不思議な感覚


「じゃあな、願わくば君に幸福を」






 そして俺の体は光に包まれ、次の瞬間には真っ白な空間から一転、木々が生い茂り葉の隙間から眩しいほどの光が差し込んでいる場所にいた。


「もう着いたのか?」


 周りを見渡すがそこには木々が生い茂っているだけで、不気味なキノコや人の顔をした木などもいない。


 ここは本当に異世界か?夢を見ていたんじゃないかと思ったところで自分の画面が出せるかもしれないと気づいた。夢でない事を祈りながら指をくるっと回す。するとやはり目の前に薄い板のようなものが現れた。


 夢でないことに安堵しつつもそこには先ほど貰ったスキル名がしっかりと書かれていた。特異体質と記された下には…



  【スキル】

  特異体質

  テクニシャン









 なんだよテクニシャンって!凄い名前負けしてる感じしかしないよ!


 もうこれはネタ枠だと半ば諦めてウィンドウを閉じようとする。しかし、ある可能性を思いつきスキル名の場所をタッチしてみるとスキルの詳細が現れてくれた。



  テクニシャン

 ????

 一部のテクニックがすんごくなる



 詳細は現れてくれたけどこの情報じゃ何にもわからないな。…最後に書いてあるテクニックってなんのことだ?因みに特異体質を押しても何も出てこなかった。何か基準でもあるのかな?


 まぁ使い道がわからないスキルなんか放っておいて、まずは何をしよう。

 よくある物語なんかじゃ道に沿って街に向かうのだが…見渡す限り緑の溢れる自然。こんな場所をうろついたら方向感覚が無くなって迷子になってしまうな。



ピコン!



【特殊スキル:アドバイスを発動します】


 突然脳内に無機質な声が響いた。特殊スキル?そんなもの貰ってないぞ。

 すると俺の考えに反応したように、


【このスキルは異世界にも適応出来るように付与されたスキルです】


 ふむふむ、なるほど。これは嬉しいな。こちらに来てもわからないことだらけで困るからな。ありがたやありがたや。


【今向いている方向に真っすぐ歩き街道を右に歩くと最寄りの街に着きます】


 道案内までしてくれるのか。ありがとう、アドバイス。


【どういたしまして】


 …独りぼっちでも寂しくなさそうだな、これ。


 ともかく俺は、案内された通りに歩いていく。幸いにも雑草は踝辺りまでしかなく、とても歩きやすかった。


 なんだか体が軽い感じがするな。やっぱりあの光が言った不自由なくって、身体能力の強化も含まれていたのかな?立ち止まって耳を澄ませてみる。


 聞こえてくるのは爽やかに草木を揺らす風の音と、「ヴォォォォン」豚みたいな鳴き声。




 …豚?



 周辺を見回してみるが、豚どころか生物の気配すらない。流石に小鳥もいないのを不思議に思い、確認することにした。


 確かこっちから聞こえたよな…。鳴き声のした方へ歩いていく。


 しばらく歩いていると獣の臭いがだんだんキツくなってくる。すると遠目に何やら動く影を見つけた。慌てて木の裏に隠れ、目を凝らしてみる。その影は…


 人か?鎧を纏った人と動きやすそうな服を着ている人が十数人固まっている。耳を澄ませると男の声が聞こえてきた。


「%#$%&&@&8%*」


声は聞こえるが何を喋っているか理解できない。


【致命的な障害を検知。言語共通化します】


 頭の中で声が響くと、男の声をはっきりと聞き取ることができた。


「なぁ、本当に捕らえるだけでいいのか?」


 おっ、不自由なくってこういうことか。便利だな。


「くどい、前金は渡しただろう?それよりこの任務に失敗でもしたら…」

「分かってるよ、お偉いさんには敵わねぇ。でもさ、女なんだろ?ちと手が滑っちまっても…」

「…」


 鎧を着た男が無言で男を睨む。揉めているのか?今出ていくのは不味そうだな。


「わかったわかった。俺が悪かったよ、あいつらにもちゃんと伝えておく。…それで?」

「それで、とは?」

「決まってんだろ、どうやって周りの豚を血祭りに上げるかだよ」

「あぁそれか、それならば…」


 物騒な話をしてるな。女?血祭り?一体何をしようとしているんだ?出ていくタイミングが見つからず、俺はしばらく遠くから見学することにした。





「——よし、それで行こう」

「では準備はいいな?いくぞ!」


 鎧の男の掛け声で集団が一斉に動き出す。それを追いかけ俺もついて行く。


 その先には、


「本当に異世界なんだな…」


 元いた世界では存在しない、二足歩行で全身が体毛に覆われて、手には太い棒のような物を持っている。鋭い牙が存在を主張していて、そして何より豚のように潰れた鼻をもっていた。


 確かに豚だな…。さっきよりも臭いがきついし、こいつが元凶だろう。

 冷静に分析していると突撃していった男達の声が聞こえてきた。


「おい、なんかデカい奴が混じってるぞ?」

「あ、あれってまさか、オークマスターじゃないのか?」

「はぁっ?!いつの間にそんなもんが生まれたんだよ!」

「バカ!声を出しすぎだ!」


 その声に反応するように、オークマスターと呼ばれるものが振り返る。それに続くようにして周りの豚たちも男達の存在に気付き始める。


「ちっ、奇襲は失敗だ。お前ら、構えろ!」


 掛け声で次々と剣や杖を抜き出す。その間に身軽な装備をした男の一人がオークマスターに突っ込んでいく。


「おい!待つんだ!」

「オークマスターだがなんだか知らねぇがデカけりゃその分遅いだろっ!」


 男は腰にあったナイフを取り出し、ステップを踏みながら近づいていく。そしてオークマスターを守ろうとしたのか、他の豚たちが彼の前に立ち塞がった。


 しかし、そんな豚など物ともせず、華麗に切り裂いていく。なんだあのナイフは?切り裂く瞬間に刃が伸びているぞ。


 豚を蹴散らし、オークマスターへとその刃を伸ばす。刹那、




  グシャリ




 先ほどまでそこにいた男はオークマスターの手の中にあった。もはや人とは呼べない形になり只の肉塊と成り果てていた。

 グロイ。血が飛び散り、内臓や骨がだらだらと手から溢れている。


【心拍数上昇。・・・耐性を獲得しました】


 そんな声が頭の中に響いた。焦ったぁ。心臓が飛び出るかと思った。

 どんな風に戦うのかと目を凝らしていたのではっきりと潰れる瞬間を見てしまった。幸いだったのはここから男の顔が見えなかったことだろう。


「バカかっ、おい!奴は『強化』を持っている。近づくなら気をつけろ!」


 鎧をつけた男がそう叫び、ハッとする。すでに他の男たちは前衛と後衛に分かれており、後ろの奴らは固まって何かをしている。


「魔術はまだ組めないのか?!」

「もうすぐだ!……よし、前を開けろ!!」


 後ろのやつがそう叫ぶと、何やら自分の心の中で、あるモノが疼くのを感じた。

 これはなんだろう?今までに感じたことのない感覚だった。ドロドロとしていて、まるで掴めない不思議なモノ。


 そんなことに気を取られていると、後衛をしていた奴らの真上に紅い点が存在していることに気が付いた。それは次第に大きくなっていき、中が燃えている様に見えた。


「いくぞ、せーの!」


 合図と共にソレはオークマスターの方へ向かっていく。バランスボールよりも一回りほど大きくなった所で巨大化をやめ、そこからスピードが更に上がる。そのままオークマスターにぶつかる、と思われたがギリギリで避けられ、後ろにいた豚どもの周辺に着弾する。




 ドゴォォォン!!!




 けたたましい音と前が見えなくなる程の光で一瞬ひるむも、すぐに持ち直す。

 そして着弾地点は…爆発で地面が抉れ、そこにいたはずの生命を無慈悲に消してしまった。


 いやむしろ消えてしまったほうがよかったのかもしれない。何故なら目の前には延焼でもがき苦しんでいる豚たちがいたからだ。


 あれが魔法…。すごい威力だな。


「避けられたか」

「だがオークはだいぶ減ったぞ」


 あの豚はオークというのか。オークマスターに従っているんだからそりゃそうか?


「肝心のオークマスターがピンピンしてるぜ?臨戦態勢だし」

「近くに獲物がいるってことだろ?」


 獲物?オークの獲物と言ったら…そうか、だから女か。


 この世界でのオークは野生としての本能が強いのか?何にしてもア

は気持ち悪いよなぁ。


「ヴォォォォォォォン!!」


 見た目からは想像できない声を上げ、生き残っているオークに怒鳴り散らしている。すると何かの指示を受けたのか、オーク達は森の奥へと進んでいった。


「のんびり話している暇はない!奴ら、獲物を捕らえに行ったぞ」

「だけど目の前にいるこいつをどうにかしないとこっちが殺られるぞ」

「だからやるしかないだろっ!」


 一斉に動き出す。彼等は目の前の強敵を倒すのに集中している。だから気が付かないのかもしれない。オーク達が向かっていった森の奥から、先程感じた不思議なモノが疼く感覚。


 俺は、すぐそこで起きている戦いには目もくれず、不思議な感覚に惹かれるようにしてその場を後にした。

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