ボス部屋

「やぁ、君たちには悪いけど見ての通りこの階層のボスと戦って欲しいんだ」


 大きな扉の前で立ち止まり大げさな手ぶりで課題を課してくる。予想通り俺たちのパーティはボス討伐のようだ。


「随分と投げやりですね。確かに先生からはSクラスならば大丈夫だと伺いましたが、魔物との戦い方を教えて頂けるのではないのですか?」


 クラーの意見はもっともだ。産まれたばかりの赤ん坊に立って歩くことを教えないように、まずは基本的なことから教えるだろう。ただし、それはあくまで無知であることが前提だ。


「ハハ、確かに他のSクラスの子たちならいいかもね。だけども君たち、特に君なんかはもう自分の戦い方を持っているだろう?」

「…そうてすね」


 そこまで実力が見抜かれていたことに驚くクラー。少しの間一緒の空間に居ただけだというのにこうも実力がわかってしまうのだろうか?

なにか釈然としない違和感を覚える。長年の経験だと言ってしまえばそれで終わってしまうが…


「まぁとにかく、戦いを見てそれに対するアドバイスとかはできるから…そうだ」


 何かを閃いたように無造作にバッグに手を突っ込みガサゴソとやっている。


「お、あったあった」


 そう言って彼が取り出したのは小瓶に入った赤い液体だった。俺たちに一本ずつ手渡すと説明を始めた。


「それは【ラッキー薬】と言ってダンジョンで稀に手に入る薬なんだけど、それを使うとダンジョンのボスが上位互換もしくは希少種になって現れるんだ」


 ふむふむ…ん?希少種?希少種…


「「「希少種?!」」」


 三人で声を荒げてしまった。後ろにいるほかの生徒たちは口をあんぐりと開けて言葉すら出ていない状態だ。


「ハハ、そんなに驚くかな?」


 当の本人は笑っているが笑い事じゃない。希少種といえばダンジョンに潜り続けている冒険者でさえ生涯に出会うことができるかと言われている、文字通り希少な魔物だ。その存在は御伽話にもたびたび登場するもので、龍種や上位種と並んで忌むべき厄災として語られている。


 まぁダンジョン以外では何十年も目撃されていないんだが。


「いえ!アドバイスとかそういう問題ではなくて、Sクラスといえど入学したてのたった三人が敵うはずが…」


 メガネをかけたクラスメイトが声を上げた。あれはグラース君だな。彼の言うことは一般的には正しく希少種とは本来、ダンジョンの上層に現れることはない。それはボスに挑み希少種と遭遇したパーティが全滅してしまうからだ。ここで注意するのは部屋に入るたび、ボスがリポップするというところだろう。そのため後に入ったパーティは前に入ったパーティがどうなったかなど知る由もないのだ。


「危険と判断したらすぐに助けに入る。もちろん彼らが倒せないと感じても助けるつもりだが…」


「私は反対です。入学して間もない彼らを危険に晒すことは教師としてできません」


 流石にこの事態は見かねたのか先生が前に出てきて抗議する。かなり頭にきているようだ。


「先生、これは生徒たちにとって貴重な機会です。私がついているので絶対に怪我なんかさせません」

「ですから、学園側としては―――」


 先生とアオバジュンヤとの口論が始まった。Sクラスの反応としても様々で、レアな魔物を見てみたい、危険なことはするべきではない、どうでもいいといった三つほどに分かれている。グラースくんなどのインテリ系は危険回避を望み、意外にもチャーミーたち女子グループは渡り人の力を見てみたいと賛成側だ。いやまず戦うのは俺たちなんだけど…。


「メディ君はどう思うかな、この戦い。僕は参加したいと思っているけど」


 クラーが尋ねてくる。まぁそうだよな。こいつにとっては自分の実力がどこまで通るかのものさしになる。たとえ敵わなくてもアオバジュンヤが助けてくれて魔剣の力も見られるかもしれないというオマケつきだ。


「私は反対です!わざわざ戦う必要性を感じません」


 アリシアさんが猛烈に抗議する。彼女としては多種多様な魔法の存在や俺が実力を出しすぎた時に渡り人と疑われるのを防ぐためだろう。


 確かに二人ともメリットがある。クラーの意見は強いといわれる魔物に対して自分がどれほど強いかがわかるし、アリシアさんの意見は渡り人とバレる危険性が少なくなる。まぁもうバレているかもしれないが…。ここはデメリットの少ないほうを支持しよう。


「僕は」

「あんたたち!いい加減にしなさい!」


 突如ダンジョン内に響き渡る声。幼くも力強いその声は魔剣から発せられたものだと理解するのに数秒掛かった。魔剣は腰に手を当て大きく息を吸った。


「この私が!アンタ達を守ってあげようってんだからさっさと中に入って戦いなさい!何があろうと私の一振りで灰すら残らないわ!オーッホッホッホッ!」


 一同唖然。そして瞬時に理解する。こいつは阿呆なのだと。


「…レーヴ…今のでバカってことがバレたぞ」


「うっさいわね。たとえ希少種だとしてもこのダンジョンに出てくる魔物なんてたかが知れてるわ!守りながら……いいえ、私なら一瞬で終わるからその必要はないわね。とにかく!アンタたちは戦いなさい!」


 ビシッと腰に手を当て指を向けてくる。これはもう…戦うしかないだろうか?反対していたSクラスの人たちは魔剣が発言したことによって何も言えなくなってしまった。先生は抗議し続けていたがその場の雰囲気的には戦う方向に決まってしまっただろう。


(メディくん、これ以上反対を押していたら逆に怪しまれてしまいます…よね?先程、魔剣の少女に見られていましたし…)

(そうだね…。ここはもう戦うでいってみよう。相手が凄く強かったら防御に徹して助けを求める…そんな感じでいいかな?)

(わかりました)


 アリシアさんと念話でボスに対する方針を決める。使う魔術は予め決めておいてアリシアさんより威力は控えめにしたほうが良いだろう。


 前衛はクラーと俺、後衛はアリシアさんが妥当だろうか。もしくは俺が中衛…?魔術を使いながらだと必ずしも前に出る必要はない…いや、それだとクラーの負担が大きくなってしまうか?


 ん?待てよ。そもそも俺が前に出てどうやって攻撃するんだ?クラーは剣を携えているが俺は何も持っていない。しまったな…こんなことならナイフでも備えてくるべきだった。


 仕方がない。そこらへんは臨機応変に対応していこう。そもそも敵がどの系統かもわかっていないし、もしかしたら取り巻きがいるかもしれない。そうなると動きも変わってくるだろう。


 圧倒的経験不足を痛感していると、どうやら先生とアオバジュンヤの話がついたようだ。結果的に先生が折れることとなったがやむを得ないだろう。興味ある生徒が多数居る中で反対の声が止んでしまったのだ。


 立場的に何かあったら責任を取らなければならないだろうし、よりにもよって戦うのが王女と公爵家の長男(と他一名)だ。もしものことなんて考えたくもないだろう。


「えー、先生と話がつきました。いつでも助けられるようにするのと、他の皆さんも見学の為に部屋に入ってもらいますがそこに私が掛けられる一番強固な結界を張ることでご理解頂けました」


 先生、後ろでそんな申し訳なさそうな顔をしないで下さい。何かあったら全部その渡り人のせいにしていいんですよ。俺たちの為にありがとうございます。


「それでは【ラッキー薬】を飲んでください。彼らを先頭にしてボス部屋に入ります」


 この液体を飲むのか…。少し怪しかったのでアドバイスに毒か?と聞いてみたが毒では無いと言っていた。アリシアさんの分も聞いてみて毒が入っていないことは確認済みだ。


 思い切って飲んでみると何も味がせず、ただの水のようだった。それはそれで思うところもあるが、不味いよりはマシだろう。


 飲み終えた俺たちが扉の前に立つと自然と開いていく。中の様子は暗くてよく見えない。入った途端、攻撃されることはないので三人並んで足を踏み入れる。




 ゾワリ




 部屋に全身が入った瞬間、不意にいつも体験していた"浮遊感"を感じた。そしてその直後、背筋が凍るような鋭い悪寒が走った。


 まだボスは出現していない。すぐに後ろを振り返ると、


「ま、マジかよ…」


 開いていたはずの扉は固く閉ざされておりそこにはクラスメイトも先生も、アオバジュンヤと魔剣の姿もなかった。


「ど、どういう事でしょうか?みんなが入る前に扉が閉まった…?」

「いえ…その可能性は低いかと。ダンジョンのボス部屋は一定時間は開いたままの状態だったはずです」

「ならどうして…」

「……」


 黙り込んでしまう俺たち。どうしたらいいのか分からない状態だ。


(アリシア、転移魔法は使える?)

(…駄目です。目印となるものが何も掴めません…)


 彼女の転移魔法も駄目か。こうなってしまうとボス部屋に閉じ込められて出られなくなってしまった事になる。そうなるとここから出る方法は一つに限られてしまう。


「クラー、俺たちが希少種に勝てる見込みがあると思うか?」

「それは…正直わかりませんね。相手の強さをまだ知らないので。それにしてもメディ君は随分と落ち着いていますね」


 落ち着いている?そう見えているなら良かった。アリシアさんに、慌てふためくなんてカッコ悪い姿見せたくないからな。


 内心はとても焦っている。何故閉じ込められたのか、アオバジュンヤ達は何処へ行ったのか。全く分からない。


 しかし、部屋に入った時の感覚を思い出しある答えに辿り着いた。


「転移…俺たちが入ってきた場所に転移魔法か何かが仕掛けられていた…?」

「…あっ」


 アリシアさんにも思い当たる節があるようだ。しかし、転移を経験したことのないクラーは頭にハテナを浮かべている。


「転移ですか…お二方心当たりがある様で。それは確かですか?」

「ああ、確実だ。それに手引きしたのはアオバジュンヤだろう」


 言葉にしていくとその疑いは確信へと変わっていく。


 アドバイス、さっき俺たちが飲んだ液体は何だ?


【水です】


 やっぱりか。わざわざそんなことをするって事はつまり、そういう事だろう。


「何故そんなことが言い切れるのです?彼は魔剣の持ち主でギルドから派遣されてきただけの人。こんなことをする理由が…」


 クラーが少し興奮気味に食いかかってきた。そんなクラーに落ち着いて説明しようとした時だった。


 地響きのような音が聞こえ部屋の中央に巨大な、モンスターと呼ぶに相応しい魔物が出現したのだった。


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