『初めての物販バイト-後編-』
「お疲れ様でした! 明日もよろしくお願いします!」
「よろしくお願いします。お先に失礼します」
午後9時過ぎ。
ニジイロキラリ1日目のコンサートが終了し、物販ブースの利用時間も終わった。なので、今日の物販バイトの仕事はこれにて終了した。
私と姫奈ちゃんはコンサート運営の部屋を出て、コンサート会場を後にする。
公演終了から少し時間が経っているので、会場から最寄り駅に向かうまでの道にいる人の数は落ち着いている。
「夜になったから涼しく感じられるのです」
「涼しいよね。それに、テントの中とはいえ、日中はずっと屋外でバイトしていたからね」
「ですね。テントで日陰になっていたおかげで何とかなったのです。あとは休憩中に、低田君から差し入れしてもらったレモン味の塩タブレットが良かったですね」
「美味しかったよね。汗も掻いていたから助かったよ」
熱中症対策として塩タブレットを差し入れてくれた悠真君に感謝だ。姫奈ちゃんと全部食べたから、明日は塩飴を持っていこう。確か、家にあったはず。
あと、塩タブレットがとても美味しかったから、今度行く旅行では持っていこうかな。旅行中に海水浴をするし。
「今日は午前中からずっとバイトだったけど、終わってみるとあっという間に感じたね」
「そうでしたね。お客さんがいっぱい来ていましたからあっという間だったのです」
「そうだね。公演中は人が少なくて、あまり接客しなかったけど、会場からニジイロキラリの歌が聞こえていたし」
「音だけでしたが、ニジイロキラリのコンサートを楽しめて良かったのです!」
公演中のときのことを思い出しているのか、姫奈ちゃんはニコニコ顔。可愛い。
公演中も、姫奈ちゃんは今のような楽しげな笑顔を見せていたっけ。接客することもそんなになかったから、姫奈ちゃんと一緒に歌を口ずさんだな。ああいう時間を過ごせたのもバイト代の一つだと思っている。
「物販バイトは初めてだったし、お金を取り扱うから緊張したな。普段、笑顔で落ち着いて接客している悠真君や胡桃ちゃん、千佳先輩が凄いと思ったよ。あとは悠真君のお姉様とお母様も」
「みなさん凄いのです。今朝、胡桃と低田君、千佳先輩がくれたアドバイスも的確でしたし」
「そうだね」
代金やお釣りの額は一円も間違えてはいけないし。分からないときや何かあったときは、運営側の方や経験豊富なバイトの方に助けてもらったし。テントの中は暑くて体力が奪われたけど、休憩中に適度に水分や塩分を取ったから体調を崩さずに済んだし。姫奈ちゃんの言う通り、3人からのもらったアドバイスは本当に的確だった。
姫奈ちゃんと話していたのもあって、気付けば最寄り駅が見えてきていた。
「結衣。あそこにアイスの自販機があるのです。買って食べませんか?」
姫奈ちゃんは指さしながらそう言う。指さす方向に視線を向けると……駅のすぐ手前にアイスの自販機がある。駅の方ばかり見ていたから気付かなかった。
「アイスいいね! 暑い中バイトしたし」
「今日のバイトを頑張った自分へのご褒美に買って食べましょうよ!」
「そうだね! あと、ご褒美っていい響きだね」
「ですねっ」
姫奈ちゃんと笑い合いながら、私達は駅近くのアイスの自販機の前まで向かう。
自販機ではいちごアイス、チョコアイス、ソフトクリーム、レモンシャーペット、チョコモナカなど様々な種類のアイスが販売されている。暑い中バイトしたし、お腹が空いているからどれも美味しそうに見える。迷っちゃうな。
「あたしはこれにするのです」
そう言って、姫奈ちゃんは自販機にお金を入れて、いちごアイスのボタンを押した。
「いちごアイスか。姫奈ちゃん、果実系のアイス好きだもんね」
「ええ。迷ったのですが、好きなアイスが一番いいかなと思いまして」
「なるほどね。私も迷っているけど、その考え方いいね。じゃあ、私はチョコアイスにしようかな」
「ふふっ、大好きですものね」
私は自販機でチョコアイスを購入する。
包装されている紙を剥がすと、冷気漂うチョコアイスのお出まし。凄く美味しそう。姫奈ちゃんの持っているいちごアイスも美味しそうだな。
「結衣。物販バイト1日目お疲れ様なのです!」
「お疲れ様、姫奈ちゃん!」
お互いに労って、私達は持っているアイスを相手のアイスにほんのちょっとだけ当てた。
私はチョコアイスを一口食べる。
口の中に入れた瞬間、チョコやミルクの甘味が口の中に広がっていって。チョコの苦味も感じられるからさっぱりとした感じがして。飲み込んで、アイスの冷たさが全身へと広がっていく感覚がとても心地いい。
「チョコアイスすっごく美味しい!」
「いちごアイスも美味しいのです! 一日ずっとバイトした後ですし、バイト代ももらった後ですから本当に美味しいのです」
「自分で稼いだお金で買ったと思うと、より美味しく思えてきたよ」
そう言いながら、私はチョコアイスをもう一口。暑い中働いて稼いだお金で買ったから、今までで一番美味しいチョコアイスかもしれない。
姫奈ちゃんは凄くいい笑顔でいちごアイスを食べている。可愛いなぁ。お客さんから握手してくださいって何度もお願いされたのも納得だ。
「結衣。いちごアイス一口いかがですか?」
「うん、もらうよ。じゃあ、私のチョコアイスも一口どうぞ」
「ありがとうございますっ。では、同時に食べさせ合いましょうか」
「ふふっ、そうしようか。はい、あ~ん」
「あ~ん」
私は姫奈ちゃんと同時にアイスを一口交換する。
チョコアイスを食べた後だから、いちごアイスはなかなか酸味を感じられて。ただ、口の中に残っていたチョコの風味とも合っていて、いちごチョコアイスを食べているような感覚になった。
「いちごアイスも美味しいね。ありがとう」
「いえいえ。チョコアイスも甘くて美味しいのです。あと、いちごアイスが口の中に残っていたので、いちごチョコアイスのような感じがしたのですよ」
「私もそれ思った。結構合うよね」
「ですね。まあ、いちごチョコとかありますからね」
「確かにそうだね」
ふふっ、と私達は楽しく笑い合う。
姫奈ちゃんとアイスを食べたことは数え切れないほどにある。だけど、一緒にバイトした後に食べるのは初めてだから凄く楽しい時間になった。
それから、電車に乗って私達の最寄り駅の武蔵金井駅まで向かう。
電車の中は涼しくて、姫奈ちゃんと隣同士で座ったシートが気持ちいいからウトウトしてしまう。眠りに落ちかけることも何度かあって。ただ、姫奈ちゃんと一緒だから、乗り過ごすことなく武蔵金井駅まで帰ってこられた。
「姫奈ちゃん。今日はお疲れ様。明日も一緒に頑張ろうね」
「頑張りましょう。では、また明日なのです」
「うん。また明日ね」
駅から少し歩いたところで姫奈ちゃんとお別れした。
家に帰って、私と姫奈ちゃん、悠真君、胡桃ちゃん、千佳先輩のグループトークにバイトが終わって、無事に帰ってこられたことを報告するメッセージを送る。姫奈ちゃんも同様のメッセージを。
私達が送ってすぐに、悠真君、胡桃ちゃん、千佳先輩が『お疲れ様』と返信してくれて。それだけで、今日のバイトの疲れがちょっと取れた気がした。
翌日も姫奈ちゃんと一緒に、ニジイロキラリのコンサートの物販バイトをした。昨日と同様に接客の担当だ。
一日やって仕事に慣れたのもあって、一日目よりも時間の進みがあっという間に感じられた。
また、バイトが終わった直後に、ニジイロキラリの所属事務所の人がやってきて、私と姫奈ちゃんに「ソロでもユニットでもアイドルをやってみないか」とスカウトしてきた。2日目も握手を求めてくるお客さんがいたし、そういったところを見てスカウトしたいと思ったのかもしれない。
ゴールデンウィークに一度だけ、ファッションブランドの新作の宣材モデルをやったことはある。だけど、芸能人になることには全然興味ない。だから、
「芸能人として生きていくのは考えられないですし、普通の女子高生としての生活を楽しんでいきたいです」
とすぐに断った。姫奈ちゃんも同じような理由で断っていた。また、私には悠真君っていう彼氏がいるので、
「心身共に相性抜群で、この先ずっと一緒にいたい愛おしい彼氏がいますので!」
とも言っておいた。もし、アイドルになるなら、悠真君だけのアイドルになるよ。
私にとても仲がいい彼氏がいるって分かったからかな。事務所の人が食い下がってくることはなかった。
姫奈ちゃんと一緒なのもあって、初めての物販バイトは結構楽しかった。接客業のバイトをしている悠真君や胡桃ちゃん達の凄さも実感できて。バイト代はとてもいいし、今後もコンサートやライブの物販バイトはやっていこうかな。そう思うことのできた2日間になったのであった。
『初めての物販バイト』 おわり
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます