帰還

「お兄ちゃん。お兄ちゃん」


聞こえる声が懐かしく感じる。

俺は、奈々の隣で寝てしまったのだろうか?

せっかくお見舞いに来たのに、寝てしまったら駄目だろう。とは言え、徹夜して書いてきたのだから仕方もないはず。

ゆらゆらと揺らされて、揺りかごに居るみたいだ。早く目を開かないと、なんて思うけど徹夜続きで瞼が重い。

でも、奈々が読み終わったと言うのであれば、次の物語を詰めないと……


「お兄ちゃん!!」

「うわっ!」


耳元で叫ばれて夢気分が吹き飛んだ。

キョロキョロと辺りを見回すが、どうも病院では無い様子。ベッドがあるどころか、座ってすらいない。立ったまま寝てたのか?

そもそもここは……あれ?


「元の、場所……そうだ、時間!!」


一瞬だけ頭が停止していたが、即座に動き出して携帯を取り出した。そこに表示された時間に目が点になる。


「進んで、無い? 」


彩乃と別れてからそんなに時間が経っていない。かなり長い間ガルムと戦っていたはずなのに、だ。

ゲームや漫画なら、時間がズレている空間とかなのだろうが、現実としてありえるのだろうか?


「どういうことだよ」

「ちゃんと説明するよ。だから、ゆっくり座れる場所で話そう?」

「ゆっくり座れる場所、か」


肩に手を置いていたのでジャンプして耳元で叫んでいたようだ。

俺が覚醒したのを理解したのか、少し距離を取りながら提案してくる。

しかし、ゆっくりと座れる場所となると、ファーストフード店やファミレスなどだろうか?

そのどれも、七機を伴うのであれば厳しい。最悪通報されかねない。見た目小学生でボロボロの服……服!?


「なぁ確か、さっきまで服が無くなってなかったか?」

「それも含めて説明するんだよ。お兄ちゃんの部屋でいいよね?」

「寮だし、女性を連れ込んだら罰則あるんだけど」

「僕のことを女性って見てくれるの!!」

「いや、七機は少女だろうな。つうか、小学生を連れ込んだら社会的にアウトだろ」


バレたら確実に仕事がクビになるな。その上手錠までかけられかねない。

ガルムを倒す時は腹を括ったが、それが終わった今。覚悟なんて全くない。


「僕のことは気にしないでいいよ?」

「なんでだよ」

「僕は、観測者かその力を持つ者にしか見えないし、触れられないもの」

「本当かよ」


にわかに信じられない。

目の前で話して触れられる存在が実は他の人に見えていないなんて思えないのだ。

そうであるならば、俺は実体のある幽霊と一緒に居るようなものではないか。


「んーまぁそうとも言えるね」

「心を読むなよ」

「読んでるんじゃないよ。流れてくるんだから仕方ないって。制御出来るようになろうね」

「制御、ねぇ」


七機の心が流れて来ないのは制御出来ているからなのだろう。思考の制御でどうやればいいのかまるで分からないから七機の方でストップしてくれると嬉しいんだけどな。


「それは無理だよ。僕だって好きで聞いてる訳じゃないもの」

「そうかい」


努力が必要ってことなんだろう。追々なんとかするとして、今は帰宅をどうするかだな。

本当に見えないのか分からないから、下手なこと出来ない。

七機の言葉を鵜呑みにして逮捕されましたじゃ正直辛すぎる。


「もう。それなら、実験しようよ」

「実験?」

「歩いている人に話しかけたり触れたりするから、反応を見るの。それなら、分かりやすいでしょ?」

「まぁ、確かにな」


ガルムみたいな非日常を準備してのドッキリ大作戦なんて現実的にありえないし、偶然会った人に仕込みなんて出来やしないだろう。

一人二人なら酔っ払いだからと判断することも可能だが、数十人単位になれば見えていない。触れられないと判断してもいい。


「んじゃやってみてくれ」

「はーい」


軽い返事と共に実験が開始された。



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