実家

彩乃と別れ、俺が最初に向かったのは実家だった。

誰も居ない家に帰ると、お土産を置いてから仏壇に手を合わせる。


「懐かしいか?」

「うん。頭の中にあった光景とは違ってるけど、懐かしいよ」


奈々が亡くなって十年。家の中も変わっている。新しい物が増え、古い物は消えている。

それでも、変わらない物があった。


「まだ残してあるんだよな」

「ボクの机?」

「今じゃ、ただの物置だけどな」


奈々が生きていた頃に使っていたランドセルや教科書。机などは、今も残されていた。


捨てよう。


そう何度も言われながら、残していた物だ。

俺の部屋が狭くなるとしても、これだけは失ってはいけないと守ってきた。


「俺がいた頃は、定期的に掃除してたんだけどな。今じゃ埃まみれだ」


苦笑しながらランドセルから埃を払う。

帰ってきた時の時間潰しは、掃除からだった。今使われることの少ない自室の掃除。両親共忙しいので、自分でやるしかなかった。


「ボクも、手伝うよ」

「ありがと。終わったら、二人のとこ行って飯食うか。用意はしてるって言ってたし」

「彩乃はいいの?」

「そっちは千寿さんに任せてある。美味しい店に案内してくれるだろうよ。お金も無理無理に受け取って貰ったしな」

「信頼してるんだね」


信頼。

千寿さんとは、長い付き合いだ。その間に多くのことがあった。感覚としては、もう一人の父親と思うくらいには慕っていた。

だからこそ、彩乃を任せられる。


「何かあっても。五機居るしね」

「それもそうだな」


彩乃が一人であれば、対応は変わっていたかもしれない。でも、そうではないのだ。

小さなナイトが常に寄り添っている。安心して任せられるナイトが……


「さっさと終わらせて、今日のタスクを終わらせるぞ」

「はーい」


時間は限られている。

気になることはあるし、有効活用していかないと間に合わない。


「お墓参りにも行くの?」

「それがルーティーンだからな。一日目は大抵そう過ごす」

「そっか」


七機は多くを語らない。

黙々と荷物を動かしては埃を拭っていく。


俺も、負けないように片付けを続ける。二人分の労力によって掃除はいつもよりも早く終わり、家から出て二キロほど離れた両親が経営している店に向かう。

いつもは高校時代に使っていた相棒の自転車を使って風をきりながら向かうのだが、今日はその気分になれず、カバンを肩にかけて歩いて店へと向かう。

途中途中で、七機が嬉しそうにあれ知ってる。これ懐かしいと反応を見せる。


姿や声は違う。それでも、奈々が帰ってきたような感覚に陥る。


ポロリと、涙が零れる。

一粒だけ零れた涙を拭うと、空を見上げる。


先程一瞬だけ見えた巨樹が確認出来る。

幹がどこにあるのか分からないが、間違いなく厄介な出来事がこの街で起きている。


「お兄ちゃん。早く早く」

「分かってるよ」


それでも、今。この時だけは目を逸らした。

七機との時間のために……

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