邂逅とこれから

物語の始まり

 高三の夏、それはとても悩ましいものだ。就職する者は就職先を決め、進学する者は進学先を決め、それぞれの目標に向けて勉強を始める。勿論ずっと前から考えて決めている者もいるかもしれないが、俺は考える気になれずどうにでもなるだろうとどこかふわふわと浮かんだ気分になっていた。


 休日もだらだらとネットサーフィンをし、よく分りもしないニュースや小説等を読み続けていた。


 そんな風にしていると親から小言を言われ、更にはお小遣いを減らすとまで宣言されてしまった。


 仕方なく俺はバイトを始める事に。友達の紹介もあり、かなり優良なバイト先にありつけた。


 今日は日曜日なので学校は休み。部活動もないのでシフトは十時から入れてある。菓子パンで朝食を済ませると、支度をしてバイト先へ向かう。


 玄関を開け一歩、踏み出した瞬間に俺を浮遊感が襲う。


「ぁ………」


 そのまま抵抗出来ず眠るように意識が薄れていき、俺の視界は暗闇に包まれた。












 ふと目が覚めると俺は真っ白な空間に立っていた。


 ここはどこだ…?


「君にはとある世界に行ってもらいたいと思う」


 突然、野太い声で告げられた。


 声のした上のほうを見るが何もない…いや、よく見ると発光する球体が浮かんでいるのがわかった。人魂みたいだな。…人魂見たことないけどね。


 どういう状況なのか尋ねようとすると、


「これは君らの世界で言う転生…転移?というものだ。向こうの世界にいる魔王みたいな存在を倒せば元の世界に帰れるようになるぞ。何か質問はあるか?」

「え?えと」


 一方的に畳み掛けてきてイマイチ内容を呑み込めなかった。落ち着いて整理しよう。転生?転移?魔王?兎に角、今一番聞きたいことは…


「俺って死んだんですか?」


 この光の球は転生だか転移と言っていた。そういったものはアニメや漫画で流行っているが、その多くは死んでしまった人がするものという設定だ。意識が落ちる前、浮遊感に襲われ視界が奪われたのは発作か何かを起こして死んでしまったということだろうか。でも元の世界に帰れるみたいなことも言ってたしな…。


「いいや、まだ死んじゃいない。偶然君が選ばれたんだ。ちなみにだが拒否することは出来ない。すまないな」


 淡々と光の球が答える。周りと同化していて見えにくい。すると突然、光が強くなりまた元の光の強さに戻った。


「ん?あぁ、大事なことを忘れていた。向こうの世界は君らからすると魔法のあるファンタジー世界だ。それと容姿は少し弄ってあるから最初は慣れないと思うが頑張ってくれ」


 魔法か…。魔王がいるならもしかしてと思っていたが本当にあるのか。それに、頑張れって?


「魔王を倒せばいいんですか?」


「元の世界に帰りたくなったらな。別に君は向こうでゆったりと暮らしてもらっても構わない。何ならあちらで生涯を終えても何の問題もないぞ。スキルを与えるから冒険者稼業でも不自由なく暮らせるだろう」


 スキル!どんなスキルが貰えるんだろう。強いやつがいいなぁ。というか向こうに行くのにあまり抵抗がないな。


 何か向こうでやり残したこと、未練とかないのだろうか。やりたかったこと…なりたかった職業…。うん、無いわ。SNSをやっていると社会人になった人たちの悲痛な叫びが流れてくるからな。出来ることなら社会に出たくない。


 あ、さっき帰れるみたいなこと言ってたけど…


「魔王を倒してしまうと強制的に戻されてしまうのですか?世界を行き来できるようになるとかは?」


「さぁな。それは私にはわからない。ただ時間の流れが違うからな…。向こうでの一年は元居た場所の一時間に相当する」


 そうなのか。向こうに五十年いたとしても二日ちょっと。うーん、まぁいざ向こうに戻ったら何百年後でしたみたいなことは起きないと分かったけど…。そこらへんは慎重に考えないとな。


 あとは…冒険者?冒険者で暮らすとなると血や死体をみる機会は多くあるだろう。正直言って精神的に耐えられるとは思えない。


「あの、血とかあんまり見慣れてないといいますか、大丈夫ですかね?」

「あぁ、大丈夫だ。不自由なく、と言っただろう?君は向こうの世界に適応できる。保証しよう」


 よくわからないが大丈夫らしい。心配は無用のようだ。


 ふぅ、とグロいのを想像して肩に入っていた力を抜く。

 しかし、安心したのもつかの間。新たな不安がよぎる。


 なんか好待遇過ぎないか?


 俺はただの高校生で特別凄いことをしたわけでも、誰かの命を救ったわけでもない。光の球は偶然だと言っていたが本当なのか?何か裏があるのではないかと勘繰ってしまう。


「本当にのんびりと暮らすだけでいいのですか?」


 つい、そんな質問をしてしまった。


「ふむ、そんなに心配か?ならば忠告をしておこう。何も失いたくないなら強くなれ。だな」


 俺は何とも言えない気持ちになってしまった。



 今の答えは何か裏があると言っているのに等しい。いや、光の球が仕掛けてくるわけでは無いのかもしれないが、向こうには何かが待っている。そういうことだろう。


 ぐぬぬ、と頭を抱えて悩む。向こうに行くのにはあまり抵抗ない。しかし、これが仕組まれたものだとしたら?こいつが邪神とかで俺が行くことによって向こうに迷惑をかけてしまうのでは?でも異世界で魔法をつかってみたいと思っている自分もいる。そんな葛藤している俺を見かねたのか、


「あまり言うつもりはなかったんだが…。出来るだけ君の不安は取り除いてから送りたいんだ。君は何を迷っている?少し見させてもらおう」


 そういうと球体が近づいてきて俺の頭に触れる。


 なんだ?!頭の中で得体の知れないものが動いてむず痒いのだが、嫌悪感は生まれない。


「…なるほど、そんなことか。特に口止めされていないから言ってしまうが、これは我々の遊びなんだ」

「遊び?」

「あちらの世界に送った者の成り行きを見届けるという遊びだ。簡単に言えば娯楽だな」


 なんだそれ。人なんかみて楽しいのだろうか。というか我々?他にも仲間がいるのか。


 …もし言ったことが本当だろうと嘘だろうと俺には確かめる術もないし結局は向こうに行くしかないのだから。


「さて、悩みは解決したか?」


 いろいろ考えたが結局行くしかないのだから結論は同じだ。寧ろチャンスとして前向きに捉えあちらでの生活を楽しもう。


「行きます」

「そうか、前向きに捉えてくれたか。では早速スキルを与えよう」


 光が強くなり一瞬何も見えなくなるがすぐに弱まった。しかしそこには先ほどとは一つだけ違う点があった。


「ガラガラ?」


 思わず口に出してしまったが、そこには商店街などで使われる抽選器が浮かんでいた。


「そうだ。これを回すとスキルが出てくる。馴染みがあった方がいいだろう?」


 馴染みね…最近ではあまり見かけなくなってきた気がするが。


 そう思いつつもハンドルに手をかける。不思議と緊張はなく、ゆっくりと落ち着いて回していく。


 ガラガラと音を立て、一周回ったところでポトリと何かが落ちる。はっきりとは見えないが確かにそこにあることがわかる奇妙なものだった。


 俺はそれを拾い上げるようにして触れる。すると俺の中に溶け込むように吸い込まれていった。自分とは別のものが入ってきているのだが不思議と嫌な感じはしなかった。


「さて、融合は終わったな?どんなスキルか見てみろ。指をくるっと回せば自分の画面が開けるぞ」


 自分の画面なんてものがあるのか。異世界だから当たり前なのかな?


 言われた通り、人差し指でくるっと円を描く。すると目の前に薄い板のようなものが現れた。そこにはスキルという項目しかない。


「開けたな?そしたらそのスキルの項目を選ぶとスキルが表示されるぞ」


 スキルの項目をタッチすると詳細が現れた。



  【スキル】

  特異体質







「特異体質…?」


 これはスキルなのか…?体質って書いてあるし。もっと一目でわかるようなスキルだと思っていたので拍子抜けしてしまった。


「特異体質とな?すまんが私も聞いたことがないからわからないな…」

「自分でも体調の変化は感じないのですが、どういうことでしょうか?」

「それに関しては正常だ。スキルが発動するのは向こうに着いてからにしてある」


 そうなのか。だがあまり喜ばしくない状況だな。なにせ自分のスキルがよくわかっていないのだから。


「そ、そうだ。向こうにいく選別として私からもこれを送ろう」


 そう言って目の前に現れたのは、綺麗にカットされたダイヤモンドだった。


 確かにこれを売れば大金が手に入りそうだ。ん?でもこの価値が向こうで高価に扱われているかは分からないな。すると光の球は、


「これはな、向こうの世界で作られたものなんだが祝福の石と呼ばれているらしい。これを使うとスキルが得られるという代物だ。これをやる」


 おぉ、なんてサービスの良い光なんだ。ありがたい。


「石を口に放り込めばスキルが得られるからな」


 早速口の中に入れる。すると口内に甘い味が広がり、あっという間に溶けて無くなってしまった。すぐ溶けたことに驚いたが、ちゃんとスキルを獲得できただろうか?確認しようと自分の画面を開く。そこには…


「確認できたか?すまんがもう時間が無いみたいだ。向こうに飛ばすが少しの期間なら私と連絡が取れるようにしよう。…反応できないと思うが」


 え?ちょっとまって。もう行くの?まだ心の準備が…


「じゃあな、願わくば君に幸福を」


 そして俺の体は光に包まれて数秒後にはすでにその場所から消えていた。

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