初めての戦闘
草をかき分け、俺は森の奥まで進んでいた。
戦いの場所を避けるように進んできたのと奥深くに入ってきたので草が深く、少し時間がかかってしまった。
だがそのお陰でオークマスター達に見つからずに済んだ。
肝心の不思議な感覚は俺が走り出すと、すぐに消えてしまったがその後二回ほど感じた。オーク達がいた場所につくもそこにいたはずの姿は見えず、踏み倒された草の道しか残っていない。
仕方なくその道に従って歩くことにした。
それからしばらく歩いているがオーク達の姿は一向に見えない。
こんなに遠くだったか?もう少し近くで感じたような気がしたけど…。
そんなことを考えながら急ぎ足で道を進んでいく。
するとだんだん異臭が濃くなっていることに気がついた。
これは…さっきのオーク達の臭いかな。でも少し違うものが混ざっているような…。鉄か?
その答えはすぐに出た。
草の向こうでオークらしき影が見え、身構えるがその必要は無かった。
目の前に広がっているのは、日本で生活していればまず見ることはないであろう残酷な光景だった。
辺りは血の海と化しており、その原因と思われるオークは見るも無残な姿に成り果てていた。散らばっているのは手や足、あるいは下半身だけ、そんな部分しか残っていない。おそらく一撃で絶命させられたのだろう。
内臓がぶちまけられており、こいつらの体臭と混ざり合って凄く不快な臭いが充満している。
これをやったのって魔法、だよな?先程三回あった不思議な感覚はこの魔法の影響だったのか。それにしてもえげつない威力だな、魔法って。
もし俺がこれを使えるようになるなら…
額に汗を掻きながら無意識に口元がニヤけていた。
肉塊を横目に、道が出来ている方へ進んでいく。
すると途中で道がなくなり森が開けていた、明るさに目を細めながらもその向こうに見えた黒い塊に注目する。それは案の定、オーク達だった。
手前には激戦の跡が残っており、臭いがかなりきつい。そして威嚇のためなのか、雄叫びを上げているオークもいる。そんなオーク達が見つめているのは一点。今いる位置からは見えないので少し移動する。
すると痺れを切らした数匹のオークが動き出す。その隙間からオーク達が狙っている獲物が見えた。
一瞬だったが、この目はしっかりとその獲物を捉えていた。
それは、女の子だった。
「こっちだああああああぁぁぁっ!!!!!」
そんな光景をみた俺は、頭で考えるよりも先に叫んでいた。
今まで目の前の獲物を狙っていたオーク達の意識が一斉にこちらへ向く。
オーク達の行動は凶暴な目つきと合わさり、今まで向けられたことの無い明確な殺意を俺に感じさせていた。その視線だけでも怯み、後退ってしまう。
あと一歩の所で邪魔が入ったのが気に食わないのか、一歩一歩にオークの怒りを感じる。
頭が冷静になっていき、そして恐怖し始めていた。
こわい、こわい、こわい、こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
脳が逆回転を始めすぐそこに迫った恐怖で埋め尽くしていく。
【死への恐怖を検知。・・・耐性を、一時的に獲得します】
声が響いた後、さっきまでの恐怖がスーっと引いた。これもスキルのおかげか。助かった。
しかし、目の前に死が迫っているのには変わりない。恐怖の代わりに焦りが押し寄せてくる。これからどうしたら…
【先程の魔力が動く感覚を思い出してください。そうすればどうしたらいいか理解出来る筈です】
魔力が動く感覚…さっきのアレか?心が疼くような感覚。心を落ち着け、自分の奥底から打開できる方法を探す。
奴らを蹴散らすにはどうしたらいい?
何かが心の中で疼き出す。まるで無邪気に騒ぐ子どものように。
オーク達の足音はすぐ近くまで迫っている。
しかしイメージが一向に定まらない。そしてついに、
ゴン!と左頬に重い衝撃が加わり、体が地面に叩きつけられた。
その衝撃にハッとなり慌てて体を起こす。あれ?
俺、殴られたのか…?全然痛くないぞ。それに今、奴から感じたのって…
オークは渾身の一撃を放ったつもりだったのか、俺の様子をみてキョトンとしている。だがいつまでもそうしている訳はなく、もう一撃をと俺に迫ってくる。
殴られたとき、オークから感じた僅かな感覚。それが正しければこの状況を打開できるかもしれない。…よし、やってみるか。
そうして今度は自分の内側からではなく周囲から不思議な感覚を探る。奴の体内からぐちゃぐちゃしたヘドロのようなものを感じた。それは魔力が動く感覚にとても似ていてもしかしたらと思ったのだ。…見つけた。
俺は狙いを定めるようにオークに指を向け集中する。指先に光が集まり、オークとの照準があった所でここだ!と一気に光を放つ。
放たれた光はオークの体に吸い込まれて行き、破裂した。
なんと、ゴワゴワとした体毛に覆われた体が内側から弾け飛んだのだ。
静まる森林、飛び散る血肉。してやったという喜びと高揚感。だがオークは一体目。他の個体も何事かと一瞬動きが止まるが、次々と襲い掛かってくる。
仲間を一匹やられたからか、動きが若干素早くなり殺気が増している。
俺も突っ立ったままではいられない。足を動かし、指先に光を集めては撃つ。
どうやら当たった場所を中心に弾け飛ぶようだ。腕に当たったとしても片腕しかもぎ取ることができない。走りながらだと、思った箇所に命中させるのは難しい。
「くっそ!当たらねぇ」
そこで当てることに集中しすぎたのだろう。後ろから周り込まれているのに気が付かなかった。気配を感じ後ろを向くと、大剣を持ったオークが怒りに満ちた表情で振り下ろそうとしていた。
「やばっっ!」
モン〇ンの緊急回避さながらの跳躍でその場を離脱する。
俺がいた場所は土が吹き飛び、地面が抉れていた。あと一歩でも遅れていたと思うと…即死だろう。
オークは大剣を抜こうとするが深く刺さっており、なかなか抜けない。
そのチャンスに光を集め、オークを殺す。
殺す?
そうだ、俺は今、オークを殺している。
狩っている側はいつ狩られる側になるのかわからない。
父さんが言っていた事だが身をもって体験することになるとは…
汗が背中を伝う。死があと一歩まで迫っていた事実。耐性のおかげで案外冷静に死と向き合っていた。
バチンっと頬を叩き、気持ちを切り替えてオーク達と対峙する。
あと五匹か。仲間がやられたことで逃げ出してくれればよかったんだが…そんな上手くいかないよな。
寧ろ残っている奴らの目は怒りに満ち満ちている。絶対に俺を殺る目だ。
俺の攻撃が遠距離型だと理解したのか、距離を詰めてくる。しかし隊列を組むという頭まではないのか、バラバラに動くので一匹ずつ対処していく。
まずは先頭にいる奴の体に向かって放つ。それは吸い込まれるように体に着弾。内側から破りその命を散らす。
後ろにいたオークは飛び散った血が目に入ったのか、目を抑えて立ち止まる。俺はすかさず光を放つ。だが、もがいているため体には当たらず腕に着弾してしまう。腕を失い苦しんでいるオークにとどめを刺そうとするも、他のオークがそれを許さない。
仕方なく、近づいて来ている奴を先に倒すことにする。
やることは変わらない。ただ狙い、光を放ち、命を刈り取る。
方法が単純すぎて作業をこなすだけになってしまうが俺は気を抜かない。
決着はすぐについた。
それもそうだろう。あちらは五匹だったが俺に対する攻撃方法を持っていない。それに比べ俺は、後ろに下がりながら光を放つだけ。
どちらが勝つかは自明の理だろう。それでも油断だけはせず、最後の一匹が散っていくのを見届けた。
終わった…のか?
自分の周りを見ると、至る所に血や内臓が散乱している。正直ここには居たくないので立ち去ろうとするが、
「うっ……」
突然視界が揺らぐ。それと同時に吐き気と頭痛が襲ってくる。
その苦痛に耐えきれず地に伏してしまった。
血に濡れた草が鼻に触れたが何も感じない。
手足の感覚が無くなっていき平衡感覚さえ失ってしまう。
【体内の魔力欠乏による意識障害が発生】
あぁ、本当にヤバイな。死ぬかもしれない。
死を覚悟し今までを振り返ろうとするも頭は真っ白になっていく。
なんだっけ、俺は何でこいつらと戦っていたんだ…?
霞んでいく視界の端に動く影が現れる。
くそ、まだ生き残りがいたのか。
動こうとするも手足はピクリとも動かない。
影はどんどん近づき、俺に触れるが一向に攻撃してこようとしない。
薄れゆく意識の中、完全に落ちる前に。
……さ……けて……て!!!
天使の声が聞こえた。
【 】
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