『初めての物販バイト-前編-』
『初めての物販バイト』
7月27日、土曜日。
今日と明日、姫奈ちゃんと一緒に、7人組女性アイドルグループ・ニジイロキラリのコンサートの物販バイトをする。
期末試験の前に物販バイトの応募があり、ニジイロキラリが好きな姫奈ちゃんに誘われてバイトをすることにしたのだ。夏休み中は単発や短期のバイトをしようかなって考えていたし、趣味や夏休み中の悠真君とのデート代を稼げるから。
朝、バイトスタッフのミーティングの中で、姫奈ちゃんと私は接客を担当することが決まった。なので、私達はLIMEのグループトークで、接客のバイトをしている悠真君、胡桃ちゃん、千佳先輩に、
『接客は初めてなので、心がけや気をつけた方がいいことを教えてほしいです』
と質問した。きっと、3人だったらいいアドバイスをくれそうな気がしたから。すると、すぐに、
『何かあったり、分からないことがあったりしたら、周りの人に頼るようにしよう』
『お金周りのことは特に気をつけて。合計金額、お客様から受け取った金額、渡すお釣りは間違えないようにね』
『初めてで緊張すると思うけど、笑顔を大切にね。あと、熱中症対策もしっかりとしてね。物販ブースが外なら特に』
悠真君、胡桃ちゃん、千佳先輩はそんなアドバイスを送ってくれた。普段、接客のバイトをしているだけあって、実践的なアドバイスをくれる。
「どれも大切なことだね」
「ですね。これらのアドバイスを胸に一緒に頑張りましょう、結衣」
「うんっ! 頑張ろうね、姫奈ちゃん!」
「はいっ!」
姫奈ちゃんと一緒に接客を担当する。それに、午後には悠真君が私達の様子を見に来てくれる予定だ。だから、バイトを頑張れそうな気がする。
コンサート運営の方から、スタッフ用のTシャツが1枚支給された。お客さんからスタッフであることが分かるように、バイト中はこのTシャツを着るようにとのこと。バイトの制服と言えるだろう。ニジイロキラリというグループ名や、メンバーが7人であることから、全部で7色ある。私は黄色、姫奈ちゃんは赤を選んだ。
ちなみに、このTシャツはバイトが終わったらもらえるとのこと。そのことに姫奈ちゃんは喜んでいた。ニジイロキラリのロゴや『STAFF』の文字がプリントされたシンプルなデザインなので、家にずっといる日に着るのにはいいかもしれない。
女性スタッフ用の更衣室で、私と姫奈ちゃんはスタッフ用のTシャツを着る。こういう服を着ると、これからバイトするんだなと気持ちが引き締まる。
「結衣、似合っていますね」
「ありがとう。姫奈ちゃんも可愛いよ」
「どうもなのです。……初めての物販バイト記念に写真を撮っておきましょうか」
「そうだね」
姫奈ちゃんのスマホでツーショットの自撮り写真を撮り、LIMEで送ってもらった。
その後、私達バイトは物販スペースのテントに行き、コンサート運営の方から、接客時の諸注意や心がけを教えてもらった。
コンサート運営の方の計らいか、私と姫奈ちゃんは隣同士のカウンターを担当することに。
そして、午前10時。初めての物販バイトが始まった。
コンサートは午後5時からだけど、物販バイトはこの時間から。それにも関わらず、物販ブースの待機列には結構な人が並んでいて。物販ではこのコンサート限定のグッズをいっぱい販売しているから、早めに来て購入したいと思う人が多いのだと思う。
注文を受け、その商品を用意し、代金を受け取る。お釣りがある場合はお釣りを渡して。その繰り返し。
物販バイトは初めてだし、金銭のやり取りもするから緊張する。代金の計算やお釣りを渡す金額を間違えそうになった。テントの中は日陰だけどなかなか暑いし。普段、笑顔で落ち着いてバイトをしている悠真君、胡桃ちゃん、千佳先輩が凄いなって思った。
たまに、隣のカウンターを見ると、姫奈ちゃんは持ち前の可愛い笑顔で接客している。いつもの「なのです」口調じゃないのが新鮮だ。
また、接客していると何度か、
「あ、あの! 握手してもらっていいっすか!」
「凄く可愛いですね! 握手してもらいたいです!」
と、男性中心に握手を求められた。もちろん断った。その様子を見ていたグッズの在庫管理を担当する女性から、
「高嶺さん、とても可愛くて綺麗だから、ニジイロキラリと同じ事務所のタレントに思われているのかもね」
と言われた。姫奈ちゃんも「納得なのです」と女性の言葉に同意していた。
ちゃんと『STAFF』ってプリントされたTシャツも着ているのに。事務所の新人タレントがスタッフとして駆り出されたと思っているのかな。
その後も、バイトをする中で何度か握手を求められたけど、「バイトしている一般の高校生なので」と言って丁重に断った。
「あ、握手してください!」
「あ、あたしなのですかっ!」
と、姫奈ちゃんも握手を求められるときもあって。初めて握手を求められたときの姫奈ちゃんの驚きぶりには思わず笑ってしまった。
姫奈ちゃんはとても可愛い顔立ちをしているからなぁ。笑顔で接客しているから本当に可愛いし。もちろん、姫奈ちゃんも丁重に断っていた。
何度か姫奈ちゃんと一緒に休憩を挟んだり、お昼には運営側から支給されたお弁当を食べたりしながら、初めての物販バイトをしていく。
注文を受けたタイミングでその商品の在庫がなくなることはあったけど、特に大きなミスやトラブルはない。
気付けばお昼過ぎの時間になっていた。もうすぐ悠真君が来てくれる時間帯だ。だから、カウンターからお客さんがいないと、今まで以上に待機列を注視するように。
午後3時過ぎくらいだろうか。悠真君の姿が見えた。悠真君は背が高いし金髪だから結構目立つ。
できれば悠真君に接客したい。せめても、隣の姫奈ちゃんのカウンターに来てほしい。そう思いながら接客の仕事をしていく。やがて、
「ありがとうございましたー」
と言いながら、待機列の先頭を見ると……あぁ、次の次が悠真君か。悠真君に接客したかったけど、今は仕事中。私情は優先せずにきっちりと仕事をしよう。
「次の方、どうぞー」
と、待機列の方に向かって声を掛ける。
悠真君の一つ前に並んでいた女性が私の声に気付いて、こちらに向かって歩き始める。しかし、その瞬間、
「こちらもどうぞー」
と、どこかからか女性スタッフが声を掛けた。そのスタッフは私よりも近いところにいたのだと思う。歩き始めた女性は私とは別の方向に向かっていった。
これはチャンス! 今のうちに声を掛けよう!
「こちらにどうぞ!」
もう一度、待機列に向かって声を掛ける。さっきよりも元気良く。
悠真君は私の声に気付いたようで、嬉しそうな表情をして私の担当するカウンターに来てくれる。ちょっと早歩きにも見えて。笑顔も相まって可愛い。ニジイロキラリのメンバーよりも可愛いよ、私の彼氏。
「いらっしゃいませ!」
今は販売スタッフなので、元気良くそう言う。
悠真君はニコッと笑ってくれる。
「お疲れ様、結衣。……伊集院さんも」
隣のカウンターにいる姫奈ちゃんにも声を掛ける。姫奈ちゃんの方を見ると……ああ、姫奈ちゃんもちょうど接客が終わったんだ。
「ありがとう、悠真君」
「ありがとうなのです、低田君。……次の方、こちらにどうぞ!」
姫奈ちゃんは待機列に向かって元気良く声を掛けた。
「運良く結衣のところに来られたよ」
「私も運いいなって思ったよ」
運命だって感じちゃうくらいに。
「そっか。……どうだ、結衣。初めて接客のバイトをしてみて」
「最初は緊張したけど、段々慣れてきたよ。隣のカウンターに姫奈ちゃんもいるから心強いし。あと、これからコンサートに行く人が多いからかな。大半のお客さんは楽しそうな顔をしてる。だから、接客もしやすいかな」
「それは良かった」
安心したのか、悠真君の笑顔が柔らかなものに変わる。接客のバイトは初めてだし、それに加えてテントの中は日陰とはいえ屋外。私がバイトできているかどうか心配な気持ちがあったんだと思う。
「結衣。熱中症対策にレモン味の塩タブレットを渡すよ。休憩時間のときにでも伊集院さんと食べて」
「ありがとう、悠真君!」
悠真君は個別包装されている塩タブレットを数粒ほど渡してくれる。姫奈ちゃんの分もあるけど、これも立派なバイト代だよ。凄く嬉しい。元気出てきた。そう思いながら、スラックスのポケットに塩タブレットを入れた。
さてと、物販スタッフとして、悠真君にちゃんと接客しないとね!
「ところで、悠真君。何のグッズをお求めですか?」
「最新アルバムの初回限定盤を1つ。以上で」
「アルバムの初回限定盤お1つですね。少々お待ちください」
背後にあるCDがたくさん入っている段ボール箱から、最新アルバムの初回限定盤を取り出す。また、アルバムには特典のブロマイドが1枚付くので、それも忘れずに。
「こちらの商品ですね」
と、注文を受けたアルバムを悠真君に見せる。
「はい」
「4000円になります」
私がそう言うと、悠真君からお財布から5000円札を取り出し、それを私に渡す。
悠真君のお財布にいたという意味でこの5000円札がほしい。ポケットにしまいたい。だけど、今は接客中。レジに5000円札を入れて、お釣りの1000円札を取り出した。
「5000円お預かりしましたので、1000円のお返しになります」
「ありがとう」
悠真君にお釣りの1000円を渡す。お金のやり取りをしていると、スタッフとして悠真君に接客しているんだなってより実感する。今まで、悠真君のバイトする喫茶店で悠真君から何度も接客されていたけど、悠真君はこんな感覚だったのかなって思う。
「いい感じに接客できているね」
悠真君は優しい笑顔でそう言ってくれた。彼氏にバイトのことで褒められて嬉しい! ちょっと大人になった気分!
「ありがとう。あと、CDを1枚買うとランダムでブロマイド1枚プレゼントだよ。はいっ、どうぞ!」
「ありがとう」
悠真君に購入したアルバムと特典ブロマイドを渡す。
悠真君がこの物販会場まで来てくれて。悠真君に運良く接客できて。悠真君に接客について褒められて。それらのことで凄く嬉しい気持ちになって。だから、
「あとね……」
バイト中だけど、私は悠真君の左頬にキスした。悠真君の顔がちょっと汗ばんでいたから、少し舐めて。
「悠真君だけの特別な購入特典です。私と姫奈ちゃんの様子を見に来てくれたことのお礼でもあるよ」
悠真君の目を見ながらそう言った。
キスだけじゃなくて、頬をちょっと舐めたからかな。悠真君の笑顔はかなり赤みを帯びていた。
「そいつはどうも。でも、今は仕事中なんだから、こういうことはしないようにね」
「……どうもすみません」
悠真君に注意されちゃったけど、悠真君が笑顔だからヘコんだりすることは全然ない。
悠真君は私の頭をポンポンと優しく叩いてくれる。テントの中も暑いけど、悠真君の手から伝わる温もりは心地良かった。
「私もそのアルバムを買って聴いたけど、とてもいいアルバムだよ」
「そうなんだ。帰ったらさっそく聴くよ。……さてと。今も列で待っている人がいるし、俺はこれで帰るよ」
「うん、分かった。来てくれてありがとう。元気になったよ。あとで、姫奈ちゃんと塩タブレットいただくね」
「ああ。バイト頑張ってね、結衣、伊集院さん」
悠真君は私と姫奈ちゃんに小さく手を振って、物販ブースを後にする。
悠真君が来てくれ、接客できたことで元気が出てきた。体が軽くなった気がする。隣のカウンターにいる姫奈ちゃんと一緒に、物販終了の時間まで接客を頑張るのであった。
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