話し合い

食事をするために入ったのはそこいらにあるハンバーガーチェーン店の一つである。

俺は期間限定のバーガーを三つとポテト。彩乃はシェイクだけの購入でイートインスペースに移動する。


「こんな時間なのによく食べるね」


呆れ顔の彩乃を眺めながら一個ペロリと平らげる。

当たりではないが食べられないレベルではない。次は頼まないだろうと考えながらゴミを丸めた。


「そりゃこんな時間しか食えないからな。彩乃こそ、それで足りるのか?」

「こんな時間に食べたら太っちゃうし」


頬を膨らませながらチューチューとシェイクを飲んでいる。この時間に甘いものも危険なのではと思うが、ガッツリ食べる俺と違ってそれだけなのでいいのだろう。

下手に口出しすると地雷を踏みかねないので二個目を食べ始める。


「先輩は、太るとか気にしないの?」

「明日も走り回るからな。その分で、相殺されると期待してる」

「期待って、出来ないかもしれないよ?」

「その時は腹に肉がつくだけだな」


今お腹空いているのだ。無理に我慢して動けなくなるよりは、ちゃんと食べて動けた方がマシと言うだけの話である。

動けなくなって困るのは俺ではないのだから。


「そこまで割り切れないなぁ」

「俺としては、もう少し肉ついても良さそうに思うけどな」

「誘惑止めてぇ」


そっとポテトを差し出すが、目をバッテンにして首を振る。

気にするような体型ではないと思うが、服を脱いだら違うのかもしれない。

着痩せする人も居るみたいだしな。

バーガーを全部胃袋に入れて、水を飲んで一息ついた。

さて、そろそろ本題に入らないといけないかな?

入りたくはないのだけれど……


「うう。ポテト、一個……くらい……うう」


彩乃は未だに苦悩していた。

ストローから口を離さないが、手を伸ばして戻して繰り返していた。

試しに全部手元に寄せると、絶望的な表情を浮かべ、元の位置に戻せば苦悶の表情を浮かべる。

彩乃の手元まで動かせば、首を横に振るので、どうしたらいいのか分からない。


全部食べたら食べたで悲しそうな顔をするのが分かるので食べるに食べられない。


ポテトが冷えていくのを、ただ見ていることしか出来なかった。


「よし、食べる。一本。一本だけ!!」


誘惑に負けた彩乃はポテトを一本抜き、ストローを離して、口を開けるとゆっくり放り込んでいく。

モグモグと至福の表情で咀嚼する姿を眺めながらこの時間がずっと続けばいいなと俺もポテトを食べていく。


「さて、本題です!!」

「げほっごほっ」

「むぅなんで噎せるの?」

「そりゃいきなりすぎるからだよ」


水でポテトを流し込み、はぁと息を吐いた。


「数秒前の至福姿はどうしたよ?」

「それはそれ。これはこれ。そもそも、その話をするためにここに居るんだよ?」

「まあ、な」


ご飯を食べるだけではなく。話し合いのためにここにいるので、こうなるのも仕方がないのだが、もう少し余韻に浸っていたかったのも素直な感想である。


「さて、率直に聞くけど……どこまで書けてる?」

「全く。だな」


率直に聞かれたので、そのまま返した。結果として頭を抱える彩乃が爆誕したけれど、いつものことなので素知らぬ顔をする。


「もう、先輩は……自覚あるの?」

「なんの自覚だよ」

「サークルの中心って自覚」

「んなのはない。そもそも、始めたのはそっちの二人で、俺はそれに巻き込まれただけだ」


俺と彩乃ともう一人でやっている同人誌のサークルの話である。

俺は小説。彩乃はイラスト。そしてもう一人は漫画を掲載している健全な同人誌である。十八才以下も受け入れるタイプで、過激な描写は控えめである。

趣味の寄せ集めのような同人誌のため、あまり人気はない。自己満足を束ねているだけだ。

それも、もうすぐ一年になる。

わーわー言いながらもちゃんと本を完成させて即売会に出ているので、なんとかサークルの体を保っている。


「そもそも、俺は原作だけの話だったのに、いつの間にか書かされてるんだからな?」

「でもでも、そっちの方が楽しいでしょ?」

「苦労も増えたけどな」

「ミライちゃんも楽しいって思ってるよ。絶対!」

「ミライちゃんも、ねぇ」


息を吐く。

ペンネームをミライと言う彩乃と同い年の女性こそが、そもそもの中心であったはずなのに、俺を中心に置かれても困るのである。

一年間。色々な付き合いをしたが、ほとんどが謎のベールで包まれ、名前だってペンネームしかしらない。

俺も彩乃も寮住まいのため、作業はもっぱらミライの借りている部屋でやるのだが、それでもほとんど情報は入ってこない。

まぁ、趣味嗜好だけは大量に情報がばらまかれているのだけどな。個人情報の秘匿は頑張っているようだ。


「プロットは渡してるから、そっちで進めててくれよ」

「先輩は、プロットから逸脱したストーリーを平然と書くから要注意なの」

「うぐっ」


痛いところを突かれて胸を押さえる。

筆が乗れば、一気に突っ走ってしまいプロット以外のことも書いたりすることが多いので否定が出来ない。


さらりと流すだけのつもりが、気がついたら一冊分になるなんてざらで、プロット分がまるで進行してなかったりする。

それでも、それでいいと年下の二人が喜んでくれるから書いていられるけれど、批判と非難の嵐だったならば心が折れているかもしれない。それほどまでに無茶な進行をしていたので、こうして面と向かって進捗を聞かれるのは、当然と言えば当然なのである。

予定している即売会まで、日がないことだしな。


「半分終わってるんだから、早く書いて漫画手伝ってね」

「はいはい。微力ながらサポートさせていただきます」


両手を上げて降参のポーズ。彩乃のイラストも提出分は終えているせいか余裕がありそうだ。

漫画素人ではあっても、一年も手伝えば少しくらい戦力になる……はずだ。絵は描かなくともやることは多いので書き終えたらサポートだ。

三人しか居ないサークルなのだから助け合い必須なのである。


「じゃあ、ちゃんと書いてね」

「分かったよ」


ここ数日はパソコンの前で唸るだけだったが、本腰を入れなくてはならなそうだ。

バーガー屋を後にし、夜の街を行く。

のんびりとした日々は終わりそうだな。

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