日常
「はあ、やっと……終わった」
自室のベッドに腰掛けて、ホッと一息ついた。
六畳ほどの部屋を見回し、変化が無いことを確認する。
段ボールに詰められた本の山と冷蔵庫。ベッドの周りには別の本の山があり、それに押されるような形で置かれたテーブルの上にはテレビとゲームがセットされていた。無造作に投げられた中古のノートパソコンは充電器が繋がれたまま放置されている。
いつも通りの風景。窓を開ければ隣のビルがあるだけの寂しい景観。
ここはコンクリートジャングルの一角。国の中心地といわれる場所。そのど真ん中にあるビジネス街に俺は住んでいた。
「ああ。そうだ。スマホスマホ」
疲れてあまり動かない頭を横に振り、SNSの確認をする。
確認するのは、
遅くなりそうだからと話したのだが帰っただろうか……?
『地下で待ちます』
SNSツールの吹き出しに書かれた言葉を眺め、
調理関係の仕事をしているため、白が基本になっている。別にお客に見せるわけではないのだが、この店の方針になっているので背くわけにはいかない。
ハンガーにかけたが、指定された場所に置いておけば毎週決まった日にクリーニングが回収して綺麗な白衣が常備されているので自分たちで洗う必要が無い。
些事に気を回さなくて済むので楽ではある。お金も相当かかっているのだろうが、必要経費で計上されるのだろう。
毎日朝から夜遅くまで働くことに若干の疲れを感じてはいる。これで充実感でもあればもっといいのだろうが、そんなものはない。成り行きで選んだ仕事であるせいか、やる気があまり出てこないのだ。やる気は無くとも仕事はある。人手も足りないのでやれることは何でもしないといけない。
面倒ではあるけど、早く仕事を終わらせるためにはやるしかないのだ。
本当に、面倒だけどな。
書かれた時間は三十分前。現時刻は二十三時。待ち合わせしている場所は外よりは安全な場所ではあるが、長い間放置していい場所ではない。
素早く着替え、財布。スマホと普段使いのカバンに放り込み、部屋を出る。
ベッドに横になって休みたい気持ちが無いでもないが、人を待たせているのだ。急ごう。
エレベーターを使い、地下へと移動。到着してエレベーターの外に出れば地下は真っ暗だ。
そんな中、少し先にある女性が着替える場所だけ電気が点いていた。
やっぱり居るのだろう。話し声なんかは聞こえないので、ホールのスタッフがたむろしているわけではないはずだ。
電気を点けてその場所まで足音を立てながら行くが、ひょっこり顔を出す様子はない。
また、か。
ため息混じりにその場所を覗けば、一人の女性がジーっと本を読んでいた。
細身の女性だ。肩までの髪を時折手で弄りながら、猫背がちの姿勢を保ち真剣な眼差しでページを捲っている。
ホールスタッフである彼女は、すでに私服に着替えている。動きやすいカジュアルな服装は、基本的な彼女のスタイルである。
「お疲れ様」
「あっお疲れ様!」
声には反応したようで、パアッと明るい笑顔で反応が返ってくる。
ホールに勤める二年後輩の
ショートカットの髪を揺らし、ひまわりのような笑顔を向けてくる。仕事終わりなのに元気である。
「遅くなりそうだって言ったよな?」
「聞いたよ。うん。だから、こうして新刊読んでたの。話さないといけないこと。あるもんね」
「別に、話さなくてもいいんだけどな」
逃げたい気持ちでいっぱいになる。
話の内容が分かるからこそ、早くベッドで横になりたい気分になるのだ。
現実逃避である。だが、しないと精神が崩壊しかねない。
なんともない平凡な日常は大事だ。日々忙しさで目が回りそうになったり、唐突に暇になったり、ふとしたことで怒られたり……面倒事の絶えない日常。そんな平凡な日常だが、ふとした時に嫌気がさしてしまう。だからと言って刺激的な生活に憧れるかと言われるとそうでもない。
目標が特に無いので、のんびりと日々をすごしたいのだ。
灰色の日常と言えばいいのだろうな。
色々な所に怒られそうだけど……正直、面倒事ばかりでうんざりだ。
「そんな嫌そうな顔して……」
「実際嫌だしな」
「やり始めたんだから頑張ろう。ね?」
「後輩のやりたいように」
ひらひらと手を振って先に地下から上がる。バタバタと慌ただしく支度をしている音と「待ってよ~」と嘆く声が聞こえた気がするけれど完全に無視。
これが日常である。
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