早出

「眠い」


大きく欠伸をしながら、荷物を運ぶ。

昨日変な出来事に巻き込まれたからと言ってシフトが変わる訳でもない。

朝五時にセットしたタイマーに叩き起され、のそのそとした動きで着替えて下に向かう。


真っ暗な厨房に明かりを灯し、大釜に火を入れて水を流す。水が溜まるその間に諸々の細かい作業をしておく。

朝はやることが多い。


うどん中心の店で、麺を自分たちで作るために粉と水を機械にぶち込んでうどんの種を作る。二十五キロの袋を持ち上げて十五キロを計らないといけないのでわりかし面倒くさい。まとめて突っ込みたいが容量が十五キロで精一杯の攪拌機なので諦めている。

スイッチを入れてしばらく放置。混ざった頃にまた見に来る。

二回分必要なので手早くやらないと間に合わない。


大釜に入れた水を沸かして出汁を取る。鰹節とは違うので数時間かけて取らないといけない。なので必要材料突っ込んだら火を調節して放置。時折灰汁を掬えば問題ない。


別の大釜で白菜とほうれん草をゆがく。必要な硬さになったら氷水で締める。量があるので結構大変。白菜丸ごと三個一辺にゆがくのだ。失敗すれば全滅するので注意も必要。


炊き物、胡麻豆腐、だし巻き玉子、わらび餅と仕込みを片付け、勝手に届いている野菜が伝票と間違っていないかを確認して整理する。


そうこうしているうちに先輩や上司がやってくるので挨拶しながら必要な作業を続けていく。


(結構大変なんだね)

(そりゃな)


頭の中で声が聞こえるので思考で返事をする。

七機は近くに居ないけれど、どこかで見ているのだろう。あるいは、俺自身が忙しすぎて見ている余裕が無いだけか。


それにしても、思考で会話出来るようになって良かった。誰も居ないのに口に出していたら危ない人である。


(いつの間にこんな便利機能アップデートしたんだか)

(寝てる時じゃないかな? 一緒に寝たからレベルアップしたのかも)

(また愛かよ)


一緒に寝たなんて語弊がある。

朝が早いからベッドで寝てたら勝手に潜り込んでいただけの話である。

俺が寝る前は電気消していたにも関わらず書いてた小説読んでたくせに。


「七〜あれ、どこある?」

「今持っていきます!」


七機に付き合っている時間は無いな。昼の営業開始まで時間が無いので急ぐことにしよう。走れ走れ。


(「あれ」ですぐに察せるのも大概だと思うよ)


うっせえと悪態付いてからリフトを下ろし階段を降りて地下へ。

地下冷蔵庫に放り投げてあるはずだから早くしないと。


「おはようございます」

「ああ。彩乃か。おはよう」


なんだか、長く会って居ない気もする彩乃がにこやかに挨拶してくる。

いつもよりも早い時間なのにどうしたろうか?


「早くない?」

「早出なので」

「そうかぁ頑張れよ」


ホールの早出は厨房の早出よりも遅い。やる事の違いだろう。別段ズルいとも思わない。なにせ、ホールの本番は接客にある。それまでの準備は前日に大抵終わらせているので遅くても問題は無いのだ。


接客なんて、面倒なので嬉々としてやれる人たちには尊敬の念を抱く。口には出さないけどな。


「先輩」

「なんだよ」


「その子。誰です?」


「…………じゃあな」

「ちょっと、先輩!!」


指さした場所を一瞥してから即座に駆け出す。

冷蔵庫内にある頼まれた物をリフトに放り込んだ。二階のボタンを押し、上がっていくリフトと競走するように階段を駆け上がる。


途中ですれ違う彩乃が何か言いたそうにしていたが、今は無視してくれた。

まともに話そうにも時間が無さすぎる。お互いに早出ならば仕事終わりに時間を作ろう。

昨日みたいに夜遅くなることも無い。


(どうして遅くなることないの?)

(休憩無しの代わりに早くあがれるんだよ。早ければ五時。遅くても七時くらいにはあがれる。今日は比較的暇だし早いだろう)


最近予約が少ない。

季節的には春なのでそろそろ歓送迎会などで増えてくるはずなのだが、予約表に書いてある文字が微妙に少ない。

わりと老舗の方なので固定客も多い。それなのに、少ないという事は不景気の波に揉まれているからなのだろう。


「なるようにしかならんかな」


独り呟いて次の仕事へシフトする。やることはまだまだ沢山だ。




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