結末
世界が、崩れていく。
端から剥がれていくと、そこには無事の建物たちが生まれていく。
「結界が、消えていくんだ」
「なるほどな」
目前には、胸を貫かれて膝を折る炎の魔人だった人。裸で下を向いているのは普通の……どこにでもいるようなおじさんだ。
「終わった……のか」
まだ、息がある。
だけど、指先や足からどんどんと塵となって消えていく。今はロスタイムでしかないのだろう。
『お父さん』
「ああ。亜美。すまないね」
彩乃に連れられてやって来た悪三さん。
今にも消えてしまいそうな彼女の姿が、終わりを強く印象させる。
『ごめんなさい』
抱きしめようとして……すり抜ける。二人の世界が交わらない。
もしかしたら、これこそが炎の魔人として……いや、巨人として暴れていた理由なのかもしれない。
「そうか。触れられる人が、居たのか。そうか……」
穏やかだ。
今までの憤怒が、絶叫が、嘘のようである。元々はこんな人だったのだろう。それが、何らかの干渉を経て暴走していたのか。
(強い絆を感じるよ。もしも……普通に戦っていたら負けてたかもしれない)
(どうやって、勝ったんだ?)
俺の愛を示した。
奈々と重ねて過去を振り返り、今の七機に向けて飛ぶことにした。近くに居ることで愛の証明になれば。
敵と認識した俺が現れることで炎の魔人の思考にデッドスペースが開けば。
未来を見せることで先手を取れれば。
そんな思いで、空中からダイブした。
だけど、それで勝利出来るほど容易い相手ではなかったはずだ。
それなのに、結果として七機は勝利した。
それが、分からない。
(簡単だよ。お兄ちゃんが来てくれたおかげで、防御の熱すら攻撃に転じた。一撃で灰にしようとしたその隙に、刀を胸に差し込んだだけだよ。あそこが核だって確信あったしね)
(なるほど)
あれ?
ということは、別に俺は飛ぶ必要無かったのでは?
奇襲のつもりと下手に近づいて攻撃を受けないように飛んだけど……無意味?
(にゃはは。そんなことないよ。僕のところに飛んでくれたから勝てたんだよ)
心を読んだのか俺の手を握りながら笑みを浮かべる。
「彩乃。ありがとな」
「ありがと。じゃないですよ!!」
明らかに怒っている。
そりゃ、無茶して左腕を失い、その後に飛び降り自殺しかけたら怒っても無理はない。
逆の立場であれば全力で怒るだろう。
しかし、だ。
「これ、痛くなくなったんだよな」
無いはずの左腕なのに、そこにちゃんとあるような気がするのだ。握っていないのに握っている感触がある。物凄く不思議なのだが……
「結界が壊れたから、傷が無くなってるんだよ。あれ、言わなかった?」
「聞いてねぇよ!!」
「にゃはは。ごめんね〜だって、お兄ちゃんを傷つけさせる気。なかったもん」
それは事実なのだろう。握った手に力が入っている。
おちゃらけた言い方をしてはいるが、相当に悔しかったようだ。
「もし、死んだらどうするつもりだったんですか!!」
「七機なら、救ってくれると信じてた」
「それは救うけどさ〜無茶がすぎるよ〜」
「お前も責めるのかよ」
あたふたとしている五機だけが癒しである。
太陽出てきたし、夜も明けるのか……
「迷惑をかけて。すまなかったね」
「えっ?」
もうほとんどが消えているおじさんが、俺たちに向かって微笑んでいる。
「私は、妻と亜美が居れば幸せだったんだ。それを、理不尽に奪われ、絶望した。地獄の日々を、亜美は救ってくれた。それでよかったはずなんだ。よかったはずなのに、私は……」
「気にしなくてもいい。きっと、あなたも被害者だ」
悪いのは、きっとこの人ではない。
こんな悪質な戦いを始めた神なのだ。巻き込まれただけのおじさんが謝る必要なんて、無いのだ。
「悪三さんと、奥さんと、次の人生でも会えるといいな」
「ありがとーー」
最後まで言えずに消えてしまった。残ったのは悪三さんだけ。だけど、それも長くはないだろう。
『ご迷惑をお掛けしました。ですけど、救ってくださりありがとうございます』
「これが、救ったことになるのか?」
『はい。お父さんを、取り戻しましたから』
儚い笑顔を浮かべ、消えた。
とても、救ったとは思えない。多くの命を救うための犠牲としか考えられない。なのに、当人たちは清々しく去っていった。塵一つ残すことなく……
「先輩。行きましょう」
「ああ」
すでに電車も動いている時間。人も増えだし、早く帰らなければ仕事に遅れる。
「仕事、か」
結界が消える。体に着いた汚れも傷も無くなっている。無くした腕すら元通りだ。
「行きたくねぇな」
「何言ってるのさ。仕事はちゃんとしないとダメだよ。僕が連れて帰ろうか?」
「それとも、私がいいですか?」
どっちで帰っても目立ちそうである。
ただ、電車で帰っても間に合わないのは事実。
ため息を吐きながら、七機と歩き出す。明日へと向かうために……
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