ジュエリー☆キアラ

 屋台のオバちゃんに教えてもらった道を少し進んだ場所にあったパスタのお店で昼食を済まし、ゆっくりと街中を歩いていた。


 この国のお姫様が歩いているのに声をかけてくる者は誰もいない。これはアリシアさんの影が薄いとか、知名度が低いとかそういうわけではない。


 実は魔法を使って彼女に意識が向かないようにしているのだ。そのため心置きなく、街中を堂々と歩けるようになっている。


「禁書庫にあった魔法は凄いですね。誰も私に気が付きません。…本当に魔法の効果ですよね…?」


 アリシアさんが疑っても仕方がない。俺には当然のように見えているしお店でもちゃんと客として扱われていた。なんと都合のいい。


「確かに魔力は消費してるから発動してるはずだよ。この街の人全員が仕掛けるイタズラ…とかじゃなければね」

「そんな怖いこと言わないでくださいよっ…」


 冗談を言って少しからかってみた。こうしていると、相手がお姫様だなんて忘れてしまうな。


「そういえばアリシア買いたいものって何かな?ある程度目星つけたいしさ」


 日用品を買うにしろ小物を買うにしろお店を見つけなきゃ始まらない。下着とかじゃなければいいんだけど…


「私は入学の記念にアクセサリーを見ようかと思ってました」


 アクセサリーか。やっぱり女の子はキラキラしたものが好きなのかな?


「でもアリシアならお店で売ってないような宝石とか持ってそうだけどね」


 お姫様だから高価なものを身に着けていても不思議ではない、というかむしろ持っていないとおかしいんじゃないだろうか。


「むぅ…わかっていませんね、メディくんは」


 単にキラキラしたものが好きというわけじゃないのだろうか。難しいな。


 アリシアさんが少し拗ねてしまったので無言のまま通りを歩いていく。気まずいので早くお店がみつかってくれればいいんだが…。あっ、


「アリシア、あの店とか良いんじゃない?」


 俺が指したのは青銅で造られた指輪の看板がぶら下がっているお店だ。


「そうですね、入ってみましょうか」


 ドアを開けるとカランカランと来店を告げるベルが鳴り若いお姉さんの店員が迎えてくれた。


「いらっしゃいませ〜。店内をご自由にご覧下さい。試着等のご相談は店員にお声掛けをお願いします〜」


 店の中は外の光が入ってきて明るくいい雰囲気だ。アクセサリーは種類ごとに並べられていて整然としている。アリシアさんはブレスレットの方へ向かった。


 俺は…ネックレスでもみようかな。棚においてあるものを物色してみる。


 正直どういった物がカッコイイとかカワイイとかセンスがあるとかわからないんだけど…。


 真珠や宝石などが装飾された物が展示されており、やはりこういった物はそれなりの値段がする。


 学食のこともあるしそれなりにお金は取っておきたいからな。バイトを見つけるまで手は出せない…か。


 そう思いその場を離れようとすると横にあったものに目が止まった。


 半額で銀のネックレスが売っているのか…。割引された価格は五千カル。手元に残る分を考えるとこのぐらいならなんとか手が出せそうだ。


 因みにカルとはこの国の通貨で硬貨の種類と大きさで価値が変わるのだ。


 うむ…どうしようかな。そのネックレスに近づきよく観察してみる。ワンポイントで花の形が彫ってあるようだ。


 この花は…確かアリシアさんが好きって言っていたパニュラの花か?


 この特徴的な釣り鐘状の形は見間違えようがない。ネックレスなので色は付いておらず本当にアリシアさんの好きなものかはわからないが、種類は間違っていないだろう。


 うーむ。


「これ、何故か売れ残ってるんですよね…。買います?」

「うおっ!びっくりしたぁ」


 ひょこっと店員が横から顔を出してきたため驚いてしまった。


「あは、ごめんなさい。あまりに熱心に見てるものだから気になっちゃって」


 う、そんなに集中してたか…ていうか近くない?


 お互いの服が擦れ合うほど近い距離で何かの香水の匂いだろうか?甘い香りがする。それに服によって更に強調された胸が危うく当たりそうになって気が気でない。


「その制服、カルスニア学園のだよね?新入生かな?」

「そ、そうです。新入生ってよくわかりましたね」

「そりゃわかるよ〜。ワタシも同じ学園の一個上だからね〜」


 なんと、若いと思っていたら上級生だったのか。先輩は何故こんな所に…ってバイトに決まってるか。校舎にはあまり生徒は残っていなかったからな。


 授業がないこの期間を利用して街で働いている人は多いのだろう。


「それで、そちらの商品はどうなさいますか、お客様?」


 学園では先輩だが今は店員と客。売れ残っている商品を捌こうと勧めてくる先輩。


「えーっと、じゃあ買います」


 元々買うつもりのようなものだったので即決だ。アリシアさん喜んでくれるかな?


 …ってなに乙女チックになってるんだ俺は。これはあれだ。


 そう!魔法に必要だからだ。金属の媒体を使わないと発動しない魔法かあるってアリシアさんが言ってたもんな。うん、別におかしくない。


「まいど♪ちょうど五千カル頂くね。梱包した方がいいかな?それともつけてく?」

「梱包でお願いします」

「は〜い、可愛く包むからちょっと待っててね〜」


 店の奥に入ってネックレスを包んでくれるようだ。少しの間待つとしよう。


「メディくん、何かありましたか?」


 他の商品をみていたアリシアさんが異変に気づいてこちらにやってきた。媒体のことを彼女に話すと、


「そうなんですか?よかった、これであの魔法が使えるのですね」


 と喜んでくれた。これでアリシアさんの護衛にも幅が広がる筈だ。


「お待たせ〜…あら?あらあら?」


 店員さんが細長い箱を持って奥の方から出てきた。そして話していた俺たちをみるなり意味ありげな表情を浮かべる。


「ふ〜ん、なるほどね。お姉さんに任せて頂戴!」


 いきなりどうした?あなたはなにを察したんだ?!


 俺が面食らっていると彼女は箱を押し付けるようにして俺に渡し、アリシアさんに近づき話しかけた。


「あなた…………………」

「えっ?……いえ……」


 小さな声でコソコソと話しているので何を言っているのか聴こえない。かと言って聞き耳を立てるのもどうかと思い、手持ち無沙汰になった俺は窓から外を眺めることにした。


 チラチラとアリシアさんの目線が向くのを感じるが一体何を話しているんだ?……あっ、店の奥の方に行ってしまった…。


 護衛は…この距離なら何とかなるかな?精霊も付いてると思うし大丈夫だろう。


 本当に暇になった俺は空の雲の数を数えながらアリシアさんを待つことにした。数分後、小さな箱を持ってアリシアさんが戻ってきた。


「メディくん、あの……こ、これをどうぞ!」


 そしていきなり持っていた箱を勢いよく俺に差し出した。戸惑っていると彼女の方から説明してくれた。


「最初に出会ったときのお礼もしていませんでしたし…これからもよろしくお願いしますと言うことで私からのプレゼントです…。受け取って頂けますか…?」


 斜め下からの上目遣い攻撃に加えプレゼントというサプライズで俺のライフはもうゼロだった。


 かわいい…反則的だよアリシアさん…。


 天使級の愛おしさに手が出てしまいそうになるが慌てて誤魔化し、箱を受け取った。


「あ、ありがたく頂戴いたします」


「箱の中身は、指輪、です。そのほうが、軽くて良いかなと…」


 おおおおおおおおおお、なななんと女の子から指輪を貰ってしまった!


 これは、もう、あれかな?俺、死ぬかもしれない。


「………」



 ………ハッ!そうだ、ボーッとしている場合じゃない。俺からのプレゼントを渡さなければ!


「アリシア、これ…先越されちゃったけどアリシアに似合うかなって…」


 俺からも先程押し付けられた箱を渡す。媒体用に買ったとは言ったがアリシアさんに似合うと思ったのは本当だ。そもそも使用するのは媒体としてなので普通に着用していても問題ないはずだ。


「ありがとうございます。大切に…しますね?」


 箱を受け取った彼女は少し頬を赤らめ、大事そうにその箱を胸へと抱いた。


「青春ねぇ…」

「ッ!!!」


 アリシアさんに見惚れていたところで一気に現実に戻される存在に気が付いた。


「いや〜ワタシは気にせずずっと見つめ合ったままでいいよ〜」


 そう言われてしまうと何だか気恥ずかしくて顔をそらしてしまう。ポン、と肩に手を置かれ耳元で、


「ワタシに感謝してね〜にへへ」


 そりゃもちろん感謝しますとも。アリシアさんからプレゼント貰った俺は最強だ。今なら何でも出来る気がする。


「メディくん、開けてみてもいいですか?」


 アリシアさんは中身が気になるようでソワソワしている。


「俺も開けていいかな?」

「では、一緒に開けましょう」


 すぐに開けることを想定してなのか、包装はされておらず箱を開くだけだ。

 …梱包を頼んだ筈なんだけどなぁ。


「「せーのっ」」


 パカッ


 コンパクトな箱を開くと銀色に輝く指輪が堂々と存在していた。その中央には何かの花の絵が彫られていた。その姿はカッコイイと言うに相応しく、絵でありながらも力強さがあった。


「わっ!これって…」


 アリシアさんもネックレスをみて喜んでくれたようだ。


 お互いにアクセサリーを着けるのを手伝い、改めて身に着けた姿を見て似合っていることに安心すると共に慣れない気恥ずかしさが漂う。


「うんうん、二人共似合ってるよ。アクセサリーのことで悩んだらまた来てね!」


 お礼を告げ、店を出たところで彼女の名前を聞くのを忘れていたことに気が付いた。名前を聞くためにもう一度店に入るのはなんだかなと思い、次会った時に聞けばいいだろうと考えその場を立ち去ろうとした。


 そういえばお店の名前はなんだろう。看板の下には『ジュエリー☆キアラ』と書かれていた。覚えておこう。


 媒体となるアクセサリーを手に入れた俺たちは忘れないうちにと、目的の一つだった魔法を掛けることにし人通りのあまり邪魔にならない場所へと移動した。

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