執筆作業
帰宅し、ノートパソコンを開いて執筆用に使っているファイルをクリック。
どこまで書いたかを確認するために少し前の話を読み……
「酷いな、これ」
頭を抱える。
動かない筆で必死に進めていた物語をデリートしていく。ほぼ全部消し去り、ため息を零した。
「大丈夫なの?」
「大丈夫じゃない。どうすっかねぇ」
書きたい物語は頭に浮かんでいた。こうしたい。ああしようと電車の中で捏ねくり回した物語が、パソコンを前にすると霧散してしまっていた。
アニメで見るようにカタカタと軽快にキーボードを叩きたいところではあるが、どうしても指が動かない。
書きたい書きたいとパソコンの前に座る直前まではあったはずの衝動も今ではまるで無くなっている。
目を閉じて、頭の中でもう一度キャラを動かし、情景を浮かべていく。
よし。大丈夫。形にはなっている。
目を開いて、キーボードに指を置く。数文字書いて指が動かない。
「違う。こうじゃない。こう表現したいんじゃない」
知識が足りない。
表現力が足りない。
技術が足りない。
足りないものだらけでどうしても書きたい物が書けない。
「んー書けないなら、僕と話さない?」
「なんの話だよ」
「例えば、さっき冷静でいられた理由とか。どうかな?」
「冷静でいられた……理由?」
そう言えば、確かにおかしい。目の前で人が死んでいくのに心がまるで動じていなかった。それどころか、早く帰って執筆したいとか考えていたのだから、頭大丈夫なのかと心配になる。
口元に手を置き、顔が青ざめる。
冷静に、冷静に思い返すほど、自分の行動に違和感しかない。
こうしてパソコンの前に居ること事態おかしいのだ。
「俺、なんで……?」
「にゃはは。まぁ簡単言えば僕のせいなんだよね。僕と繋がってるからって言えば分かるかな?」
「死に、慣れている……のか?」
七機が居たのは死が日常的になっている世界だった。そんな七機と心が繋がっているから、目前の死に対して深い感情が湧いてこなかったと、そういうことなのか?
実際、ありえるのか?
考える。少しの間一緒に過ごしていたが、特におかしいことなんてなかったと思う。俺らしく生きていたはずだ。
だけど……不安が胸を駆け巡る。
もしかしたら、何らかの形で変化しているのではなかろうか。七機に関わりで、日常がおかしくなっているのではなかろうか。
ダメだ。余計なことを考え出す。
「お兄ちゃん!!」
「悪い」
垂れ流しになっていた思考にストップがかけられる。
ドクドクと早い鼓動を刻む心臓。震える手。喉がカラカラに乾いていた。
冷蔵庫からペットボトルを取り出して一気にあおる。喉を通り、胃へと送られる水分が鮮明に感じられて背筋が震えた。
膝立ちになり、肩を抑える。
自分が自分で無くなるような不安感が心を支配する。
「お兄ちゃん」
背中に温かさが生まれた。
抱きしめられていることで、小さな安らぎを抱ける。
肩から回された小さな手に触れるだけで、気分が紐解いていくように落ち着く。
「ゴメンね」
「なんで謝るんだよ」
「僕が居るから、苦しいんだよね」
「七機が居なかったら、こんなに悩んでなかったな」
乾いた笑いを零した。
そうだ。七機が居ないのならば、俺の日常なんて変化のない。退屈なものだった。
日々仕事に終われ、彩乃からは催促を受けるだけの毎日。本を読み、アニメを見て、ゲームをするだけが楽しみで、それ以上を求めることなんてしなかっただろう。
でも、今は違う。
守りたい願い。守ろうとしてくれる人がそばに居るのだ。それも、失われたはずの妹の記憶を持って……奈々では無い。でも、奈々と居た時と同じ安らぎをくれる。
「落ち着いた。ありがとう」
「どういたしまして」
「さて、ちょっとだけ書いてから寝るか」
「書けるの?」
「分からん」
笑えた。笑えたことが救いだった。
パソコンの前に戻れば、言葉が頭の中から溢れそうになっていた。
キーボードを何度も押す。カタカタと文字がどんどん入力されていく。
さっきまで書けなかったのが嘘のように、キャラが動き、世界が回り、物語が紡がれていく。
時間を忘れ、没頭した。
書きたい。書きたい。書きたい。
執筆欲求が、全力で行動を後押しする。
そして……
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