『にゃんにゃん福王寺先生』
『にゃんにゃん福王寺先生』
夏休みが始まってから数日ほどが経ったとある平日のこと。
俺は結衣、胡桃、伊集院さん、中野先輩と一緒に、自宅で夏休みの課題をしている。今日は5人ともバイトなどの予定がない。そのため、お昼過ぎから俺の家に集まって、課題を片付けようということになったのだ。
1年生4人は数学Ⅰと数学A、2年生の中野先輩は古典とコミュニケーション英語Ⅱの課題を取り組んでいる。胡桃と伊集院さんが数学科目に苦手意識があるので、時折来る2人の質問に俺と結衣、中野先輩が教えて協力しながら。
数学ⅠもAも1学期の授業内容の総復習プリント。なので、量が結構多い。数学科目を担当し、担任でもある福王寺先生の不適な笑顔が頭に浮かぶ。
基本的な内容がメインだけど、たまに難しい内容の応用問題もある。その中で分からない問題があったので、それについては結衣に教えてもらった。その際、結衣はとても嬉しそうに教えてくれるのが可愛らしい。
結衣は俺達1年生だけでなく、
「ねえ、高嶺ちゃん。英語なんだけど、この問題って分かったりする?」
「どれどれ……英訳の穴埋め問題ですか。問題文からして、たぶん慣用句の……」
と、2年生の中野先輩のコミュニケーション英語の質問にも答えていた。英語科目に学年の差はあまりないのかもしれないけど、上級生の分からないところを教えられる結衣は凄い。
また、分からないことを解決するために、年下の結衣に質問した中野先輩の姿勢は素晴らしいと思う。見倣いたい。
それにしても、みんな……頑張って課題に取り組んでいるな。8月に入ったらすぐに、伊豆へ1泊2日の旅行に行く予定があるからだろうか。楽しみなイベントがあるとやる気になりやすいし。
短い休憩を何度か挟みつつ、俺達は課題を進めていく。
そして、夕方頃。お手洗いで用を済ませ、俺の部屋に戻ろうとしたときだった。
「あら、モモちゃん。すぐに餌とお水を出すからね」
という母さんの声と、にゃ~んと猫の可愛らしい鳴き声が聞こえた。
モモちゃんとはうちに来てくれる茶トラと白のハチ割れのノラ猫だ。
ただ、最近は来ない日が多かった。つい最近まで梅雨で雨の降る日が続いていたから。今日は来てくれて一安心だ。
モモちゃんが来たし、結衣達に声をかけるか。みんなモモちゃんが好きだから。そう決めて部屋に戻り、
「みんな。モモちゃんが来たみたいです。会いに行きますか?」
と、結衣達に問いかけた。すると、
「行く行く!」
「あたしもモモちゃんに会いたいな」
「モモちゃん可愛いのですからね」
「課題をたくさんやったから、モモちゃんに癒やされたいな、悠真」
全員、会う気満々のようだ。
「分かりました。では、みんなでモモちゃんに会いに行きましょうか」
俺がそう言うと、結衣達はみんな笑顔で「はーい」と返事する。みんな可愛いな。
俺達は部屋を後にして、1階のリビングへ向かう。
リビングに行くと、庭側の窓が開いており、そこではモモちゃんがキャットフードを食べている。モモちゃんの頭を母さんが撫でていた。
俺達に気付いたようで、母さんは撫でるのを止めてこちらに振り向く。ただ、モモちゃんはキャットフードを食べ続けている。
「あら、みんな」
「モモちゃんの鳴き声と母さんの声が聞こえてさ。モモちゃんに会うかって訊いたら、みんな会いたいって言ったから」
「そうだったのね。前にモモちゃんと会ったことがあるそうだし、みんながここにいてもモモちゃんは大丈夫そうね」
「みんな触れたしな」
「ふふっ」
その後、俺達はモモちゃんの頭や背中を撫でていく。ただし、モモちゃんが食事中だから優しい手つきで。
「あぁ、モモちゃん可愛いっ」
「可愛いよね、結衣ちゃん。会えて良かった」
「夏毛ですが、モフモフ感があってとても触り心地がいいのです」
「気持ちいいよね、伊集院ちゃん。あぁ、癒やされるわ~」
モモちゃんに触って、結衣達はみんないい笑顔になっているな。うちに来てからはみんな課題に集中していたから、モモちゃんの可愛らしさや触り心地の良さに癒やされているのだろう。俺はそんな結衣達の姿にも癒やされているよ。
「ねえ、悠真君。もう5時近いし、杏樹先生も呼んでみる?」
「そうだな。福王寺先生はモモちゃんのファンだし」
以前、モモちゃんと会ったとき……福王寺先生は「仕事が早く終わった日とか休日にモモちゃんに会いに行きたい」と言っていたからな。今は夏休み中で午後5時近く。すぐに来られる確率は高そうだ。
俺は自分の部屋に戻り、LIMEで福王寺先生に『モモちゃんに会いに来ますか?』とメッセージを送る。すると、数秒もしないうちに既読マークが付き、
『すぐに行くよっ! 今日の仕事が終わったところだし!』
という返信が届いた。夏休みだから、仕事の内容によっては今くらいの時間に帰ることができるんだな。
リビングに戻って、結衣達に福王寺先生がこれから来ることを伝えた。
福王寺先生が来るまでモモちゃんにここにいてもらわないといけないけど……モモちゃんは今、胡桃の膝の上でくつろいでいる。胡桃達に撫でてもらうと「にゃ~ん」と可愛らしく鳴いていて。この様子なら、先生が来る前に帰ってしまう心配はなさそうだ。
「食事が終わるとすぐに胡桃ちゃんの膝の上に乗ったのよ。4人の中で胡桃ちゃんを一番気に入っているのかしら」
「そうかもな」
胡桃は温厚な性格だし、モモちゃんの撫で方も4人の中では一番優しそうだ。それもあって、モモちゃんは食事が終わったら胡桃の膝の上に乗ったのだと思う。
胡桃の膝には乗っているけど、結衣と伊集院さん、中野先輩にも普通に触らせているので、3人のことは嫌ってはいないようだ。
母さんも一緒に6人でモモちゃんとの戯れの時間を楽しんでいると、
――ピンポーン。
と、インターホンが鳴った。福王寺先生とメッセージをやり取りしてから10分くらいだから、鳴らしたのは先生の確率が高そうだ。
リビングの扉の近くにあるモニターのスイッチを押すと、画面には福王寺先生の顔が表示された。これからモモちゃんに会えるからかワクワク顔である。
「はい」
『福王寺です! さっそく来たよ、低変人様!』
「待っていました。すぐに行きますね。……先生でした。俺が行ってきます」
モニターのスイッチを切り、俺は玄関に向かう。
玄関の扉を開けると、そこにはジーンズパンツにノースリーブのブラウス姿の福王寺先生が。夏休みの時期だからか、1学期のときよりもカジュアルな雰囲気の服装で仕事に行っていたんだな。
「こんにちは、福王寺先生。お仕事お疲れ様です」
「ありがとう、低変人様! モモちゃんは今もいる?」
「ええ、いますよ。胡桃の膝の上でくつろいでいます」
「そうなのね!」
「さあ、上がってください」
「お邪魔しますっ」
俺は福王寺先生と一緒にモモちゃんと結衣達がいるリビングへ行く。
福王寺先生は結衣達に挨拶して、胡桃の膝の上にくつろいでいるモモちゃんの側まで向かう。
「あぁ、モモちゃぁん。また会えて嬉しいよぉ」
胡桃の近くでしゃがみ、普段よりも高くて甘い声でそう言うと、福王寺先生はモモちゃんの頭から背中にかけて優しく撫でていく。
福王寺先生の声や匂いに気付いたのだろうか。モモちゃんは胡桃の膝から降りて、福王寺先生の目の前まで近づき、先生の手に顔をスリスリしてくる。
「にゃ~んっ」
「ふふっ、手にスリスリしてくれるなんて。モモちゃん可愛い……」
とろけた笑顔でそう言う福王寺先生。そのまま正座をすると、モモちゃんが先生の膝の上に乗ってゴロンゴロンする。
「な~う」
「あぁ、私の上でゴロンゴロンしてくれるなんて。モモちゃん最高……!」
福王寺先生、モモちゃんにデレデレしているな。先生のことを結衣達は優しい笑顔で見ている。
胡桃の膝の上には乗ったけど、ゴロンゴロンすることはなかった。胡桃以上に福王寺先生のことが気に入っているのかもしれない。初めて会ったとき、福王寺先生はモモちゃんと鳴き声の応酬をしていた。それもあって、モモちゃんは先生を仲間のように思っているのかもしれない。
「にゃぁん」
「にゃぁん。……ふふっ。モモちゃんに触れ合って、鳴き真似をすると私も猫になった気分だわ」
「ふふっ。……あっ、悠真君。もっと猫の気分になれるように、先生にネコ耳カチューシャを付けてもらおうよ」
「春に胡桃と3人で猫カフェへ行ったときに買ったやつか」
「あのネコ耳カチューシャ可愛いよね。杏樹先生のネコ耳姿見てみたいですっ」
「あたしも興味あるのです!」
「あたしも興味ありますね」
「福王寺先生は可愛らしいですから、ネコ耳似合いそうですよね」
みんな、ネコ耳カチューシャを付けた福王寺先生がどんな感じか興味があるのか。
福王寺先生は綺麗だし、可愛らしい雰囲気も持ち合わせている。だから、ネコ耳カチューシャがよく似合うだろう。
「みんな、私のネコ耳カチューシャ姿を見たいですか。低変人様は?」
「俺も見てみたいですね。似合いそうですから」
「そっか。じゃあ、付けてみようかな」
「では、持ってきますね」
俺は自分の部屋にネコ耳カチューシャを取りに行く。自分や結衣、芹花姉さん以外に黄色いネコ耳カチューシャを付ける日が来るとはな。
ネコ耳カチューシャを持って、リビングに戻る。
「お待たせしました。俺の髪の色に合わせて黄色いカチューシャですが」
「かまわないよ。耳の部分に毛が付いていて可愛い雰囲気ね」
俺からネコ耳カチューシャを受け取ると、福王寺先生はさっそく頭に付ける。その瞬間、結衣達女性陣から「おおっ」と可愛らしい声が上がる。
「杏樹先生可愛いですね!」
「似合っていますよ、杏樹先生!」
「先生可愛らしいのですっ!」
「可愛いじゃないですか、杏樹先生」
「あらぁ、もっと可愛らしい雰囲気になりましたね、福王寺先生」
みんな、ネコ耳福王寺先生のことを絶賛しているな。
「みんなの言う通り、福王寺先生可愛いですね。似合ってます」
「ありがとう」
照れくさそうに笑いながら、福王寺先生はそう言った。こういう笑顔を見ることはなかなかないから新鮮だな。
「な~う」
「モモちゃん、私、似合ってるかな?」
「にゃんっ!」
元気良く鳴くと、モモちゃんは福王寺先生の体に頭をスリスリさせる。どうやら、モモちゃんも先生のネコ耳カチューシャ姿が似合っていると思っているようだ。
「ありがとにゃ~」
モモちゃんの反応が嬉しかったのか、それともネコ耳カチューシャを付けた影響なのか語尾に「にゃ」がついているな。それもあってかなり可愛い。
福王寺先生はとても嬉しそうな様子でモモちゃんの体を撫でている。ネコ耳カチューシャが似合っているし、モモちゃんと「にゃんにゃん」と鳴き合っているから猫同士の戯れにも見えてきて。
「あの、杏樹先生。カチューシャがよく似合っていますし、写真を撮りたいですっ」
「いいわよ、結衣ちゃん。ただ、あまり広めないでね。ここにいる人や、今度旅行に一緒に行く柚月ちゃん、芹花ちゃんくらいで」
「分かりました!」
「じゃあ、俺のスマホで撮って、LIMEでみんなに送りますよ」
「ありがとう、悠真君!」
その後、俺はネコ耳カチューシャ姿の福王寺先生をスマホで何枚も撮影する。先生はピースサインしたり、両手を猫の手の形にしたりと可愛らしいポーズで写って。写真で見ても、ネコ耳カチューシャを付けた福王寺先生は本当に可愛い。
また、モモちゃんとのツーショット写真や、女性みんなで手を猫の形にした写真なども撮影する。
撮影した写真をさっそく、LIMEの旅行メンバーのグループトークと母さんに送る。
福王寺先生はバッグから自分のスマホを取り出し、結衣達と一緒に俺の送った写真を見ている。いい写真だと思ってくれたのか、みんなにこやかな笑顔になって。その様子を見て、心がとても温かくなったのであった。
『にゃんにゃん福王寺先生』 おわり
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