思わぬ襲撃

「お待たせしましたっ!」


 俺が魔境を脱出したあと、十分もしないうちにアリシアさんは戻ってきた。手には何も持っておらず、結局買わなかったのだろうか?【収納】を使っているかもしれないし…


 知りたいがあんなことがあったあとでは聞くに聞けない。アリシアさんはいつも通りの元気な様子に戻っていてまるで何事もなかったかのようだ。


「お、おかえり。」

「はいっ!お買い物はもう大丈夫ですか?」

「一応買いたいものは買えたから大丈夫だよ」


 当初の目的であったモノは確保出来たのでもう特に用事はないだろう。だが俺たちはどちらが言い始めるでもなく街を適当にぶらつくことにした。




 実際に歩いて感じたのだが、この街は道幅が広い。ダンジョンがあるこの街には馬車が多く様々な商人たちがやってくるため道路が普通よりも広く整備されていて露天などもチラホラ見える。


 またすれ違うのはローブなどを身に着け、杖や剣などを装備している冒険者が多く、沢山の人がダンジョンを求めて来ていることが分かる。ダンジョンが街中にあるというのは余程メリットがあるのだろうか。


 ダンジョンといえばこの街の冒険者ギルドはどこにあるのだろうか。まだギルド自体に行ったことがないので次の機会にでも探してみるとするか。流石にアリシアさんを連れて行くのは危ないので今日は行かないが。


 というかこっちの世界に来てから街に出るのは初めてだったりする。この街並みは向こうのヨーロッパに似ている気がするが実際にヨーロッパの街並みを見たわけではないのであくまで気がするだけだが。


 この世界の文明は一体どうなっているのだろう。科学や何やらが発達していて銃があるというわけではなく、かと言ってトイレは水洗だし羊皮紙でない高品質な紙もある。様々な文明が混ざっているようだ。


 これも俺以前に来た渡り人の影響だろうか。この世界では渡り人は組織に管理されているらしいからあまり関わりたくないけど。


 そんなことを考えながら陽気な日が差す道を歩いていると、なにやら先のほうが騒がしく人の波が押し寄せていることに気がついた。一瞬、アリシアさんの正体がバレたのかと思ったがどうやら違うみたいだ。


「なにかあったのてすか?」


 形相をかえて走ってきた人に恐る恐る聞いてみた。


「あ?あぁ、俺も実際にみたわけじゃないんだがどうやら魔物が向こうの方で暴れているらしい」

「えっ?!」


 魔物が街で暴れているだと?どういうことだ?街の周辺には魔物はいないはずだ。それが警備を掻い潜って街に侵入した……とは考えにくいな。


 とにかく理由は後々考えるとして魔物がいるならアリシアさんと寮に戻ったほうがいいだろう。


「まぁ…この街は冒険者が多いから多分もう片付いているんじゃないか?」


 逃げてきたときは慌てふためいたのだが俺が話しかけたことによって少し落ち着いたのだろうか。呑気にそんなことを言い出した。


 だが確かにこれだけの騒動になっているんだ。どこかの冒険者が倒してしまっているかもしれない。とはいえ万が一のことも考え、周りに気を張り巡らせて魔力の感知を行ってみる。


 魔物の出す魔力は人間とは違い、嫌悪感のようなドロドロした感覚がするのだ。


 ヒットするかはわからないがとりあえずやってみよう。目を閉じて魔力を高めてみる。


 うーん、これはアリシアさんだし…ん?あ、ああ!!


 見つけてしまった。その反応は大きくはないが確実に魔物のソレだ。しかも…


 こっちに向かってきてるぞ?!


 急いでアリシアさんの手を取り寮に【転移】しようとする。だが…


「メ、メディくん?」


 この周りには逃げてきた人たちがいるが冒険者らしき人影は不運なことに見当たらない。つまり俺たちがここから撤退してしまうと迫ってきている魔物に対処出来る者がいなくなってしまうのだ。


 でも俺が第一にするべきことはアリシアさんの身を守ることで街の人たちを守ることではない。アリシアさんが危険に晒されること自体がダメなのだ。しかし…


 俺たちが【転移】したばかりにここにいる人たちが怪我をしたとアリシアさんが知ったら?こう考えている間にも魔物は迫ってきている。ならば、俺がすべきことは決まっている。


「アリシア、少し待ってて。すぐ終わらせてくるから」


 そう言って彼女に俺ができる最高の保護魔法をかけ魔物を迎え撃とうとする。この保護魔法は並大抵の攻撃では傷一つつかない優れものだ。過保護すぎるかな?


 そんな行動を受けた彼女は、俺が何をしようとしているか理解したようで、


「…ありがとうございます。ですが私をもっと信頼して欲しいですっ」


 と不満を漏らしていた。


「ごめん…アリシアを危険な目に遭わせたくないんだ」

「むぅ…わ、わかりました。怪我しないでくださいね?」


 さて、アリシアさんから許可もいただけたのですぐに魔物討伐に行くとしよう。ここまで引き延ばしておいてなんだが、敵の魔物は一体でしかもそんなに強くないので瞬殺できてしまうだろう。魔物がやってきた方向には他にも複数の反応があったがそちらは冒険者と抗戦中のようで心配ないと思う。


 俺はこっちに集中しよう。全身に魔力を這わせて薄い膜を作り術を込めて表面を硬質化させる。こうすることで防御の面は大丈夫だろう。そして今度は内側から魔力を流し【アップ】の魔法を使う。


 【アップ】によって身体能力が上がった俺は石畳を駆け出して魔物のところへ向かう。人々の隙間を縫うようにくぐり抜け路地に入ったところで地面を強く蹴り屋根へと飛び移る。超人的なこの行動も魔法で強化されていれば可能だ。


 屋根に着地した俺は他の屋根へ次々と乗り移って行き一直線に魔物の元へと向かっていく。相手も同じように屋根の上を駆けており丁度対面する形でその姿を確認することができた。


 犬のような姿をしており大きさは中型犬ほど。なんと白目を剥いており口からは鋭い牙を覗かせ、涎を垂れ流している。


 ソイツは俺を認識すると唸り声を上げて戦闘態勢に入った。


 おそらくだがこいつは群れが冒険者と戦っている時に逃げ出してきた魔物だろう。逃げ出した時に屋根に上がったことで今まで冒険者に見つからず、彷徨っていたその進行方向に俺たちがいたと言う感じかな。


 まぁなんにせよ、街に魔物がいると危険なので早く排除しよう。


 【アップ】の魔力量を増やし魔物めがけて走り出す。ワンテンポ遅れて魔物もこちらに向かってくるが、その遅れが命取りとなった。


 俺は既に懐に入り込み、握りこぶしに魔力を集中させていた。そしてその拳に纏わせていた魔力を別のエネルギーへ変換させていく。拳が赤く染まり準備が整ったところで魔物の腹に向かって溜めていたエネルギーを吐き出す。


「ふんっ!!」

「ギャウンッ!」


 打ち出した魔力の塊は腹に重い衝撃を加えるとともに、全身に這うようにして一瞬で広がり魔物の体を包み込んだ。外側からは赤い球体が浮かんでいるようにしか見えないが、中では高温の空気が滞留している。


 やがて込められていた魔力が尽きると球体は萎んでいき黒焦げになった魔物が落下して焦げた異臭を辺りに撒き散らす。


 火を使ったのは選択ミスだったかも知れないと思い、鼻がおかしくなりそうなのを堪えながら魔物のそばへ寄る。この死骸をどう処理しようか悩んでいると突如、魔物の体に異変が起きた。


 全身が淡く光だしたかと思うと体が徐々に光の粒子へと変わり空気中に溶けていってしまった。


「な、何が起きたんだ…?」


 目の前の出来事に驚き思わず声が出てしまった。魔物が光の粒となって消えてしまうなどオークの時には起きなかったことだ。


 だが、この事象に関して一つだけ思い当たる節があった。


 ダンジョンだ。


 ダンジョンの魔物は死骸は残らず、光となって消えていくと本で見たことがある。それにこの街にはダンジョンがあるから尚更怪しい。


 しかし、ダンジョンの魔物が外に出現するなど聞いたことがない。となると…


 今までとは違う異変が起き始めている…もしくは誰かが故意的に外へ連れ出した…?ここで悩むだけで疑問は解決するわけない…が調べてみるしかないだろう。


(メディくん、怪我はしてませんか?)


 おっと、アリシアさんからの【念話】が届いた。


(大丈夫、怪我はしてないよ。すぐそっちに戻るよ)


 考えれば考えるほど疑問点はでてくるがここで立っていても意味がない。戻ろう。


 【アップ】を発動させアリシアさんのいる場所へと戻っていった。







 メディか去った後、屋根に残されたのは鼻をつくような異臭だけ。そこに、現れるはずのない人影が姿を表した。


「……残ってるな。これは火か…?いやしかし、被害がなくて良かった」


 安堵する声を上げ周囲を確認し始める影。


「…討伐者は居ないか。礼の一つでも言いたかったが…」


 空を見上げ残念そうに愚痴をこぼす。下の方で名前を呼ぶ声が聞こえる。


「あぁ!今行く!」


 彼が立ち去ったことで今度こそ屋根には平穏な時間が訪れた。

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