敵対

それは、巨大な炎だった。


炎で作られた巨人。燃え上がるそれは、近くの高層ビルを抱きしめ、溶かしている。


夢かと思った。四十階建てと思われるそのビルと同じ高さの炎が、人の形を取っているのは燃えている何かがそう見せているだけなのだと思いたかった。

でも、違う。


「これ……は」

「あはは。ファンタジーだね」


俺も彩乃も度肝を抜かれている。溶けてドロドロになる高層ビルを見ていることしか出来ない。


やっぱり、手遅れなのでは?


そう考えていると、ギュッと何かが手を掴む。視線を動かせば七機の姿。ジッと炎の巨人を睨みながら、俺の手を握りしめていた。


「行ける、のか?」

「分からない。分からないけど、行くよ」

「大っきいの。作るね」


巨大な土人形を作るが、炎の巨人に比べたら半分ほどしかない。

ここがガルムと戦ったのと同じ結界内であれば、いくら壊しても問題は無いだろう。だが、そうでなかった場合が……危険だ。


ドロドロに溶けたビル。あの中に人が居たのであれば、灰も残っていないだろう。それだけの高温なのだ。


『許さない』

「なんだ!!」

「声、あの巨人?」

『最愛を奪った世界。あの子を連れていった世界。私を拒絶した世界。許さない。許さない。許さない。許さない』

「五機」

「うん」


巨人の雄叫びが、戦闘開始の合図となった。

土人形によって宙へと放り投げられた七機が、どこかの調査団みたいな立体機動で一気に巨人の頭に近づき、対艦刀を思わせる巨大な刀の一閃を食らわせる。


(むぅ。これじゃダメ)


頭に響く七機の声、慌てて走りながら片眼鏡付きの右目で未来を見ながら状況を見定める。


放り投げられた対艦刀は、空中で消え失せる。それは、柄だけになっており他の部分はドロドロに溶かされていた。


熱すぎて斬るよりも先に溶かされるのだ。


「何か手は無いか?」

「無理無理無理無理無理!」


ジュージュー音を立てながら崩れていく土人形が、彩乃の否定を物語っていた。

触れるのが不可能。これでは、俺たちは近づいただけで溶かされることだろう。数キロ離れていても熱波は届いていた。紛うことなき、化け物である。


しかも、逃げるフィールドも最悪だ。


「あっつ!!」

「そっちは本当の炎みたいです」

「なら、こっちか」


幻炎であるなら無視して通り抜けられるが、本物が時折身を隠しているため、逃げる場所が固定されていた。しかも、視線は炎の巨人に向けていなければ七機に未来を送ることも出来ない。いつの間にかズーム機能があったので遠くから見せることも可能になっていたが、こちらの距離感が狂うのでめちゃくちゃ走りづらい。バックステップで逃げているくらいだ。そのため、道案内は彩乃に任せていた。

さっきは後ろ向きだった為に幻炎間際まで気づかず、熱を感じたことで炎がある事に気づいた。


声であっちだ。こっちだと教えてくれるのだが、かなり怖い。瓦礫で転けて頭を打つビションが頭を過ぎり、身震いがする。


ガルムなんて目ではない化け物。まさか、こんなに早く相対することになるなんて思いもしなかった。


「先輩……」

「打つ手無しだな」


どんなに七機や五機が頑張ろうとも、炎の巨人は見向きもしない。

別の高層ビルに抱きついてドロドロに溶かす作業に勤しみ、悲しい雄叫びを上げている。


(むぅ)と膨れる七機の声が幾度と頭に響き、溶けた武器を投げ捨てる。地面をいくら土人形に変化させて抉ろうとも、即座に体制を整えられる。なにせ、炎なのだ。地面が抉れて穴が開こうとも、底まで炎を伸ばせば普通に立ててしまう。

そのため、二人は攻めあぐねていた。


武器も土人形も効果がない。そもそも、こちらを敵だと判断されてもいない。

襲われないので動きを止めた。走り回る方が危険なのだ。


「さて、どうするべきか……」

「水、かける?」

「どうやって? ホースでかけても速攻蒸発コースだぞ」

「だよねー」


現実味が無いことは重々承知していたようだ。

時間が無いのも事実なので、早くどうにかしないといけないのは同感だ。


だが、だ。RPGで言うところの特殊な鍵を入手せずにボス戦に挑んでいる状況。ここから逆転するにはレベルが明らかに足りていない。


困る。かなり困る。このままでは部屋から持ってきたゴミを全て使い切っても足りないだろう。ある意味焼却処分しているので部屋綺麗になるなぁ〜なんて現実逃避している場合ではない。


『あの』


考えろ。考えろ。考えろ。

今の俺に、俺たちに出来るのはこの状況を覆す一手を考えつくことだけだ。

なにか、なにか……


『あの、すいません』

「彩乃。何か思いついたのか?」


一度片眼鏡を消して振り向いた。そこには青い顔をする彩乃と、


『ようやく気づいてくれましたね!』


明らかに透けている女性が浮いていた。

観測者だからこそ、見ることが出来たそれの答えは一つしかない。


「敵か!!」

『違います!』


違うそうだ。

となると、なんなんだ?

味方でないことだけは確かなのだ。怪しさ満点の女性を前に彩乃は縮こまり、俺の後ろに隠れてしまう。


幽霊。苦手だったのか?


『お願いします。お父さんを助けてください!』


謎の女性からのSOS。

この出会いが、俺たちの戦いを加速させていく。

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