転換

「お熱いようで良かったな」


今にも倒れそうな一樹は卑屈な笑みを浮かべながらフラフラしている。

何徹しているんだと叫びたいレベルでやつれているが、嫌味を言うだけの体力はあるようで少し安心した。


「俺の事よりもお前はどうしたんだよ」

「双葉姉を探してるんだ。君には聞こえないのかい?」

「なにが、だ」

「助けを求める。二葉姉の声だよ」


まるで聞こえない。

耳を澄ませても、車や鳥のさえずりばかりで人の声は聞こえない。


「ねぇこの人。大丈夫なんですか?」

「分からん」


友人ではあるが、大丈夫である自信はまるでなかった。幻聴が聞こえるのであれば、無理にでも寝かせるべきではないかと思うほどだ。


だが、幻聴でない可能性も捨てきれない。


コッペリアンを知っているからこそ、もしかして。が、ありえるのだ。


有り得るけれど……問題はそれを一樹が信じるかどうかである。

二葉姉がコッペリアンになっているのであれば、また会えるという事である。座に居るならば、観測者を待っているかもしれない。


それならば、七機の出番だ。


(先輩。そうであったなら、二人は反応しませんか?)

(そうなんだよな)


コソコソと二人で相談。

この地にコッペリアンが居て、観測者を待っているのであれば、二人はそれなりの反応をし、観測者を探すように促したことだろう。


だが、そんな様子はまるでなかった。

それどころか、俺たちとは別行動をしている。可能性はあるけれど、確信はまるでない。


「なぁその幻聴ーー」

「幻聴じゃない。そうじゃ、ないんだ」

「悪い。二葉姉の声は、ずっと聞こえてたのか?」

「いや、ここに帰ってからだ。帰ってきて、墓参りをして、しばらくしてから聞こえるようになった。今は聞こえないけど、また聞こえるはずだ」

「なるほどな」


それが眠らずに探している理由なのだろう。

可能性の芽があるからこそ、必死に手を伸ばしているのだ。それに対して、何か言う権利は俺にはない。狂気に似た感情は、よく理解している。

これでも付き合いは長いのだ。


「ようやく。ようやくなんだ。なのに、目の前でイチャイチャする君たちを見ていると腹が立って仕方がない」

「無視しろよ」


イチャイチャしている訳では無いが、自分が出来ないからと他人に当たるのは止めてほしい。俺だって会えるなら会いたいのだ。


「二葉姉は苦しんでいる。それが分からないのかい?」

「その声が聞こえてないからな。分からないと答えるしかないだろ」

「ボクは、君のことを友達だと思っている」

「俺もそう思ってるし、お前の情熱には敬意を称している。だから、金が無い時は奢ってる」


睨み合う。

求めている回答が出てこないと悟ったのか、一樹はふっと視線を逸らした。


「邪魔したな。仲良くしとけばいい」


フラフラとした足取りで再び歩き出す。

止めたいとは思った。でも、止まるとは思えなかった。

一樹を見送る。

友達だからこそ、心に誓う。


コッペリアンが絡んでいるならば、全力を持って合わせると。


「行こっか」

「いいん、ですか?」

「いいんだよ」


道は分かれた。それでも、ゴールは同じであると信じている。


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