二葉の苦悩

みんなが散開し、残されたわたくしは自身の体に向き直る。

コポコポと気泡を出しているわたくしの体はあの時から時が進んでいない。過ぎ去った時間を思うと不安しかない。二機の記憶を確認すると大丈夫であることは分かるけど、今回も大丈夫であるかは不明。もしかしたら失敗するかもしれない。


失敗したら、わたくしは居なくなるのではないか。あるいは、二機が表出化して七機や五機みたくなるのか。

やってみなければ分からないことがありすぎる。


もう終わりの状況であれば、身を投げ捨てて一機をこの身に宿すことも出来ただろう。全てが溶け合い。一機の破壊を最前線で見ていた記憶が脳裏に宿る。


わたくしの役割。それを一樹くんに取られてしまった。それに対してホッとしている自分がいることが悔しい。

ここまで追いかけてきた彼に手を差し出せないのは嫌だ。

だから、蜘蛛の糸よりも細い可能性に賭けることにした。


これは、わたくしの贖罪。


他に方法がない。それに、この方法が上手くいく確証もない。


先夜くん。彩乃ちゃん。七機。五機。誰が欠けても上手くいかない作戦。わたくしも、全力で取り掛からなければならない。


ボタンを押す。


こんなファンタジーなのに、なんでここだけ機械なのか。この装置を見る度に疑問に思ってはいたが、これを作り出せる文明があったのだろう。

現代科学とは違う体系の科学技術の時代。もはや失われてしまった敗北の時代。


わたくしたちは、前に進みます。


体が落ちてくる。それを霊体のわたくしが抱きとめる。重なる部分から感覚が戻っていく。


最初に感じたのは冷たさだ。


長く忘れていた感覚に体が震える。それから、風を肌が受け、匂いを感じ取り、瞳から零れる涙が下へと落ちていく。


「ああ。戻ってきます。わたくしが、帰ってきます」


なかったものが戻っていく。霊体では感じ取れなかったものを全身で受け取り、わたくしはわたくしになっていく。


「大丈夫ですかね」


少し動かす体は重たい。今までが軽すぎたのだ。


感覚を確かめるように指を動かす。裸の体は風を受けて震えた。

生きている。そう実感できる。力を使えるのか試してみるが、この体では上手く使えない。胸を抑え、心臓の鼓動を確かめながら小さく息を吐く。


「いけそう。ですね」


頷く。

近くのボックスを広げ、用意してあった服に着替える。こちらも現代科学では作れないであろうブラックボックスだ。ここに入れておけば永劫でも保管できる優れもの。


二度と使うことのないだろうそれらに礼をして、わたくしは移動する。よろめく体は未だに慣れていないことを示していた。

でも、やるしかない。


負けられない理由が、そこにはあるから。

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