終演

「囮ってどういうこと!」


上目遣いに睨みつけ、今にも殴りかからん勢いで問いかけてくる。

確かにそれは頭の中に浮かんだことだ。しかし、それを実行すると口に出した覚えはない。視覚情報の共有はあると聞いていたが、思考のトレースなんて情報はなかったはずだ。


「お兄ちゃん!!」

「説明するから落ち着けって」

「もう」

「だけど、その前になんで分かったんだ?」

「レベルが上がったのが原因だよ。お陰で、断片的に思考が読めるんだ」


レベル?

RPGじゃあるまいし普通の人間ではそんなものは上がらないはずだ。

もしもレベルが可視化出来る状況であれば格差が広がるけれど、やれることが分かりやすくなる。ゲームみたいに分かりやすければ生き方も大分変わっていたことだろう。

無い才能を無理やり絞り出すような日々にはなっていなかったはずだ。


「それで。囮の説明は?」

「ああ。そうだな。早くしないとヤバいしな」


ちらりと視界にガルムを入れる。

立ち上がろうとしているのが分かる。急がなければ襲われてしまうだろう。要点だけを告げるべきか。


「七機一人じゃ無理そうだから。俺が攻撃を引き付けようと思ってな」

「必要ないよ。僕一人でも充分だよ。素材さえこの手にあれば、戦うことは容易に出来るもの」

「その素材が危険だったから押されてたんだろ? それに、前方に力を集めている状況では厳しすぎる。核を見つけるより先に俺たちが押されるぞ」


実際、七機の攻撃はガルムに届いていなかった。むしろ、武器を破壊されすぎて敗北必須の状況だった。それをただ手をこまねいて見ているなんて出来やしない。それならば、目以外での方法で勝利に貢献する必要があるはずだ。

武術の心得なんてなく。漫画やアニメの知識しかない俺で役に立てることなんて盾構えての囮くらいだろう。下手に武器持っても持て余すのは目に見えている。


「確かに、そうかもしれないけど……」

「それに、俺はさっさと終わらせて寝たい。明日も仕事なのにこれ以上は辛い」

「ううっ」


ここにどのくらい居るのか分からないが、相当な時間過ぎている可能性がある。

戻ったら空が明るい。なんてことになれば絶望しかないだろう。仕事中に寝る可能性すらある。


「だから、さっさと終わらせるために俺のことも使ってくれよ」

「最悪。死ぬかもしれないよ?」

「七機が居るのにか?」


カラカラと笑いながら口にすれば、目を丸くして俺を見つめている。


「僕を、信じるの?」

「今信じられるのはお前だけだよ」


驚いたまま固まってしまったので、少し考えてからポンッと頭に手を置く。

顔を見せたくないのか下を向いてしまった。

モジモジとしながらブツブツと言葉にならない声を呟いている。


「分かった。お兄ちゃんに盾を託すよ。それで、終わらせる!」

「おう」


近くにある木製の引き戸をひっぺ返す。それを手のひらに乗せれば、視界確保してある巨大な盾が生み出される。

手に持ってみれば、見た目は金属を思わせ色をしているのに質感は違い非常に軽く。片手でも容易に振り回せる。叩いてみればかなりの強度があるように感じられた。ガルムの攻撃をどのくらい弾けるのか分からないが、これならば何もない俺でもなんとか出来るだろう。


「ほら、立ったよ。早く早く」


どことなく嬉しそうに背中を押してくる。

自らの武器は準備しているのだろう。なら、俺は俺でやることをやるだけだ。

場所さえ分かればすぐに終わりそうだしな。


「こい!」


タッタッと駆け足で移動し、盾を構えて右目だけを開く。

目前に立つと如何に巨大であるかがよく分かる。盾の外側からでも爪で切り裂いてくるのではと背筋に寒気が通り抜けた。

それでも、視線は外さない。

二秒先の結末を見ながら、攻撃を捌いていく。


「ぐっ」


前足が盾を弾く。その勢いに腕が痺れそうになった。

踏ん張っていたつもりでも、体が泳いでしまう。盾が壊れなかったことが不思議でならないほどの一撃に命の危機を感じて心臓が早鐘のように高鳴っている。

ブワッと出てくる汗を拭いながら、必死に両手で盾を構えてガルムの様子を伺う。


そんな俺の後ろで、七機は奮戦していた。

俺の方へと盾を回避して放たれる攻撃を切り裂いてい防いでいるのだ。

恐らく。防御を一切考慮しないことで攻撃力を増やしているのだ。ちらりと見える刀は、向こうが見えるほどに薄く鋭利である。

前にテレビでやっていた刀の物語ではないが、完璧に振らなければ容易く砕けるであろう刀を片手に一本ずつ持ち、ガルムに傷を付けていく。

視界内では、核らしきものを捉えることもある。だが、それを砕くまでにはいかない。見えるタイミングが悪すぎて攻撃に転換する前に移動してしまうのだ。


二秒でも足りない。だが、レベルアップの方法は分からない。

防ぐので手一杯だ。ガルムなんて、生き物で無いからか自分の傷を省みることなく攻めてくる。


「くそっ」


軽いはずの盾が重みを増しているように思える。

攻撃を耐えるのが辛くなってきた。これ以上は難しい。


「七機……」

「大丈夫だよ。お兄ちゃん」


限界を迎え、盾ごと後ろに弾かれた瞬間。一陣の風が吹き抜けた。視界内にはガルムがいる。能力は発動したままになっている。

その視界の中で、切り裂かれた胸元に手のひらサイズのクリスタルが見えた。


「あれが……」


口にした瞬間、空が見えた。

背中から地面に倒れ、盾が無くなっている。慌てて立ち上がると、ガルムの存在なんてどこにも無い。

代わりにあるのは笑顔の七機だけだ。

ブイサインを向ける七機に、ようやく終わりを迎えたのだと分かる。


「よかった……」


ガルムとの戦いは、勝利によって幕を閉じたのであった。


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