺とアリシアさんは魔法が得意なので、あらゆる防御系統の魔法を掛け即死だけは避けられるようにする。もちろん物理攻撃だけではなく魔法やブレス攻撃なども考えられるため、一度使った事があるだけの魔法なども駆使して防御面は完璧にした。禁書庫様様だ。


 攻撃は初めから全力で潰しに行く方向で決まった。クラーには申し訳ないが一発で蹴りをつけたいので前線には出ずに俺たちと一緒にいてもらう。


「アリシアさんは【穿つ光】で胴体を狙って。俺は【レコード・パニッシュメント】を使うから」


「…!わかりました」


 さて、準備は整った。待っててくれたドラゴンには悪いがご退場願おう。


 魔力を高め魔術を練っていく。高度なものは時間が掛かるため最初に張った障壁の中でじっくりと練る。アリシアさんのは魔法なので力を溜めてもらっているところだ。


 何故俺のは魔法ではなく魔術でやるかと言うと、使った事が無くイメージがしにくいからだ。障壁なんかは効果や名前で想像が出来るが、これは禁書庫に残されていた情報が少ないのでイメージが出来ず、威力が弱まったり下手をしたら暴発してしまう恐れがあるため魔術でやるのだ。


「凄い…僕でも魔力が集まっているのがわかる…」


 近くで見ているクラーが驚嘆の声を上げる。だが反応したのはクラーだけではなかった。


 『ギャオオオオオ!!!!!!!』


 耳をつんざくような咆哮を上げドラゴンが攻撃態勢に入ったのだ。少し顔を下げると口から火の粉のようなものが溢れ出した。おそらく…ブレスか?


 ブレスとはドラゴンの体内器官で生成される特殊な攻撃で有効範囲がとてつもなく広い。ドラゴンによる被害の多くはこれによるものと言われている。


 だが、その攻撃は俺たちには効かない。既に障壁を張って対策済みだ。


 口からブレスを繰り出され辺りは火の海に包まれる。ドラゴンの姿が一瞬見えなくなるもすぐに火は消え去り、その間に俺たちの準備は完了した。


「アリシアさん!」

「はいっ!」


 合図と共に攻撃を放つ。


「はぁっ!」


 先に繰り出されたのはアリシアさんの【穿つ光】だった。これは彼女がオークと戦っていたときに無意識に使っていたものだ。それを強化し、無駄を無くしたものが【穿つ光】でアリシアさん専用の魔法となっている。


 そんな魔法が放たれ、ドラゴンの胴体へと一直線に進んでいく。俺も負けじと完成させた魔術を放つ。


「【レコード・パニッシュメント】」


 この二つの技を受けるとさすがのドラゴンと言えども倒れるだろう。そう確信していた俺だった。


 先に放たれた【穿つ光】がドラゴンに当たりその鱗を突き破る──


 ことは無かった。


「なっ!?」


 一瞬の出来事。それでも俺は見逃さなかった。


 直後、【レコード・パニッシュメント】が発動しドラゴンはダンジョンが壊れるんじゃないかと思うほどの大爆発に巻き込まれた。


「…とんでもない魔術だ…。こんなものを一体何処で…メディ君?」




「うぐっ…!」


 頭痛と吐き気を催すような倦怠感に襲われ俺は膝をついた。


 うぇ……なんだこれ…。頭がフラフラする…。吐きたいのに吐けない。気持ち悪過ぎる…。


「メディくん?!」

「ごめん…かなりヤバイかも…うっ…」

「きっと魔力酔いです…私の魔力を移しますね」


 そういって手を握ってくるアリシアさん。きっと魔力波を合わせて送ってくれるのだろう。ゆっくりと気持ち悪さが軽くなっていく。


「ありがとう、だいぶ良くなったよ」


 そう言っても心配してくれていたが、立ち上がって見せると少しは安心してくれたみたいだ。


「ドラゴンは…?」

「まだ視界が悪くてなんとも…」


 障壁よりも外は黒い煙に覆われていてその姿は見えない。このまま何事もなく終わって欲しいが…


「……」


 アリシアさんが俯いた様子で落ち込んでいる。どうやら彼女にも見えていたらしい。


 【穿つ光】がドラゴンに直撃、貫くと思われていたが一切のダメージを与えずに弾かれてしまった。


 ドラゴンの防御力が予想より高かった?…いや、当たる前に弾かれていたからそれ以前の問題か。


 何にせよ、煙が晴れるまで待──


 ドゴォォオオン!!!!


「?!」


 頭に響くような空気の振動が俺たちを襲う。そして気がついた。外に張っていた【パーフェクトバリア】が一つ壊れているのだ。


 煙が薄くなっていきやがてハッキリとした輪郭が見え始める。どうやら攻撃を耐えたらしい。しかし、無傷という訳にはいかず、翼を一つと半分以上失い背中も焼け爛れていて瀕死の状態だ。


 アリシアさんの攻撃は効かなかったが俺のは効果あったのか?だとしたら…


「アリシア様メディ君!今すぐ僕に出来る限りの防御魔法を掛けてくれ!」


 焦りに身を任せて自らが出ていこうとするクラー。


「冷静になれクラー。お前が出ていってもぺしゃんこに潰されるだけだ」


「だがこのままでは…!」


 焦燥感に駆られているクラーを差し置き、アリシアさんに向かい合う。この間にもドラゴンは障壁を破壊し続けている。


「アリシア、もう一度【穿つ光】を撃ってくれ」


 その言葉に彼女は目を見開いて驚く。その瞳の奥には不安、迷いが見受けられる。


「私の魔法は、弾かれてしまいました…。それならメディくんに魔力を移した方が…」


「それも考えたよ。だけどそれを考慮してもアリシアが撃ったほうが良いんだ」


 アリシアさんの言うように、魔力を俺に移して攻撃する方法もある。だが効率的に考えると彼女が今撃てる半分程度の魔力しか得られないだろう。

 それに障壁が破壊し続けられている現状では、ドラゴンを倒すまでの時間をどうにかして稼がなければならない。


 そのための【パーフェクトバリア】はまだ俺しか使えないのでアリシアさんに【穿つ光】を撃ってもらいたいのだ。


「……」

「大丈夫。さっき弾かれたのは特殊スキルのせいだ。次は当たる」


 自信のない彼女に励ましの言葉を送る。焼け石に水かもしれないがこの方法しかないためお願いをする。


「…わかりました!うじうじしてごめんなさい。すぐに集中しますっ」

「ありがとう。タイミングは指示するからそれまで溜めておいて」


 彼女が決断したことで俺も障壁造りに意識を向けられる。残った魔力を掻き集めるようにして気を高めていく。


「僕にも出来ることは無いかい?」


 手持ち無沙汰だったクラーがやれることを探して尋ねてきた。囮になってもらうわけにもいかないので、入り口を監視すると共に出口を探してもらうことにした。


 ドゴォーーーン!!!!!


 翼を失い背中が焼けた痛みからか、ドラゴンは錯乱した様子で障壁に体当たりなどを繰り返してくる。


 巨体がぶつかる衝撃で生まれる威力はジリジリと障壁を削っていき、俺は回復した魔力を使って【パーフェクトバリア】を発動させる。


 彼女の魔力が十分溜まるまでの間はとてつもなく長く感じた。それこそ一分が数十分にさえ感じるほどに。


 そして、その時は来た。


「メディくん!いつでもいけます!」


「わかった!そのまま待機して!」


 アリシアさんから準備完了の報告。確実にドラゴンに当てるためもう少しの辛抱だ。焦る必要はない。


 次の攻撃で最後の障壁が割れる。ドラゴンはある程度落ち着いてきたのか、的確に障壁を攻撃している、いや、寧ろ怒り狂っているかもしれない。それなら好都合だ。


 パリーンッと音を立てて障壁が崩れ去る。それを好機と見たのか、ドラゴンは口を開け全身でのしかかる様にして迫ってくる。


「アリシアっ!」

「はいっ!」


 掛け声に合わせて魔法を放つ彼女。目の前にはドラゴンの口。暗いその口の闇を払うようにして光が進んでいく。


 【穿つ光】は喉を裂き、腹を貫いてドラゴンの息の根を止めることに成功した。


 力を失った巨体は地面に引かれて俺たちめがけて落下してくる。魔力を振り絞り、上に障壁を展開させ巨体を回避する。

 そしてドラゴンの体が光に包まれ粒子となって消えていった。


「勝ったのか…?本当に…?」


 クラーは目の前で起きた出来事に理解が追いつかず、呆然と立ち尽くしている。アリシアさんも自分がとどめを刺したことに実感が湧いていないようだ。

 だが俺たちは次の行動を起こさなければならない。


「クラー、出口は見つかった?」


「あ…あぁ、それなら向こうに見えるのがそうだと思うよ」


 クラーが指した方向には入り口のサイズとは違い、通常サイズの扉が確認できた。


「…まだ転移は使えないみたいだ。しょうがない、出口の方へ向かって転移出来る場所を探そう。アリシア、動ける?」


「足が、震えて…すみません。もう少し待ってください…」


 緊張から開放された反動で立っているのがやっとのようだ。このまま歩かせるのは危険…だが転移させられたことも考えるといつ敵がやってくるかも分からないので悠長にはしていられない。


「ちょっとごめん。でも急いでるから…」

「ふぇっ…?ちょ…は、恥ずかしいですっ…」


 俺は彼女の横に立ち、抱えるようにしてひょいと持ち上げた。アリシアさんは驚いて身をよじるが些細なもので、俺はバランスをとり彼女を両手に抱える形で歩きだした。


 思った以上に密着するな…。アリシアさんも落ちないように服をギュッと掴んでくれてるし。お姫様をお姫様抱っこね…。


「大胆だね、メディ君。出口までもう少しだ」


 クラーの言う通り、出口はすぐそこだ。


 この時、俺たちが重大な忘れ物をしたせいで後々面倒くさい事になるのだが、ここを脱出することで頭がいっぱいだった。






 出口を進んでいくがまだ転移を使えそうにない。通路の両脇には薪に火のついた灯火が揺れている。ふと、奥の方から光が漏れているのに気がつく。

 トラップを警戒しながらもその部屋に足を踏み入れると、俺たちの横を風が吹き抜けた。


「…?」


 こんな場所で風が起こることに疑問を感じたのか、クラーは首を傾げる。そして目を見開き、ある一点に集中していた。


 そこには一振りの剣が突き刺さっていた。


 崇められるように、讃えられるようにして鎮座している。白を基調として聖なるオーラを溢れさせながらソレは刺さっていた。


「ようこそ、我が主。ワタシは待っていました」


 目の前の剣から声が聞こえる。女の子の声だ。静かだった空間に彼女の声が響き渡り、剣が輝きを増す。


「魔剣…?」

「はい、ワタシはルミナース。全てを照らすモノです」


 彼女の回答に俺たちは硬直した。確かに渡り人の魔剣と同じ雰囲気が漂っている。


 一体何がどうなっているんだ…?渡り人に遭遇したりダンジョンのボス挑むことになったりドラゴンと戦うことになったり……終いにはこの魔剣。

 誰かに仕組まれているんじゃないかと思うぐらい大きな出来事が起こり過ぎだ。


「め、メディくん…もう大丈夫なので、降ろして…ください」

「あっ、ごめん…」


 抱えていたアリシアさんがもう歩けるようになったようだ。確かに彼女を抱えながら話をしているのはおかしな光景だったかもしれない。ゆっくり彼女を降ろすと再度、魔剣と向き合った。


「えっと、それで?誰がお前の主なんだ?」


 この場所には三人いる。アリシアさんは剣こそ扱えないが、様々な素質に関してはあるだろう。俺は渡り人だし、クラーは剣術の天才だ。


 もちろん俺は魔剣が欲しいが、彼女らには意識があり所有者と認めてもらえなければ扱う事ができない。それならば諦めて他の魔剣を探すしかないだろう。


「それは──?あれ…」

「どうかしたのか?」

「…た…います…」

「ん?」


 声が小さくてあまり聞き取れない。いますってのは聞こえたが肝心な部分が聞き取れなかった。


「二人…います。背の高い金髪の方と黒髪の方…貴方達は一体何の集まりですか…?」


 ……え?


「「えええぇぇ!?!?」」

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