過去 1

奈々を失って、俺の世界は色を無くした。

奈々の笑顔だけを求めて生きていたせいか、何をするにも活力が湧かず、死んだように日々を過ごした。


学校にも行かず、最低限の食事と排泄以外では部屋の外には出ない毎日。部屋の中は渡せなかった小説の残骸がビリビリに破けた状態で散らばり、文字が目に入る度に涙が浮かぶ。


「ごめん。ごめん」


謝罪の言葉しか浮かばず、悲しみだけが胸の内に広がる。


「先夜。入るぞ」

「一樹……と、二葉姉」


カレンダーを見れば、奈々の葬式からいつの間にか一週間が過ぎていた。

親に連れ出すように頼まれたのかと思いながら、布団の上で丸くなる。


「大丈夫?」

「大丈夫じゃない」

「なら、外に行くぞ」


超絶理論についていけず、毛布を被って完全に拒絶の姿勢を取った。


生きる意味を、無くしたのだ。


「はい。行きますよ」


毛布を剥ぎ取られ、無理矢理に立たせられる。同年代でも小さかった俺は、八歳年上の二葉姉に勝つことが出来ずに抱きしめられ、そのまま外へと連行される。

胸が背中に当たり、恥ずかしさに顔が赤くなる。暴れようとも思ったが、その体力が無かったせいで、されるがままになってしまう。


「ほら、外ですよ」

「むぅ」


別に出たくもないのに外に出されて不機嫌モード全開でそっぽを向く。

俺がここに居ても、何も出来ない。しても意味がない。俺には、誰かの力になれることなんて何も無いのだから……


「いつまで拗ねてるんだ」

「拗ねてない」

「なら、いつまで現実から目を逸らす」

「逸らしてない」

「僕の目を見て、言えるのか?」

「それは……」


言葉を濁す。

一樹の一言一言がクリティカルに突き刺さる。

実際拗ねているし、現実を見ていない。

奈々が死んだことで全てを捨て去っていた。未来のことすら、頭にはなかった……


「君が全力を尽くしたことを僕は誇りに思っている。奈々ちゃんが亡くなったのは残念だ。だけど、あの子の死を無駄にするつもりなら……僕は君を許さない」

「無駄……」

「そうですよ。家で丸くなって、思考を停止させるなんて、人生を棒に振っているとしか思えません。それは、あの子の死に対する冒涜です」


言葉が胸に突き刺さる。


だけど、だけど、だ。


「なら、どうしたらいいんだよ」


零れ落ちる涙。

奈々の人生が終わりを迎えた。もはや帰ってくることは無い。それなのに、俺は生きている。何も無い俺が、ここに留まっている。それが悔しくて苦しい。


「俺は、何をしたらいいんだよ!!」


「知るか」


バッサリと、叩き切られた。

一樹はため息混じりに肩を竦めると、思いっきり頬を叩いた。


「君が何をしたいか。そんなことを僕が知るわけないだろ。目を覚ませ。君の道は君にしか見えない」

「なんだよ、それ……」

「暴力を振るってはダメですよ。気持ちは分かりますが、力で解決はしません」


ギュッと強く抱きしめられる。


「先君。今は人生が嫌になっているかも知れません。ですけど、あなたを大切に思う人は確実に居るのです。だから、ヤケにだけはならないでください」

「俺は……」

「一度、場所を変えましょう。父が話したい言っていましたよ」

「神主さんが?」

「はい」


二葉姉の家は神社だ。お父さんは神主をし、二葉姉は巫女として手伝いをしている。

なぜ呼ばれたのか分からないが、俺は為す術もなく連行される。


二人の言葉を聞いてなお、俺の世界は暗いままだ。光は、まだここには無い……





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