エピローグ『季節が変わっても』

 9月1日、日曜日。

 ゆっくりと目を開け……ようとするけど、何かが顔全体に当たっていてなかなか目を開けることができない。

 いったい何が顔に当たっているんだ……と一瞬思ったけど、この心地良い柔らかさとよく知っている甘い匂い。それに前面や背中から伝わってくる優しい温もり。きっと、結衣が俺を抱きしめて、顔を自分の胸に埋めさせているのだろう。

 何とかして目を開けると……肌色の世界が広がっていた。ただ、その中に一本の黒い線らしきものが見える。これはきっと谷間だろう。


「あっ、起こしちゃったかな、悠真君」


 結衣のそんな声が聞こえると、結衣の体が俺から少し離れる。そのことで、結衣の綺麗な体がよく見えるように。素敵だ。

 見上げると、そこには優しい笑顔で俺を見ている結衣の姿があった。

 目を覚ました瞬間から、結衣のことを感じられて。その後すぐに結衣の笑顔を見られて。何て幸せな一日の始まりだろう。それに、今日から秋がスタートするから、今年の秋はとてもいい季節になりそうな気がした。


「ううん、そんなことないさ。気持ち良く起きられたから」

「……良かった」


 安堵した様子になる結衣。


「おはよう、悠真君」

「おはよう、結衣」


 朝の挨拶を交わして、俺から結衣におはようのキスをする。起きてすぐに結衣とキスできるなんて。本当に幸せだ。

 俺から唇を離すと、目の前にはニッコリと可愛く笑う結衣の顔があって。そのことに心が温まる。


「目を覚ましたら悠真君がいて、抱きしめて、キスできて。凄く幸せな朝だなって思うよ」

「俺も同じことを思ったよ」

「ふふっ、そっか。裸の悠真君を見たら、昨日の夜のことを思い出して。悠真君は変わらず胸が大好きだから、顔を胸に埋める形で抱きしめたんだ」

「そうだったのか。そのおかげで気持ち良く起きられたんだろうな」

「さすがは悠真君。昨日は私の胸を色々な形で堪能したもんね。そのときは本当に気持ち良かったな……」


 そういったときのことを思い出しているのか、結衣の頬がほんのりと赤くなる。そんな結衣を見ていると……結衣がメイド服を着ていたときのことを思い出す。


「あと、寝ている悠真君を見て思ったんだけど、今年の夏はえっちで始まって、えっちで終わる夏だったね!」


 元気良くそう言う結衣。それが結衣らしくて微笑ましい。


「俺達が付き合い始めたのは6月1日で、その日の夜に初めてしたから……結衣の言う通りだな」

「でしょう? この夏の間に何度もえっちしたね」

「そうだな。お泊まりのときを中心に何度もしたな。ただ、俺達らしいか」

「そうだねっ」

「あと、今日で付き合い始めてからちょうど3ヶ月なのか」

「3ヶ月だね! これからもよろしくね!」

「ああ、よろしく」


 俺がそう言うと、結衣はニコッと笑ってキスしてきた。

 今日のように、付き合い始めてから節目の記念日になると、こういう風に改めて「よろしく」と言って、キスするのが習慣となっている。あとは、結衣の好きな飲み物やスイーツを買って一緒に楽しむときもあったか。


「高校最初の夏は結衣と付き合い始めた夏でもあったんだな」

「そうだね! 悠真君のおかげで、楽しくて素敵な夏と夏休みになったよ!」

「ああ。俺も素敵で楽しい夏になったって思うよ。夏休みも結衣達のおかげで、今までで一番楽しかったなぁ」

「私も今年の夏休みが一番楽しかった! 悠真君っていう恋人もいて、高校では胡桃ちゃんや千佳先輩、杏樹先生っていう素敵な人達とも出会えたから。それ以外にもお姉様や彩乃さん達とも出会えたし」

「結衣がそう言ってくれて嬉しいよ」


 結衣のことをそっと抱きしめて、彼女の頭を優しく撫でる。結衣の体の温もりや柔らかさがとても気持ちいい。頭を撫でることで、シャンプーの甘い匂いも香ってきて。そのことでとても心地よく感じる。


「夏休み……振り返ると色々なことがあったよね。7月中に課題を一緒に片付けて。姫奈ちゃんと一緒にコンサートの物販バイトをして」

「接客する様子を初めて見たけど、しっかりやっていて凄いって思ったよ。その後は旅行のために水着買ったな」

「悠真君に選んでもらった水着、本当に気に入ったよ! 姫奈ちゃんや胡桃ちゃん達と行った伊豆への旅行……本当に楽しかったな。海水浴も温泉もお食事、恋人岬でのこと……いい旅行だったな」

「良かったよな。俺達の泊まった潮風見しおかざみ……いい旅館だったな。あと、近くにある足湯で結衣と混浴できたし」

「そうだね! でも、一番印象に残っているのは、夜に部屋で悠真君とえっちしたことかな」

「ははっ、結衣らしい。俺もだけど」

「悠真君もじゃん」


 あははっ、と結衣と楽しく笑い合う。

 結衣が裸なのもあって、旅行の日の夜のことを鮮明に思い出す。ふとんの上で横になっている結衣……本当に綺麗だった。

 旅行に行ったのは1ヶ月近く前なのか。ただ、夏休み中は色々なことがあったから、もっと前のことのように感じる。


「帰ってきた日の夜に、悠真君がお姉様にキスマークを付けられるとは思わなかったよ」

「久しぶりに一緒に寝たからな。首筋のキスマークに気付いて、結衣とキスマークを付け合ったんだよな」

「そうだったね」


 そう言う結衣はうっとりとした表情になっているけど、キスマークが見つかったときの結衣は結構恐かったな。浮気はもちろんだけど、浮気と勘違いされるようなことはしないように気をつけないと。


「お盆の時期になると、杏樹先生の買いたい同人誌の代理購入のために、先生と胡桃ちゃんと4人でコアマに行ったよね」

「結衣は初コアマだったよな。今年も暑かったけど、結衣も一緒だったから一番楽しかったよ」

「私も楽しかったよ。杏樹先生が頼まれていたものの大半も買えたし、いいと思える同人誌とも出会えたからね。これからも同人イベントに行こうね」

「ああ。……その直後に結衣は伊集院さんと一緒にメイド喫茶のバイトをしたんだよな」

「中学時代の友達のバイト先の助っ人でね。メイド服を着て接客するのを楽しかったな。悠真君達も来てくれたし」

「凄く可愛かったよ」


 ただ、昨日の夜のご奉仕の影響で、メイド服姿の結衣の印象はとても艶やかなものになったかな。友達の助っ人バイトよりも、昨日の夜のことばかり思い出してしまう。ただ、仕事がちゃんとできて、俺に気持ちいいご奉仕もできるって考えると……最強のメイドかもしれない。


「初めて2人きりで映画を観たよね」

「『天晴な子』か。あれ、面白かったな。これからも面白そうな作品があったら観に行きたいな」

「そうだね! その日の帰りに胡桃ちゃんのプレゼントを買ったんだよね」

「そうだったな。誕生日会での胡桃はとても楽しそうで、嬉しそうだったな」

「そうだったね」

「ネット上では誕生日を祝っていたけど、リアルで祝えたことから嬉しかったな」

「良かったね。私の16歳の誕生日を楽しみしてるよ~」


 目を細めた笑顔でそう言うと、結衣は俺の胸に頭をスリスリしてきた。

 結衣の誕生日は1月1日。あと4ヶ月か。福王寺先生や胡桃のときのように、低変人として新曲をもちろん作るつもりだ。低田悠真としても、結衣に喜んでもらえるようなプレゼントを贈りたい。もちろん、1週間前にあるクリスマスのプレゼントは別に用意したい。


「楽しみにしていてくれ。胡桃の誕生日の後は……お泊まり女子会をしたのか」

「うん! 胡桃ちゃんと一緒にお風呂に入れたり、胡桃ちゃんや千佳先輩と初めて同じ部屋で眠れたりして楽しかったな。悠真君と芹花お姉様とテレビ電話したことも」

「みんなが画面に映ったときはビックリしたな」

「いいリアクションだったよ。女子会だけど、悠真君と話せて良かったよ」

「そっか」


 楽しんでいるかって結衣にメッセージを送ったときは、女子会中に送って良かったのかとちょっと不安だった。だけど、結果的にあの楽しいテレビ通話の時間に繋がったので良かった。


「初めてオープンキャンパスにも行ったな。芹花姉さんの通う東都科学大学に」

「高校生向けなのもあるだろうけど、2つの模擬授業がとても楽しかったよ。理系もいいなって、いい意味で進路に悩み始めた」

「ははっ、そっか」

「あと、私服姿で授業を受けたり、教室移動したり、お姉様と彩乃さんと一緒にお昼ご飯を食べたり、キャンパスの中を案内してもらったり。ちょっとしたキャンパスライフを味わえて楽しかったな」

「楽しかったよな。結衣と一緒に同じ大学に通ったらこんな感じなのかなって思った」

「私も!」


 自分も学びたいものが学べるところへ行くのが一番だと思う。それでも、結衣と一緒に大学生活を送りたい気持ちも強くなったオープンキャンパスだった。


「もう一度あの水着を着たくてプールに誘ったけど、プールデートも楽しかったな」

「ああ。もう一度、結衣の水着姿を見られて嬉しかったな。ウォータースライダーでたくさん滑ったよな」

「うんっ! 凄く楽しかった! あと、悠真君がナンパから助けてくれたのも嬉しかった。私の恋人は優しくて頼りになる人だって改めて実感したよ」

「……そう言ってくれると恋人として嬉しいよ」


 結衣は見た目も中身もとても魅力的な持ち主だ。だから、これからもナンパされることは何度もあると思う。俺の助けられるときにはちゃんと助けていきたい。

 来年以降も、夏には結衣と一緒にプールや海に遊びに行きたいな。


「それで、昨日の花火大会でお泊まり。夏休みのいい締めくくりができそうだよ」

「そうだな。……こうして振り返ると、色々なことがあった夏休みだったな」

「そうだね! 凄く楽しかったよ!」

「俺も楽しかった」


 去年までのように、家にいて、一人で趣味に没頭する夏休みも楽しかった。

 だけど、結衣と一緒にデートして、お泊まりして。みんなで課題をしたり、旅行に行ったり、コアマに参加したり。バイトする日も多かったけど、その中で結衣達に接客して。趣味を楽しみつつも、家族以外の誰かと一緒に過ごせたこの夏が本当に楽しかったな。

 明日から始まる2学期も楽しみだな。こういう感覚になるのは今年が初めてだ。


「結衣のおかげで、今年の夏休みはとても楽しかったよ。ありがとう」

「いえいえ! こちらこそありがとう! この夏休みを通じて、悠真君のことがもっと好きになったよ!」

「俺も結衣のことがもっと好きになったよ」

「嬉しいっ。今から来年の夏休みが楽しみだよっ!」

「ははっ。俺も楽しみだ」


 来年はまだ高校2年。受験に向けて夏期講習に行っている可能性はあるけど、結衣とデートやお泊まりをたくさんしたり、みんなと一緒に遊んだりすることもできるだろう。


「悠真君。今日から始まる秋も、その先も……ずっとよろしくね!」

「ああ、よろしくな」

「約束だよ!」


 結衣は目を瞑って唇を少しだけ突き出す。キスしてってことか。可愛いな。

 俺は今一度、結衣のことをぎゅっと抱きしめて、結衣に約束のキスをする。いつまでも、結衣とキスして幸せだと思えるような関係でありたい。




 今日はバイトのシフトに入っていないので、日中の間はずっと結衣の部屋で結衣と一緒にアニメを観てゆっくりと過ごした。

 高校最初の夏休みはとても楽しい形で幕を下ろすことができた。結衣と付き合い始めてから初めて過ごした今年の夏休みのことはずっと忘れないだろう。




夏休み編5 おわり

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