第7話『コスプレ売り子の芹花』

 午後2時頃。

 お昼ご飯を食べ終わった俺達は、芹花姉さんが売り子をしているご友人のサークルへ行くことに。サークル名は『よみつき』。

 俺から芹花姉さんに『今から4人で行く』とメッセージを送ると、すぐに『サークルスペースで待ってるね!』と返信をもらった。なので、会議棟のフードコートを後にして、サークルが配置されている西館のホールへと向かい始める。


「午前中に比べると人が少なくなってきているね、悠真君」

「そうだな。目的のものが買えたり、売り切れたから諦めたりして帰っている人が多いのかもしれない。俺もこのくらいの時間に会場を後にしたことがあるし」

「あたしもあったな。買いたいものが一つか二つしかないときは正午くらいに会場を出たっけ」

「私は……今くらいの時間だとまだ会場にいることが多いなぁ。買いたいものがたくさんあることが多いから。あとは、買った同人誌を友達と一緒に読み始めちゃうこともあったよ」


 そういったときのことを思い出しているのか、楽しげな様子で話す福王寺先生。本当にこの人はコアマを楽しんでいるなぁって思う。明日は日曜日で、明後日は振替休日で祝日だから、先生はきっと両日ともコアマに参加するのだろう。


「話は変わるけど、お姉様はどんなコスプレをして売り子しているんだろうね?」

「売っているのは『みやび様は告られたい。』の同人誌なんだよね、結衣ちゃん。高校が舞台になることが多いから、みやび様達が通う高校の制服を着て、ヒロインの誰かにコスプレしている気がする」

「いい推理ね、胡桃ちゃん。ただ、私はメイド服を着て、みやびの専属メイドの宮坂みやさかのコスプレをしている可能性が一番高いと思ってる。芹花ちゃんは宮坂と同じで金髪のワンサイドアップだし」

「それもありそうですね、杏樹先生」

「メイド服姿のお姉様も見てみたいなぁ」


 胡桃も福王寺先生も『みやび様は告られたい。』の漫画を読んだり、アニメを観たりしているから、芹花姉さんのコスプレ予想で盛り上がっているな。

 弟から見ても、芹花姉さんは綺麗で可愛らしい人だ。どのキャラのコスプレでもクオリティが高いんじゃないだろうか。そして、高1から続けているファミレスでのバイトの技術を活かして、上手に接客していそうだ。

 俺達は西館のアトリウムに到着する。

 午前中にいた東館と比べて人はやや少なく、多少は落ち着いた雰囲気となっている。


「ここが西館だ」

「そうなんだ。東館とはまた違った雰囲気でいいね。ところで、お姉様がいるサークルの配置番号って?」

「えっと……西1 ヒ-18だよ。サークル名は『よみつき』って言うんだ」

「素敵なサークル名だね。西1ってことは、まずは第1ホールの扉から入った方がいいんだね」

「そうだな」


 さすがに午前中に6つのサークルを廻っただけあって、サークル番号から場所を割り出すことにも慣れてきたか。ちょっと嬉しい。

 俺達は第1ホールの出入口からホールに入る。

 午前中の東館のホールほどではないが、西館のホールの中もそれなりに人はいる。結衣達とはぐれてしまわないように気をつけないと。

 俺はバッグから、芹花姉さんからもらった西館の第1ホールの配置図を取り出す。それを頼りに俺達はサークル『よみつき』のスペースを目指していく。


「西館にも、いい絵を描くサークルがいっぱいあるわね」

「ですね、杏樹先生。ホールを歩いているだけでも楽しいです」

「サークルがたくさん並んでいるこの雰囲気いいよね、結衣ちゃん」

「結衣がコアマを楽しめて嬉しいよ。……『よみつき』はすぐ近くだろう」


 歩く速度を遅くして、配置図と周辺のサークルスペースの番号を確認しながら歩いていく。すると、


「ありがとうございました」


 近くから、落ち着いた声色の芹花姉さんの声が聞こえてきた。

 姉さんの声が聞こえた方向に視線を向けてみると……そこには、黒を基調としたメイド服に身を包み、みやび様のメイド・宮坂にコスプレしている芹花姉さんが立っていた。髪型は普段とあまり変わりないけど、宮坂のように青いシュシュでまとめている。宮坂はクールなキャラだから、落ち着いた雰囲気で「ありがとうございました」と言ったのかな。


「福王寺先生の予想が当たりましたね。あそこに、宮坂にコスプレした姉さんがいますよ」


 そう言って、俺は芹花姉さんの方に指さす。結衣達はコスプレする姉さんを見て「可愛い」とか「綺麗」と呟いている。芹花姉さんのメイド服姿もいいけど、結衣や胡桃のメイド服を着たらどうなるのか興味があるな。

 また、芹花姉さんの横には、半袖のブラウス姿の黒髪のロングヘアの女性が座っており、何やら描いている。彼女は姉さんの友人であり、サークル『よみつき』で活動する月読彩乃つきよみあやのさんだ。ゴールデンウィークに家に遊びに来たときに会ったことがある。

 月読さんは椅子から立ち上がると、持っている白い紙をブックスタンドに貼りつけた。その直後、嬉しそうな様子で芹花姉さんとハイタッチしている。

 月読さんが貼った紙をよく見てみると……黒い字で『完売しました! ありがとうございました!』と書かれている。それじゃ、嬉しくなるのも当然か。福王寺先生も『完売』の文字を見たのか「おぉ、凄い」と呟いている。

 俺達は喜んでいる月読みさんと芹花姉さんのところに向かう。


「お疲れ様、芹花姉さん。宮坂のコスプレ、似合ってるな」

「ありがとう、ユウちゃん! みんなも来てくれたんだね!」


 満面の笑みで俺達に手を振る芹花姉さん。


「月読さん、お久しぶりです。あと、新刊の完売おめでとうございます」

「久しぶりだね、悠真君。完売できたよ、ありがとう。あと、ゼリー飲料もありがとう。美味しかったし、疲れも取れたよ」


 月読さんは上品で美しい笑みを見せる。およそ3ヶ月ぶりに会ったけど、変わらず綺麗な人だと思う。きっと、芹花姉さんと一緒に大学でかなり人気があるんじゃないだろうか。


「彩乃ちゃん、紹介するね。ユウちゃんの恋人の高嶺結衣ちゃん。私達の友人の華頂胡桃ちゃん。ユウちゃんと結衣ちゃんの高校の担任で、私にも3年間数学を教えてくれた福王寺杏樹先生だよ。それで、この子が大学で出会った友人の月読彩乃ちゃん。学科もサークルも同じなの」

「そうなんですね。初めまして、高嶺結衣です」

「華頂胡桃です、初めまして」

「福王寺杏樹といいます。初めまして」

「みなさん初めまして。月読彩乃といいます。芹花ちゃんと同じ東都科学大学理学部生命科学科の1年で、漫画&アニメ同好会に入っています。そして、高校時代からこの同人サークル『よみつき』で同人誌やオリジナル本を作って、即売会に参加しています。みなさん、よろしくお願いします」


 ゆったりとした口調でそう言うと、月読さんは3人に向かって軽く頭を下げる。そんな彼女に合わせて、結衣達も頭を下げている。


「芹花ちゃんから写真は見せてもらっていましたけど、実際に会うとみんな素敵ですね。あと、悠真君にこんなに可愛い恋人ができるなんて。私はとても嬉しいよ」

「ありがとうございます。月読さんに会った数日後に結衣と深く関わるようになって。6月になった頃から付き合っています」

「そうなんだ。恋人ができたからだろうね。前に会ったときよりもかっこよくなってるよ」

「ははっ、そうですか」


 お世辞だとは思うけど、姉の友人からかっこよくなったと言われると嬉しいな。あと、恋人が褒められたからか、結衣も嬉しそうにしていて。可愛いな。

 月読さんは青色のキャリーバッグを開くと、中から数冊ほどの冊子を取り出す。


「芹花ちゃんから、悠真君達が来てくれると聞いていたので、みなさんの分の新刊を取っておいたんです。『みやび様は告られたい。』の同人誌です」

「取っておいてくれたんですね。嬉しいです。えっと……一冊おいくらですか? スペースを見ても、値段が分からなくて」

「完売の紙で隠れちゃったんだね。500円になります」

「500円ですね」


 俺達は月読さんに500円支払って、新刊を手渡しで受け取った。

 結衣達はみやび様が好きなので、受け取ったときはみんな嬉しそうに「ありがとうございます!」とお礼を言っていた。

 表紙にはメインヒロインのみやびと、姉さんもコスプレしている宮坂が手を絡ませ、頬を赤くしながら見つめ合うイラストが描かれている。可愛らしい雰囲気だ。この表紙からして、みやびと宮坂のガールズラブ漫画なのだろうか。

 中身を軽く見てみると……予想通り、みやびと宮坂によるガールズラブ漫画になっている。月読さん、キャラクターを魅力的に描くのが上手だなぁ。キスシーンの部分なんて一目見た瞬間からドキッとしてしまう。


「あぁ、みやびと宮坂かわいい」

「可愛いよな、結衣」

「キスシーンでキュンってきちゃった」

「主人とメイドの百合関係いいわよね、胡桃ちゃん。ちゅっちゅしているしドキドキしたよ。引き込まれるストーリーだし、絵柄も可愛い。完売するのも納得ね。これからの即売会は、『よみつき』さんもチェックしていくわ」

「ありがとうございます! 嬉しいです」


 俺達が新刊の感想を口にしたからか、月読さんはとても嬉しそうだ。そんな月読さんの頭を芹花姉さんが優しい笑みを浮かべながら撫でていて。姉さんは本物のメイドさんのように見えた。


「ただ、一度のイベントで新刊が完売したのは今回が初めてで。きっと、芹花ちゃんが宮坂のコスプレをして売り子をしてくれたからだと思います。宮坂のクールな雰囲気を似せて接客してくれて。これまでのイベントで売れ残った旧刊も持ってきたんですけど、それも全部売れて。ありがとう、芹花ちゃん」

「いえいえ。接客楽しかったよ」

「……芹花ちゃんにお願いして本当に良かった」


 そう言う月読さんの声色は、今までよりもかなり甘いものになっていて。頬をほんのりと赤くしながら芹花姉さんを見つめている。ガールズラブの同人誌を読んだ直後だからだろうか。2人にもそういう未来があるんじゃないかと考えてしまう。


「本当に可愛いですよ、お姉様!」

「さっき『ありがとうございました』って言ったときの芹花さんは宮坂のようでした」

「綺麗だし、宮坂の雰囲気出ていたわ、芹花ちゃん」


 結衣達はそれぞれ芹花姉さんのコスプレについて、好意的な感想を伝える。一目見たときからみんな「綺麗」とか「可愛い」って呟いていたもんな。

 芹花姉さんは一度「ふーっ」と長く息を吐くと、背筋を伸ばして、両手を前に重ねて姿勢を正す。宮坂のようにクールで大人っぽい笑みを浮かべて、


「お褒めの言葉、ありがとうございます」


 普段よりも落ち着いたトーンでお礼を言い、ゆっくりと頭を下げた。見た目だけでなく、中身まで宮坂になりきっているな。芹花姉さんのおかげだと月読さんが言うのも分かる。あと、姉さんってコスプレのポテンシャルが凄いのかも。


「素敵です、お姉様! お姉様さえ良ければ、スマホで写真を撮りたいのですが」

「あたしも撮りたいです」

「結衣ちゃん達ならいいよ」


 二つ返事でOKする芹花姉さん。今の言い方からして、もしかしたらこれまでにも写真を撮りたいと頼まれて、断ったことがあったのかもしれない。知らない人に撮られるのは嫌かもしれないし、無断でSNSにアップされる可能性もあるだろうし。

 その後、結衣と胡桃、福王寺先生はスマホで宮坂のコスプレをしている芹花姉さんや、姉さんと月読さんのツーショットなどを撮影していく。

 せっかくだから、俺も自分で1、2枚は撮っておくか。

 俺がスマホのレンズを向けると、芹花姉さんはとても嬉しそうな笑顔になって。さすがは重度のブラコン。

 あと、宮坂は原作やアニメでここまでの笑顔を見せたことはない。もし、これから笑顔をシーンがあったら、今の芹花姉さんのような可愛らしい笑顔になるのだろうか。そんなことを思いながら、俺はシャッターボタンを押したのであった。

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