禁断の領域

「それじゃあ魔法が使えるようにしようか」


 媒体を手に入れたことである魔法が使えるようになった。その魔法とはズバリ【念話】だ。


 この魔法があれば結界などが張られていない限りどこにいても会話が出来るというもので禁書庫にあった魔法の一つだ。一般的には普及しておらず、とある部族の門外不出(出てる)の掟に縛られている魔法らしい。それに加えて高度な魔法で媒体が必要となると広まらないのも無理なかったかもしれない。


 【念話】の他に【テレパシー】という魔法があったのだがこちらは自分の意識に関係なく考えていることをそのまま伝えてしまうシロモノだった。会話しながら、『お腹空いた』と思えばそれが相手に伝わってしまい思い通りに会話が続かないという欠点があった。


 そんな爆弾を抱えながら使用するのは避けたいので他の魔法を探していたところ、【念話】の魔法を見つけたということだ。それが出発する前の夜だったので媒体が用意できなかった。そういうことだ。


「で、ではメディくん、私の手をどうぞ!」

「え?は、はい」


 バッと右手を差し出してくる。握れってことかな?握手のように出された手を握り返す。他の繋ぎ方だったら戸惑っていたかもしれないがこれはただ握手をしているだけだ。別に何とも無い。


 彼女はジッと握られている手を見つめている。


「…あれ?なにも……?」


 戸惑ったのは俺ではなくアリシアさんだった。小声だったのでよく聞こえなかったが何か魔法を使うのに手違いがあったのだろうか?


「どうしたの、アリシア」

「あっ、いえ。なんでもありません。やり方は覚えていますか?」

「覚えてるよ、確か──」


 確か媒体自体に自分の魔力を流し込み【念話】を使いたい相手の魔力波と自分の魔力波を同調させると媒体同士に繋がりのようなものが出来るのだ。同調させた魔力波を記憶させるために金属は必要であった。


 繋がりができた媒体同士は不思議な道のようなものがあり目には見えず、感覚的には【転移】の時に通る異空間と同じものだろう。


 【念話】は高度な魔法と言ったが"離れた場所に送る"点では【転移】に似ているのかもしれないな。


「そこまで覚えているのなら大丈夫ですね!」


 早速、媒体同士を繋げることにした。魔力波を同調させるのは練習で何回も行ったことがあるので簡単だ。


 アリシアさんの魔力波を感じながら自分の魔力と合わせていく。手を繋いでいるのはお互いが接触している部分で同調させてしまえば、一人でやるときよりも楽になるからだ。


 数十秒ほどで同調は終わり、俺は指輪に、アリシアさんはネックレスに魔力波を記憶させる。ひとまず、これで終了だ。


「なんだか呆気なかったですね」


 ぽそりと感想を呟く彼女。確かにいつもならもっと膨大な魔力を操作して発動させる魔法とか使っていたからな…。拍子抜けする感覚はわかる。


「本当に使えるのでしょうか?」


 すぐに終わってしまったことで不安になったのだろうか。


「じゃあ試してみようか。ここだと近いから…【転移】で寮に飛んで試してみるよ」

「わかりました。お願いします」


 アリシアさんにそう告げて【転移】で寮の自分の部屋まで移動する。もはや【転移】には慣れたもので呪文を唱えずとも移動できるようになっていた。


 【転移】で移動したあとに気がついたが街にアリシアさんを一人にしてしまった。早く確認して戻らないと。


 指輪に意識を集中させ【念話】の魔法を発動する。



(…きこえますか…アリシア…私は今…アナタの(聞こえます!))


 …全部言わせてよアリシアさん…。


(不思議な感覚ですね。頭に直接聞こえているみたいです)


 未体験の感覚で少し楽しんでいるようだ。


(ちゃんと聞こえるみたいだし、もうそっちに戻るね)

(はいっ!)


 【念話】について実験したいことはあったが別に今でなくてもいいだろう。そんなことより街にいるアリシアさんが心配だ。【転移】したせいで彼女にかけていた魔法が解除されてしまっていると思う。


 急いで【転移】をしアリシアさんの元へと戻った。


「ふぅ…アリシア、何か変なことは無かった?」

「いえ?少しの間でしたし特に何もありませんでしたよ?」


 その言葉に安堵しつつ彼女に魔法をかけ直す。が、今回のことで分かったことがある。【念話】は何か起こった後でないと行動ができないという事だ。


 アリシアさんの身に何かあったあとでは遅いのだ。最悪、魔力を断たれることだって考えていなければいけないな。


 今後の課題が見えてきた。


「これからどうしますか?」

「ん、そうだね…」


 元々、日用品を買いに来たのだった。しかし思わぬ出費で残りの残金は少ない。無駄遣いはしたくないが…。


 いや、パンツだけは買っておかなけれは…。


「少し買い物していいかな?買わなきゃいけないものがあるんだ」

「大丈夫ですよ!」


 アリシアさんの了承も得て服屋に行くことにした。ここまで来る途中に見かけたのでそこに行くとするか。


 服屋に入り、アリシアさんと別れてからパンツコーナーへ向かう。お金が少ないので安物のトランクスタイプを買って済ませた。


 よし、なるべく手短に終わらせることができた。アリシアさんを待たせるわけにはいかないからな。


 アリシアさんは確かこっちの方に来たはず…あっ、いたいた。


「おーい、アリシっ─!?」


 彼女に呼びかけようとしたところで気づいた。気がついてしまった。


 こんなことがあって良いのだろうか。禁忌とされる場所、男が一歩とも入ることを許されない魔境…。


 そう俺は女性用下着売り場に踏み入れようとしていたのだ。


 今ならまだ間に合う!引き返すんだ‼


 頭に警鐘が鳴り響き全身へと命令を下す。神経を伝い脳から送られる信号を受けた筋肉は瞬時に動き出そうとしていた。だが…


「あっ……」

「あ………」


 彼女と目があってしまった。


 二人の間になんとも言えない空気が流れ出す。アリシアさんを探しに来たとは言え、俺が居るのは下着コーナーの入り口。こんな場所にいるのを見つかってしまった俺は軽蔑の眼差しを向けられてしまうかもしれない。


 彼女の手には可愛らしい純白の下着が握られている。試着でもしようとしたのだろうか。流石はアリシアさん、白はとても似合いそうだ。


 そんなことを思っていると、俺がアリシアさんの持っている下着に視線を向けていることがバレてしまった。


「め、メディくん…」

「ごめん!もうちょっと時間潰してくるよ!」


 彼女がどう思うかわからないが、謝罪して早急に立ち去るのが正解だろう。


「待ってくださいっ」


 踵を返してその場を離れようとしたが彼女に呼び止められてしまう。


 ゴクリと唾を飲み覚悟を決めて彼女の言葉を待つ。発せられるのは軽蔑の言葉かそれとも罵倒の言葉か…。いや、アリシアさんに限っては罵倒なんてしないと思いたい。


「…これ…どうですか…?」

「…………え?」


 その言葉に思わず振り返ってしまう。


 これどうですか…どうですか…どうですか?…ドウデスカ?


 いや聞き間違いか。きっと、doですか?と言ったに違いない。これ、doですか?うん、我ながら意味わからん。


 OK、ちゃんと整理しよう。


 彼女はどうですか、と俺に尋ねた。それはつまり、彼女の持っている下着について意見を求められたということだ。


 一体全体どういうことだ?疑問は尽きないが気まずい空気のままではいけないと思い、素直な感想を述べた。


「可愛くてアリシアによく似合うと思うよ」

「そ、そうですか」


 二人の間の空気が甘酸っぱくなるが気まずさは増していく一方だ。アリシアさんから聞いてきたくせに彼女が照れてしまっている。


 この空気から逃げるために再度脱出を試みた。


「む、向こうの方で待ってるよ」

「あ…はい…」


 流石に二度目は止められることなく、俺は足早に魔境から立ち去ったのだった。


 他に客がいなくてよかったな…。

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