過去 3

「やっぱり、ここか」

「来たのか。来ないと思っていた」


海の見える堤防で、一樹は空を眺めていた。

その隣に座り、ゴロンと横になる。


「考えはまとまったか?」

「どうでもいい」

「そうか」


自分は一人ではない。

そう理解することは出来ても、簡単に割り切れるものでは無い。

少なくとも、すぐに仕事を再開した両親と同じことは出来ない。


「それだけ、大事だったんだろ」

「そうだな。大事だった。大切……だったんだ」


日に日に弱っていく姿を見ることしか出来ない自分が嫌で、必死になにかしたいと行動した結果。何も変化を起こすことは出来なかった。

それが悔しくて苦しくて……目を背けることだけが、俺のやれることだった。


「その気持ちはよく分かる。僕だって回復を願っていた。一緒に遊べる未来を夢想していた。でも、それはもう叶わない」

「それは……」

「僕たちは、死の順番を選べない。神様では無いからな」


その通りだ。

むしろ、事故で唐突にお別れするよりも幸せだったのかもしれないとは思う。思うけれど、ぽっかりと空いた穴を塞ぐことは出来やしない。


「暗い顔をするな」

「悪いかよ」

「悪い。それだと、僕が困る」


俺が落ち込んで何が困ると言うんだ。

一樹には、関係の無いはずだ。

そんな想いを視線に乗せて見つめれば、顔を押さえてため息を零す。


「君が早く復活してくれないと、二葉姉にアタック出来ない」

「なんだよ。それ……」


想定外の解答に目を丸くした。


一樹が二葉姉に好意を抱いていることは知っていた。相談もされている。そのこと自体に疑問は無い。疑問に思ったのは、俺の復活でアタック可能になる点だ。


「元々、奈々ちゃんが入院中に告白したんだ」

「そっそうだったのか……」


全く知らなかった。

あの時は奈々のことで手一杯になっていて他の人たちのことなんて眼中に無かったから仕方ないと言えば仕方ないが……


「で、言われたのが奈々ちゃんのことが解決するまでは付き合う気はない。だったんだよ。入院してしばらく経った頃だったし、見舞いに行くと元気そうだったからな。このまま退院すれば、再アタックが可能になったんだ」


体のいい断りを食らっているはずなのに、一樹は気にすることなく話を続ける。

もう一回行動しても別のことで断られたんじゃ。なんてことも思いはしたが、口にはしなかった。

一樹も、その事には気づいているだろうからだ。


「だけど、奈々ちゃんは亡くなった。君は塞ぎ込んでしまった。約束だけが残されたんだ」

「奈々との、約束か?」

「そう。だから、僕は……君に元気になってもらいたい。僕自身のために」


俺のためではなく。

自分のための行動。

一樹らしい思考回路に、笑みが零れた。


久しぶりに笑った気がする。笑えた気がする。だからなのだろう。笑っているのに、涙が止まらない。

ポロポロ零れる涙が、頬を伝って堤防へと落ちていく。


「一樹は……一樹だな」

「当たり前だ。僕が僕じゃなければなんなんだ?」

「頼みがある」


体を起こし、立ち上がる。

一樹にしか頼めないことを頼むために。


「それで元気なるのであれば、何でもしよう。僕の利になるならね」


同じように立ち上がり、向かい合う。

海から離れ、堤防の真ん中で……


「俺を殴ってくれ」

「分かった」


躊躇いは無かった。

何を言われるのか分かっていたかのように、右拳が俺の頬を捉える。

吹き飛ばされないように耐えながら、殴られた頬に手を置いた。


「目は覚めたか? さっきの平手では足りなかったのだろう?」

「覚めたよ。少し時間はかかるかもしれないけど……ちゃんと、前を向くよ」


ズキズキとした痛みが、何故か心地よく感じる。

手加減のない一撃をしてくれた一樹に手を差し出した。

握手で返され、笑みを浮かべる。


俺は、前を向くことに決めた。

これで、一樹は二葉姉にアタック出来る……はずだった。


この三日後、二葉姉が行方不明になるまでは……

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