事件

「じゃあ、帰ろっか」


満足した表情の七機に促される。

すでに帰路に向けて歩き出す背中を見つめながら、考えてしまう。


一人だけで良かったのかと……


他にも抱えているのではないかと思ってしまうが、ほれは七機にしか分からないこと。口にしないのであれば、それまでだ。


「本当は、僕だってもっとやりたいよ?」

「心を読むな」

「流れてくるんだよ」


澄まし顔を向けてくるのでため息で返しておく。どうやらまだまだレベルが足りないようだ。


「えっとさ。僕がどうして一人しかやらないのか、どうしてこんなことをしたのか。聞きたい?」

「聞けるならな」

「分かった。まずは、どうしてこんなことをしたのかだけど……それは、あの人を観測者から外すためだよ。か細い繋がりがあるから、もしかしたら別のコッペリアンと契約してしまうかもしれないんだ」

「可能性をゼロにしたってことか?」

「そういうこと」


理屈は分からないが、七機とどこかで繋がっていると認識していればいいのだろう。

それ以上の深入りは面倒そうだ。


「一人しかやれないことの理由はね。結論から言えば、僕の体が維持出来なくなるからだよ。一人分の魂を成仏させて空いたスペースを馴染ませるのに一日かかるんだ」

「…………はっ?」


それって、大丈夫なのか?

全員を成仏させたら七機が居なくなるとかないよな?

戦えなくなるのは別にいいんだが、消えていなくなると……寂しいよな。


「にゃはは。大丈夫だよ。僕の核はお兄ちゃんが持っているし、奈々が居るから消えることもないんだよ。それに……魂は消えても記憶は残ってる。弱体化はしないよ」

「そうかよ」


ホッとしている自分が居た。それが、どこまで真実なのかは分からないけれど、俺のミス以外では消えないことだけは信じたい。

そんなに時間は経っていないはずなのに、七機が近くに居ることに安らぎを感じていた。一緒に生きていく時間を大切にしたい。


これが、愛なのだろうか?


「にゃはは。お兄ちゃんの愛。温かいよ」

「そうかよ」


素っ気ない返事しか出来ない。

夕日のせいで、きっと赤くなっている頬を隠すように空を見上げる。

小っ恥ずかしい。


「うわぁぁぁ」

「誰か、誰かぁぁぁ!」


「なんだ!?」


どこからか聞こえる叫び声。

慌てて周囲を見回すが……


「誰も、反応してない?」


平然と歩く人たち。足すら止めようとしない。あれだけ大きな声だ。耳に届いていないなどありえないだろう。

なのに、なぜだ?


「お兄ちゃん。こっち」


先導する七機。

その姿は、もちろん誰にも見えていない。今の声は、それと同じなのだろうか?

七機を追いかけながら、思考を回す。

何かが起こっている。誰にも気づかれない間に、それを知覚出来るからこそ、観測者なのだろう。


見ることしか出来ないのに巻き込まれるなんてことになれば大惨事だ。

それらから守るために、繋がりを切っていこうとしているのだろう。


本気で七機に付き合わないといけない理由が出来たな。


「あそこ」

「公園?」


夕方の公園。

子供たちが、親に連れられて帰宅して行くのを横目に見ながら、時折耳に届く叫び声の方へと歩を進める。

だんだんとか細くなっていく叫びに、手遅れ感が強くなる。


「たす、た、す……」


燃えていた。

全身を火炎が包んでいた。その火は、水を浴びても 土に塗れても消えることがないようで、熱さに悶え苦しんだ後が至る所にあった。

炭化した手を必死に伸ばして助けを求めているのに、誰一人としてその行動に気づいてはいない。平然と隣を通り過ぎていく。


異様な光景だった。

焦げた臭いすらしない。ただ、燃えていると言う現象だけがそこにあり、捲れた土やぶつかったであろう木が、ゆっくりと元の姿に戻っていく。

荒らされると同時に戻る景色。


「なんだ、これ?」

「僕たち側じゃないね。世界に対して干渉出来る力なんて……」

「もしかして、これが敵……なのか?」

「そうだと思う。僕たちは、これだけの力を持った敵と戦わないといけないんだ」

「えぇ」


視界の中で、青年であっただろう二人が消えていく。

炭化した部分が風に吹かれ、さらさらと灰へと変貌していくのだ。

意識があるようで、必死に言葉にならない叫びを上げているが、助けることは出来ない。周囲から隔絶されている時点で、もはや手の打ちようがないのだ。


「お兄ちゃん。帰ろう」

「いいのか?」

「今の不安定な僕じゃあ太刀打ち出来ないもの」

「そうか……」


口惜しい気持ちはある。

目前で人が死に向かっている。それも、残酷な手法を持ってだ。

許されるような行為ではない。どんな理由があろうとも、何かを殺すなんて行為が正当化されるべきでは無い。


「柄じゃ、無いけどな」

「そうかな?」

「そうだよ。世界には、死が溢れてるんだからな」


背中を向ける。

死は常に付き纏う。こうしている間にも、死神の鎌が心臓を狙っているのかもしれない。


だから、精一杯生きねばならないのだろう。

やりたいことを頑張ろうとするのだろう。


「物語の続きを書くか」


現実味の無い世界から目を逸らす。

何故か今なら、書けそうな気がするのだ。

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