天使との出逢い


 夢を見ていた。


 とても心地良い夢だ。いい匂いがするし、暖かい光が俺を包んでくれている。


 遠ざかってしまうのが怖くて、思い切り手を伸ばす。もう少し…もう少し…。


 指先が何かに触れた瞬間――視界が開けた。




 俺は夢でやっていたように手を伸ばしていた。開いた手のひらの隙間から光が差し込む。その眩しさは目を細める程のものだったが今は気持ちよかった。

 夢と違い、意識がハッキリとしていて視界が鮮明。それにあの臭いだ。


 今まで起きたことが全て夢…なんてことは無いよな。もしかして天国って事も…あり得ないよな。しかし、さっきまでの不快感が嘘みたいだ。やっぱり夢だったんじゃないか?


 一人で様々な考察をしていると横から、


「すぅ……すぅ……」


 可愛らしい寝息が聞こえてきた。


 ふと、意識が途切れる前のことを思い出す。


 あの時聴いた声…女の子だったよな。女の子…。


 ん?そういえば俺はその子を助けるために戦ったんだよな?女の子は…無事なのか?


 情報を一気に整理していく。女の子を助けるために戦って、オークを全部倒した。すると最後に現れた影は女の子だった?ならその子はどこに…?


 その疑問を解決するために寝息が聞こえた方を見る…までもなかった。


 何故なら目が覚めた時から視界の隅に女の子がずっといたからである。


 まつげが長く、顔立ちが整っている。肌は透き通っているように白く、微かに頬が朱い。幼い顔立ちながらも、その唇は艶やかで少なからずの魅力を宿している。それに加えてさらさらとなびく金髪だ。


 俺の左上に顔が…これじゃまるで――




 膝枕されてる!?


 確かに頭の後ろのには優しく柔らかい感覚が伝わってきている。そこら辺の下手な枕より心地よく、安心感がある。


 落ち着け、状況を受け入れるんだ。


 多分、この子が助けた女の子でいいんだよな?俺が倒れてしまった為、こうして休ませてくれているのだろう。


 この子、めっちゃ可愛いな。アイドル並みってレベルじゃない。

 今まで見たことないレベルで可愛い。きっとこの子みたいな子を天使って言うのだろう。天使……?!


 そこで俺は気づいてしまった。彼女の頭の上に小さな光が数個、円を描くようにくるくると回っているのだ。


 その光景はまさに天使。


 そうか、やはりここは天国だったのか。そうだよな、こんなに可愛い子が現実にいるわけないもんな。


「んぅ、うぅー…。ぅ?」


 すると天使か目を覚ました。起きるときの吐息も可愛らしい。


「あ、あれ?寝ちゃってた…?」


 周りを見渡している彼女と目が合う。自分も状況がわかっていないのか、キョトンとしている。やがて、


「…っ!あの、私!えっと、アリシアと申しましゅ、」


 かっ、噛んだー?!


「あ、ぅ、ぅー」


 とっさに顔を顔を隠し、恥ずかしがっている彼女。しかし、細く小さな手では顔全体を隠すことは出来ず頬が赤く染まっているのが見える。


 可愛いがこれでは話が進まないのでこちらから話しかけることにした。


「あの~アリシアさん?」


 俺の声掛けにビクッと反応するも顔を隠したまま。なんだろう?よく聞こえなかったのかな?


「アリシアさーん!」


 次は声を大きくして呼びかけてみる。


「はっ、はい!なんでしょうか!」


 今度はちゃんと聞こえたようだ。顔を覆っていた手をどけてしっかりと俺の方を向いてくる。若干頬がまだ染まっている。


「えっと、まず、大丈夫だった?」

「はい?」

「いや、オークに追い詰められていたみたいだったから。怪我とかしてない?


 見る限りでは傷などはついていない。あれ、この森の中を逃げていた割には新品みたいに服がきれいだな。


「わ、わわわわたしは大丈夫です!はい!」


 何故だか噛みまくっている。何をそんなに緊張しているのだろう。

 俺が気を失っている間に膝枕までしてくれたのに。


「あの、」


 今度は彼女から話しかけてきた。


「もしかして、渡り人様でしょうか?」

「え…?」


 渡り人って何だ?人の名前って訳じゃなさそうだし。


【渡り人とはこの世界に渡ってきた人、つまり異世界からの訪問者のことを指します】


 おぉう、このスキルの事を完全に忘れていた。ごめんな。

 それにしても渡り人か…。


「たぶんそうなるんじゃ「ホントですか‼」」


 食い気味に乗り出してくる。

 それもそうか、異世界から来た人だもんな。あれ?でも渡り人なんて名前があるなら以前にも他の人が来たことあるのかな?


「えっと、そんな感じだからこの世界のこと全然知らないんだけど…。こっちの人はみんな頭に輪っかが付いてるの?」

「え…?」


 再びキョトンとした彼女は見上げ、そこにある小さな光が描く円を見た。

 それに気が付いた彼女は、描かれている円を指して恐る恐る尋ねてきた。


「この光がみえるのですか…?」


 若干、声が震えている。俺は正直に、


「うん。生きてるみたいに動いてるから不思議だな、と」


 というか世界が違うから起こること起こること不思議で仕方ないのだが、こちらでは当たり前の事なのだろう。しかし、彼女の反応は違った。


「嘘…わ、わたし…やっと……ううっ」

「え?ちょ、どうしたの?」


 急に泣き出してしまった。俺、なんかやっちゃったのかな?!というか今までずっと膝枕されてたね!ごめん!


 とりあえず起き上がり、彼女の正面に正座をする。

 第一異世界人を泣かせてしまった…。落ち着くまでこうしていよう。


 数分程経ち、彼女が落ち着きを取り戻した。


「取り乱してしまい申し訳御座いません。でも私…嬉しくて」

「嬉しい?」


 よかった。俺が何かしたって訳じゃないのか。だが嬉しいとはどういうことだろう。


「この光が見えるのですよね?」

「あぁ、見えるよ」

「この光は精霊達なのです」

「へ?精霊?」


 精霊ってあの精霊?天使の輪っかだとばかり…


「それって火とか水とかの属性を持ってる存在?」

「この子達はまだ属性を持っていませんが成長すればいずれは持つことになります」


 へぇー、精霊って成長するんだ。ん?でもそれだと嬉しいって?


「それじゃ、嬉しいって理由は?」

「えっと、精霊とは通常、魔術を使用しないと見えない存在なのです」

「俺、魔術なんか使ってないけど…」

「ですから、おそらく魔眼…なのではないでしょうか」


 もじもじとこちらの様子を窺うように答える彼女。


「魔眼、かぁ。それじゃ君も魔眼なの?」

「っ…!…はい、そうですね。私も持っています」

「そっか、魔眼って珍しいの?」

「あまりいないとされています」


 なるほど、彼女のこの反応。あんまりいない魔眼の持ち主同士で共感を覚えたってことか?もしかして、魔眼ってあまりいい顔されないのかな?だとしたらこの話題はもうやめた方がいいか。


「あーえっと、そういえばここは森みたいだけど君はなんでここに?」


 話題を変えると複雑そうな顔から一転、慌てだした。

 表情がコロコロ変わる子だな。


「そ、そうでした!私、庭園で魔法の練習をしていたら通路が書き換えられていて、この森に飛ばされてしまったんです!」


 イマイチ内容が掴めない回答だった。魔法の練習をしてたって言ったよな?


「どんな魔法を練習してたの?」

「転移魔法です!」


 転移魔法、、だと?なんか凄そうな魔法だ。どんな魔法が発動するのだろう?


「それって今いる場所から遠くに行ける、みたいな?」

「そうです!あぁ、どうしよう。急に居なくなっちゃったから向こうは大騒ぎに…」


 どうやら元居た場所が心配らしい。転移魔法のことはもっと聞きたいけど今は彼女の事を考えた方がいいかもしれない。


「転移魔法で帰れたりしないの?」


 率直な考えを述べる。しかし、


「転移時の揺らぎから推測して、戻るための魔力が足りるか分からないのです…。先程までは魔物を倒すのに使っていましたし、現状回復している分は小規模の魔除けに使用しているのでなかなか溜まらないのです」


 上手くはいかないみたいだ、さて、どうしたものか。


「俺が魔力をあげるっていうのは?」

「加減を間違えると私が内側から弾け飛びます」



 却下



「魔除けを解除して回復を待つのは?」

「回復するまでに魔物の大群が押し寄せます」



 それは勘弁してほしい



「俺が転移魔法を使う」

「それは…出来ますか?」


【出来ます】


 うぉ!びっくりした。毎回びっくりするなぁ。

 俺が驚いたのに連鎖して、彼女も肩を揺らす。


「あー、多分、出来るかも?」

「本当ですか?!…私が言うのもアレですが、かなり難しいですよ?」


 まぁそれはそうだろう。転移魔法がバンバン使えたら大変な事になってしまう。それに加えて俺はまだ

こちらに来てから数時間しか経っていない。


 やばい…出来る気がしなくなってきた。本当に出来るのか?


「ちょっと待ってて。確認してみる」

「え?」


 (本当に成功するのか?)


 心の中でアドバイスに問いかけてみる。傍から見たら瞑想しているように見えるだろう。すると、


【魔法の使用には属性の有無が大きく関係しますが、アナタはスキルによって属性が関係無くなっています】


 えっ、そんなスキル持ってたっけ?てか属性とか初耳なんですが。


 急いでスキルを確認する。特異体質とテクニシャンがあるけどどっちだろう?


 特異体質の方はさっき何も出てこなかったけど…


 特異体質のスキルをタッチしてみるもやはり何も出ない。

 そうなると…。逆にテクニシャンの方を押してみる。



 テクニシャン

 属性が関係無くなる

 一部のテクニックがすんごくなる






 なんか見えるようになって!?

 なんでだ?こっちに来た時には読めなかったのに…。最初の時と違うところは………オークとの戦闘?


 そういえばあの時、最後に何か聴こえたような…。


「あの…どうかしました?」

「えっ?」

「先程から難しい顔をされています。やはり無理なんじゃ…」


 心配そうに俯く彼女。


「あぁ、ごめん。ちょっと考え事をしてて…。でも魔法は使えると思うから安心して?」

「…はい」


 返事をしてくれるが安心できないみたいだ。

 よし、今はこの子を送り届けることに専念しよう。

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