七機と奈々
彩乃と共に空へと上がりながら、思い出していたのは亡くなった奈々のことだ。
もう十年経つと言うのに、目を閉じれば鮮明に思い浮かんでしまう。
愛。
自分の中で、それを思い浮かべた時。即座に浮かんできたのは奈々の笑顔であった……
〇
「ごめんね。お兄ちゃん」
奈々は、よく謝っていた。
ベッドの上。白いパジャマに身を包み、一人っきりの病室の中で……
両親は、いつも忙しそうにしていた。少しくらい会いに来いと言っても首を横に振り続けていた。
だから、俺は毎日会いに行った。
最初の頃は、父さんのカメラを手に多くの写真を撮って見せていた。
ここで、何をした。楽しかった。そう感想を口にする度に、奈々は悲しそうに笑った。笑っているのに、泣いているような表情に気づいて、カメラから手を離した。
次に図書室から本を借りた。
毎日昼休みになると図書室に籠り、奈々でも読める本を見繕って持っていった。
時間があるのか、持って行けば毎回読みきっていた。
だけど、俺はその感想を共有することが出来なかった。どんなに楽しそうに話してくれても、それに相槌を打つことしか出来ず、奈々の顔はだんだんと曇っていった。
そのうち、持って来なくてもいいとさえ言われ、困り果てた。
お医者さんは言っていた。楽しめることがあれば元気になるかもしれない、と。
当時十二歳の俺にしてみれば、それだけが希望だった。奈々が楽しめる。笑顔を浮かべることが出来ることを必死に探した。
写真はダメ、本もダメ、絵心は無く。勉強なんて以ての外。なら、どうするべきか?
考えて、考えて、考えた結果。俺は物語を自分で書くことにした。
オリジナルではなく。奈々が面白いと喜んでいた本を丸ごとパクった。ただ、内容は微妙に変えた。
奈々を主人公にした物語を書いたのだ。
ストーリーはそのままに、奈々を主人公にした物語を原稿用紙いっぱいに書いて渡した。
最初は驚いていた。
意味を理解出来ず、読みだしても首を傾げるばかりだった。
しかし、読んでいくごとに気づいたのだろう。俺に質問しながら読み進めた。
奈々は、ずっと笑顔だった。笑顔を浮かべる奈々は、俺と話しながら物語を読み進める。
その笑顔が忘れられなくて、書き続けた。最初はパクリでしかなかったが、だんだんとオリジナルを書くようになり、奈々を主人公とした物語は大きく広がっていた。
どれも、幸せになる物語。
こうなって欲しいと願いを込めた物語。あれは、俺が奈々に向けた愛なのだと思っている。
奈々の笑顔だけを考えた時間。幸せだけを願った時間。
〇
俺にとっての、愛。
これは、七機に向けた覚えのない感情。なのに、七機は嬉しそうに笑う。
見た目はまるで違うのに、奈々の笑顔と被る。
「先輩?」
「大丈夫だ」
胸を温かい想いで満たす。
奈々と七機。 違うけれど、同じ。なら、きっと向けられるはずなのだ。奈々に送ったのと同じだけの……愛を!
「七機!!」
叫ぶ。
届くわけない距離。それでも、七機ならば分かってくれると信じる。
「先輩……」
「行くぞ」
彩乃から離れ、下へと落ちていく。
彩乃がそうしてくれたからこそ成り立つ空中浮遊。
軛から放たれた俺の体は、重力に引かれてどんどん落ちていく。
右目にはすでに片眼鏡が付いており、未来を見ながら地面とキスする可能性に戦慄する。
目前に迫る炎の魔人と七機。戦いに割り込むように落ちる俺は、死を覚悟した。
「お兄ちゃん!!」
だが、その未来は訪れない。七機が立体機動を用いて俺を空中でかっさらう。
「そっか。うん。これが答えなんだね」
嬉しそうに跳ね、生み出した刀を片手で炎の魔人の胸元に差し出した。
そして……
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