日々の楽しみ
俺が異世界に飛ばされてから二週間ほどたった。
あの日から俺はお城に住まわせてもらっており、毎日勉強と体力づくりの日々だ。
勉強の方は文字の練習を主に行っている。
異世界に来たなら文字ぐらい簡単に覚えられると思ってたんだが、それなりに苦戦していた。それでも元の世界で英語を覚えるより簡単に頭に入ってくるので今のところ順調だ。
そして更に魔術基礎学というのも学んでいる。
どうやらこの世界、魔術と魔法は違うモノという考え方のようだ。それというのも、昔は魔法を使える人しかいなかったと言うことなのだ。
魔法を使える人は先天的で十万人に一人の確率。後天的な例は…ないと言っていいだろう。
昔も現在もかなり貴重な存在らしい。
魔術が生まれたきっかけは、偉大なる賢人が魔法の仕組みなどを調べそれを術と呼ばれるものに上手く組み込んだことから始まり、現在のように一般まで普及するものになったそうだ。
つまり何が違うのかというと、魔法は自分自身で魔法を発動できるが、魔術は自分自身と術の補助で行われる魔法ということだ。
なので俺は転移したときに魔法を使用していたことになる。そしてアリシアさんも魔法の使い手だ。
城にいるとアリシアさんの噂も耳に入るのだが、彼女は国の憧れ的存在らしい。そのルックスは勿論、人当たりの良さや太陽のような微笑み、人一倍の努力家というのが影響してか、老若男女問わず彼女の虜になってしまう。
そんな彼女に魅せられたのは俺も例外ではない。
俺は先程、体力づくりも行っていると言ったがあれは正しくない。
正確には鍛錬をしている、と言ってよいだろう。
朝は日が昇る前に起き、準備運動と称して五キロのジョギング。
それから疲れて食べる気になれない朝食を摂り、勉強を挟んでから筋力トレーニング。
腕立て、腹筋、背筋、スクワットを各百回ずつ。それから木刀での素振り。
そして休憩と勉強を挟んでからジョギング十キロ。
文字に起こすとそれ程でもないように思えるが、今まで活発に活動をしてこなかった高校生には厳しすぎる内容だった。
正直元の世界に帰りたいと何度思ったことか。
しかし、そんな俺にも楽しみなことがあった。
それは……
「はあっ!はあっ!」
今ので何回目だろうか。振ることに一生懸命で頭の中が真っ白だ。
「よし、今回はそこまで!午後に向けてしっかりと休んでおくように」
不意にかかった号令で木刀を振るのをやめた。
「あ、ありがとうございました」
今まで我慢していた疲れが一気に来てその場にへたり込んでしまう。
そんな疲労困憊した姿を見てその男――エゼはやれやれと呆れ気味だ。
「そろそろ慣れてくる頃だと思ったんだがな。まだお前にはきついか。騎士団の奴らならまだ行けますって活き活きしてるぞ?」
自分の教え子たちを自慢したいのだろうか。余裕の笑みを浮かべて肩をトントンと叩いてくる。
「ま、最初に比べればずいぶんとマシにはなったが」
慰めるような言葉を掛けているがニヤけ顔を止めない。
やがて呼吸が整い始め、まともに頭が働くようになってきた。
「よし、さっきも言った通り午後に備えとけよ?それじゃあな」
そういって彼は城の端にある訓練場へと向かっていった。
俺も重い腰を上げ飯を食いに行こうとすると、
「メディくん!お疲れ様‼」
アリシアさんがタオルを持って駆け寄ってきた。
「アリシアさ…アリシア、いつからそこに?」
名前を呼ぶのと鍛錬を見られていた恥ずかしさで、少し視線をずらしてしまう。タオルを受け取るもその気恥ずかしさは消えない。
しかし、そんな空気を気にせずアリシアさんは俺の質問に答える。
「ついさっきほどです。あちらの木陰で休憩しませんか?メディくんのお昼も頂いてきましたので」
彼女が指差した場所には立派な広葉樹が生えており、その真下がちょうど日陰になっていた。
もちろん日陰になっている所にはベンチが設置されており、アリシアさんが地べたに座ることはない。
手を引かれるままその木陰に移動する。俺がもう少し幼かったら、アリシアさんは姉に見えただろう。だが、年が離れていない故、現在の光景はまさに恋人のソレだ。
無論、俺とアリシアさんは男女交際などしてはいないのだが。
「メディくんも遠慮せずにベンチに来て?」
アリシアさんの隣には一人分の席が空いており、そこに手招きされる。
その誘惑はとても魅力的だが、ここはお城。王様自身はフリーダムな性格をしているが、中には格式を慮る重臣ももちろんおり見つかると非常に厄介なことになると王様から釘を刺されている。
「いえ、俺は地べたで十分ですよ。アリシアとこうして話せてるだけで、俺の心は休まるから」
嘘偽りない真実を口にする。
俺が急に厳しい鍛錬を始めても逃げ出さなかった理由がアリシアさんだ。
実際、アリシアさんの容姿はどストライクなのだ。
「ふふ、褒めてもお昼は増えませんよ?」
彼女もこの手の褒め言葉は聴き慣れているのだろう。全く動ずることはない。
地に腰を下ろし、木に背中を預けると爽やかな風が駆け抜けアリシアさんの髪がなびく。
俺にはとても心地の良い時間だ。
彼女の元気そうな顔を見れて安心した。
この二週間、アリシアさんにとって辛い日々だったのだろうと思う。
まず、城内で行方不明者が数名出た。それも王様の側室だった者とその子ども、宮廷魔術師にして第五騎士団を指揮していたツェルトとその騎士団。
以上の者たちが綺麗さっぱり跡形もなく消えてしまった。
しかもそれが起きたのはアリシアさんが森に飛ばされた直後だったのだ。
他人の魔法に干渉することができるのは長年魔法に携わってきた者で実力者、つまりツェルトしかいない。それに俺が森で目撃した男たちの鎧は、後で見せてもらったが第五騎士団のものと酷似していた。
俺が理解できるのは、ツェルトが騎士団を使いアリシアさんを誘拐しようとしたのではないかというぐらいだ。
王様も何もしなかったわけではない。…と思う。
俺が来てからの約一週間は城の世話役や騎士団の数が明らかに少なかった。
最近、廊下でよくすれ違うようになって気がついたんだがな。
王様に聞いても何も答えず、アリシアさんに聞く勇気なんて俺は持ち合わせていない。
そもそも誰も教えてくれないなら俺が知らなくても良いことなのだろう。
そう思って俺はこの話に区切りをつけた。
不意にぎゅ〜と腹の虫が鳴りハッとする。
少し考えているうちにお腹が空いてきたようだ。
「メディくん、私もお腹空いちゃいました。一緒に頂きましょう?」
そういって彼女はバスケットの蓋を開ける。フワァーとパンのいい香りが漂いお腹が早く食べろと急かしてくる。今日はサンドイッチか。
バスケットに手を入れサンドイッチを取り出す。
「いただきます」
「ふふ、いただきます」
口の中に入れると抵抗なく噛み切れるやわらかい食感、挟まっている具とパンの相性が抜群だ。
これはアリシアさんがつくったわけではないが、一緒に食べると嬉しさがこみ上げてくる。
お腹が空いていたこともあってすぐに食べ終わってしまった。
「「ごちそうさまでした」」
アリシアさんと一緒に感謝を込める。
この国では食事の前と後にする挨拶のようなものはなかったのだが、俺がしている所を見てアリシアさんが、それいいですね!と共感してきてから一緒にやるようになったのだ。
「あっ、そうだ。メディくん、今日はやっとアレが来たみたいですよ?」
「ん?アレ……あぁ、アレか!」
二日前にセナさんから言われていた、入学に必要なアレ。
「お昼を済ませたら連れてくるように言われていたんです」
「そっか、じゃあ一緒に行きましょうか」
「はい!」
俺たちは少しのんびりとしてから城の中へと入って行った。
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