転移魔法


「あの、本当に無理だったら言ってくださいね?」

「うん、わかったよ」


 凄く心配してるな。それだけ転移魔法が難しいってことか?でも何もしないままでは埒が明かない。


 俺は立ち上がり、気合を入れて試してみることにした。


(それで、どうやって発動させるんだ?)


 出来ると言ってしまった以上、出来ませんではカッコ悪すぎる。頼むぜアドバイス。お前にかかっているんだ…。


【魔法を使用するにはイメージをハッキリとさせることが必要です。転移魔法ですと空間に穴を開け、異空間を経由していきたい場所へと繋げるという手順が必要になります】


 は……い……?


 何言ってんだこのアドバイスは。異空間なんか意識したことないから分かるわけないだろ!


 やばいかもしれない。もしかして理屈から考えないと魔法使えない系?


【まずは実際にイメージしてから言ってください】


 …もしかしてアドバイスさんお怒りですか。すみませんでした。試してみます。


 えっと、確かイメージだよな。空間に穴を開けて…。あっ、これって行き先を決めなきゃ不味いんじゃないか?


 どうするか。まぁ今は十メートルぐらい離れた場所でいいか。


 再びイメージに集中する。今いる空間と離れた場所に穴を開けるイメージをする。






 ……………







 しかし、一向に感覚が掴めない。


 まず、穴を開けるというのは何となく理解できた、様な気がする。感覚的には自分自身を膜で覆うような感じでいいだろう。


 だが問題は異空間を経由して、というところだ。これが全く掴めない。

 …仕方ない。ここはアリシアさんに聞いてみるか。


「アリシアさん。転移魔法を使う時ってどんな感じにイメージしてます?」

「えっ?そうですね…。こう、クルっとやってザクっとやってシュバババーンとしてガチっという感じですね」

「そっか、ありがとう」


 全く分からん!この子は教える以前に自分でちゃんと使えているのだろうか。凄く疑問に思う。


 いや待てよ?もしかしたらこれは流れを掴めという事じゃないか?だとしたら…アリシアさんを信じてやってみよう。


 気合を入れなおし、ふぅ、と息を吐く。


【詠唱を入れると魔法が安定しやすくなります】


 と、アドバイスが補足をくれた。よし、いっちょやりますか!


 まずは自分の周りに魔力を薄く巡らせ、それに触れている空間をドアノブを回すみたいにクルっと曲げる。そしてその空間に、ナイフで斬るように斬り込みをザクっと入れる。そこから目的地までを掘るようにシュバババーンと繋ぎ、空間が崩れないようにガチっと固める。



「【転移】」



 すると、まるでエレベーターに乗った時の様な浮遊感に襲われる。そして気が付くとすぐそばにいたアリシアさんの姿が見えない。


 これは…


「…え?通路を開かずに転移した?そんなことって…」


 後ろの方から驚愕した声が漏れてくる。振り返ると少し離れた場所にアリシアさんが立ち尽くしていた。


 つまりこれは成功したのか…。


 理解が追いついた途端、嬉しさが込み上げてくる。

 今ここで飛び跳ねてはしゃぎたい気分だが、彼女がいる手前そんなことは出来ない。


 その彼女はと言うと、立ち尽くしていたがすぐに我に返り俺に詰め寄ってくる。


「渡り人様!今のはどういった魔法なのですか!?」


 ん?


「いや、アリシアさんの言った通りにやったんだけど…」


【私も言いました】


 あぁ、うん、そうだね。ありがとう。


「私はあんなこと教えてません‼」


 えぇ…あんなことって。


「でも空間を曲げて、開いて、掘って「それです!」」


 ちょっと、なんで食い気味なのこの子。


「なんですか!?空間を掘るって?聞いたことがありませんよ!」


 そ、そうだったのか…。


「じゃあ今のは失敗ってことか…」

「何でですか!転移していたじゃないですか!」


 えええ、一体何に興奮しているのだろう。


「つまりですね、今のは従来考えられていた転移魔法とは違う転移魔法なんですよ!」


 な、なんだってー!?


「私は信じておりました!渡り人様なら転移魔法なんて簡単だって!」


 さっきまですっごい心配そうに見てたじゃないですか、なんて言えない。

 しかし、成功したのなら、


「じゃあこれで安全な場所まで行けるね」


 目的だったこれを果たすことが出来る。


「はい!」

「それじゃ、どこまで飛べばいいか教えてくれるかな?」

「それはですね…あれ?どうやって教えたらいいんでしょう?」

「え?」


 俺はこの世界に来て数時間。この子のいた場所なんて分かる筈もない。

 また、彼女も飛ばされて来た為、正確にどの場所かは理解できていないだろう。彼女はどうやって戻るつもりだったんだ…?


 そういえば俺も最初はこの森を歩いて抜けようとしてたよな?

 オークみたいなモンスターがうろついてる場所を通ろうとしていたのか…。

 そもそもここから街道までどのくらい距離があるんだ?


【約十数キロです】


 遠いわ!そんな距離を歩いてたらモンスターに遭遇してたわ!

 このアドバイス、少し抜けてる所があるな。


「渡り人様、渡り人様。やはり、私の魔力が回復するまで待ちましょう」

「そう?因みにどれくらいで回復できるかな?」

「この調子ですと…約三時間でしょうか」


 時間が掛かりすぎるな…。あまりこの場所にいるとオークマスターみたいなのが襲ってくるかもしれない。小規模の魔除けを張っているらしいがオークマスターは流石に避けられないだろうし、俺達は間違いなく殺られてしまうだろう。…オークマスター?


 そこで彼らの存在を思い出した。オークマスターと戦っていた彼らと一緒ならばこの森を抜け出せるかもしれない。抜け出せはしなくとも時間は稼げるだろう。


 いい案だと思ったが、彼らの元々の目的を思い出した。


 彼らの言っていた獲物とはオークのことではなく彼女…アリシアさんのことではないだろうか?捕らえるとか味見とかあまりよろしくない内容の話だったのを覚えている。


 却下だ却下。素性の知れない男と行動を共に出来るわけがない。……俺も似たようなものか?


 いやしかし、これで完全に詰まってしまった。アリシアさんから場所さえ教えてもらえれば…。


【彼女の残っている魔力で行き先を固定してもらえばいいのでは?】


 行き先を固定?そんなこと出来るのか?


【はい、まずは目的地が分かればの話ですが】


 取り合えず、彼女に相談してみよう。


「アリシアさん、目的地の場所って見つけることは出来る?試したいことがあるんだ」

「見つけるだけなら…。やってみますね」


 意識を集中させ胸の前で組む彼女。


 サーっと風が駆け抜けサラサラとした金髪がなびく。


 その光景は俺が見惚れるのには十分過ぎる姿だった。


「…あっ!ここかな?」


 探し始めてから数分、すぐに見つけることが出来たみたいだ。


「みつかった?じゃあそのままで少し待ってて?」


(どうすればいいんだ?)

【彼女とリンクさせる為、頭に触れてください】

(こうか?)

丁度いい高さに頭があるので触りやすい。


「ひゃ!?え、どどうされました?」

「あっ、ごめん…嫌かもしれないけど少し我慢して?」

「はい…」


(これでいいのか?)

【そのまま彼女に意識を集中させてください】


 グーっと彼女に意識を向ける。なんだか彼女はもぞもぞ動いているようだが気にしている余裕はない。もう少しで安全な場所へ行けるんだ。


 そしたら?安全な場所へ行った後、俺はどうするんだ?


 何も分からないこの世界で一人で生きていくのか?





 彼女と、一緒にいられるだろうか?





 彼女の傍にいると心が安らぐ。それはこの世界で初めて話したから、というつり橋効果ではなく。


 この世界においての、とても大切な役割を感じたのだ。


 それがどんなものか、具体的にはわからない。だがこの世界を生きていく上で必要になる……そんな気がした。






 目的地だろうか?頭の中に映像が流れ込んできた。巨大な壁に囲まれ、賑やかな街並みが窺える。大通りを進んでいくと大きなお城が見えてきた。中に入っていき複雑な道を抜けると、中庭の様な場所に着きそこで映像が止まった。


「噴水があって花がたくさん咲いている場所が目的地かな?」

「そうです!わかるのですか?」

「あぁ、見えてるよ。ここまで転移すれいいんだね?」


 俺が今できるのは、彼女を安全に送り届けるだけ。焦らず、慎重に、丁寧に穴を造っていく。いや待てよ?ここはアチラにした方が……。


「【転移】」


 詠唱をするも俺達が転移する様子はない。

 代わりに目の前には丁度、人が入れる程の穴が空いていた。


「つ、つきましたか…?ってあれ?この穴は…もしかして!」

「よ、よし。成功したか…。案外やってみるもんだね、アハハハ」


 彼女と一緒にいる為に、どんな事が必要になるか分からない。ただ少しでも彼女の気を引きたくて。興味を持って欲しくて。


 彼女のマネをした。


「わ、渡り人様。一つ、宜しいでしょうか?」


 なんだろう?もしかして逆に怒らせてしまったか?


「なんでしょうか?」


「貴方の、お名前を教えてください」


「名前?そうか、まだ言ってなかったね。俺の名前は……」





「ヴォォォォォオオオオオオン!!!」

「「っ!?」」


 突如、後ろの木々を薙ぎ倒しながら見覚えのある巨体が迫ってきた。

 辺りに散らばっている仲間の死体を見て激怒しているのだろうか、一直線にこちらへと向かってくる。


「急いで入って!」

「は、はいっ!」


 二人が穴の中へ消えると、そこには何も無かったように穴は消滅した。

 しかし、彼は気が付かなかったのだ。彼女が組んでいた両手の中にあったものを落としてしまった事に。




 不幸なことに、ヤツがそれを見つけてしまったことに………


 太い指でそれを摘み上げニヤリと笑う。その森には低く、重い咆哮が響き渡っていた。

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