車の中

「なるほど。二人はその頃からの付き合いなのか」


俺たちの話を聞きながら、ウンウン頷く千寿さん。間違っていないのだが、言い方に悪意を感じた。


車の名前は分からないが、それなりの大きさの車は、緩やかな動きで道路を走る。助手席には、何か買い込んでいたのか袋が置いてあり、俺たちは揃って後ろに座っている。詰めれば大人が三人くらい座れるだろうけど、ゆったり座ろうとしたら二人が精一杯のため、七機と五機は膝の上に座っている。飛行機でもそうしていたので、あまり嫌がる様子はない。


「先輩には、何度も助けられています」

「助けたかなぁ」


彩乃の余所行き口調を聞きながら頭を巡らせる。少なくとも、仕事で助けた覚えはない。なにせホールと厨房だ。接点も少ない。

重い荷物を運ぶ時に駆り出されたりはするものの、特別に何かをした記憶は無いのだ。


「いつも通りの反応だね。やって当然のことは助けたことに入らない。お礼なんていらない。昔からそういう子だったね」

「そうですか?」


周りの評価と自己評価が噛み合わない。

なのに、隣では何度も頷く彩乃が居るので居心地はかなり悪い。と言うより、むず痒い。


(お兄ちゃんはもっと胸を張って生きた方がいいんじゃないの?)

(生きてるつもりだよ)

(そうかなぁ?)


「彩乃は、俺のことどう思ってる?」

「えっ!?」

「いや、なんでそんなに驚くんだよ」


もしかしたら、五機と何か話していたのかもしれない。俺が七機と話していたように。だからこそ、反応が大袈裟になったのだろう。タイミングが悪かったな。


「意地悪は止めてあげなさい。それより、執筆を再開したのなら、ボクにも見せてほしいな」

「ええっと……」

「ちゃんと持ってきてますよ。どうせ、見せたがらないだろうと思いまして」

「おいおいおいおい!!」


奈々に書いていた頃とは違うのだ。製本された作品を知り合いに読んでもらうなんて羞恥プレイをさせられるとは思わなかった。だから送ったりせず、去年も言わなかったのに!!


「なるほど。それは楽しみだ。複数人で何かをする先夜くんを想像出来なかったから、ちょっと嘘が混ざっているのかと思ったよ」

「そうなんですか?」

「仲良くなれるまでが長いからね。学生時代でも、基本は一人だったんだろう?」

「実習とかあったし、集団行動はちゃんとしたさ」

「自分の意見は通したのかい?」

「…………」


そっぽを向く。


流される生活しかしていなかったので、決まったことを決まったようにするだけだった。就職だって似たようなものだ。行く場所こそ選んだが、後はここがいいんじゃないかと紹介されたところを選んだだけだ。別のところを紹介されたならば、そちらに行っていたことだろう。


「こういう子だったんだよ。だから、少し不安があってね。あまり、自分のことを話したがるタイプでもないしね」

「聞かれたら答えますよ」

「そうだね」


全てを見透かされているような返事に、ため息が零れる。

その通りすぎて反論が出来ない。両親よりも頼ることが多かったせいで、俺の事をよく知っている。知られすぎているのが恥ずかしくてたまらない。


「意外です」

「なにが?」

「先輩って、もっと堂々としている印象あったので」

「あはは。堂々と……か。先夜くんからは程遠い印象だね」

「結構頑張ってるんですよ」

「そうだね」


猫を被っているわけではないが、与えられた仕事をこなす上で必要なことをやっているにすぎない。その結果、そう見えているとは思いもしなかった。

年下の彩乃たちに見栄を張っていた。とは言えるけど……


「帰っても特にやることないからボクの手伝いをしたりお墓参りをしたりするだけでね。今回キミを連れてくると聞いて驚いたよ」

「私も驚きました」

(ほんとね。どういう風の吹き回し?)

(知るか)


適当に流しながらお茶を流し込む。

色々と理由はあるけど答える気は無い。いずれ語る機会があれば口にするかもしれないが、ここで……千寿さんの前では言いたくない。


「まぁいいか。ほら、もうすぐだよ。窓の外を見てごらん」

「うわぁ」


窓の外には、懐かしの地元がある。所々変化は見られるけれど、時間が流れているとは思えないほどにゆったりとした田舎の風景。


帰ってきたんだなと、そう思えて見回す。


「んっ!?」


目前に入り込んだ巨樹に、慌てて目を擦って再確認。

だが、そんなものはどこにも無い。幻のように消え失せる。


「どうしたんだい?」

「いえ、なんでも」


この帰郷。ただで済まなそうな気がしてきた。

七機を抱き締める手に力が入る。


(大丈夫だよ。お兄ちゃん)


頷き、覚悟を決める。

こんなところで、負けてはいられないのだ。


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