第6話『代理購入の結果』

「『群青ロック』の新刊の同人誌も買えたね。これで終わりかな、悠真君」

「そうだな」


 午後1時頃。

 福王寺先生から渡された『買ってほしいものリスト』に書かれていたサークルは、これで全て廻り終わった。


「6つのサークルを廻って、新刊を買えたのは5つかぁ。杏樹先生のためにもコンプリートしたかったな」


 はあっ、と結衣は小さくため息をつく。

 優先度3番目のサークル『赤色くらぶ』のBLオリジナル本だけは買えなかった。待機列に並び始めてから10分ほど経ったときに、新刊が完売してしまったのだ。これには結衣もがっかりしていた。そのことに結衣の優しさを感じる。

 福王寺先生に買えなかったことをメッセージで報告すると、


『気にしないで! そのサークルは人気あるし。並んでくれてありがとう!』


 先生はお礼のメッセージをくれた。そのことで、結衣はすぐに元気を取り戻していった。


「全部買えたら一番良かったけど『赤色くらぶ』の新刊は売り切れちゃったからな。こればかりは仕方ないさ。……さてと、待ち合わせ場所のフードコート前に行く? それとも、ちょっとでもホールの中を廻るか? 俺はどっちでもかまわないよ」

「そうだね……フードコートに行こうか。私も本や同人誌を何冊か買ったし、ホールは廻らなくていいかな」


 そう言って、結衣はトートバッグから購入した本や同人誌の表紙をチラッと見せる。

 福王寺先生が買ってほしいと頼んだサークルのうちのいくつかで、イラストの絵柄や描かれているキャラクターが気に入り、結衣は自分の分の本を買ったのだ。

 ちなみに、俺も2つ目に行った『白い庭園』というサークルで、自分の分のガールズラブ漫画の新刊を購入した。家に帰ったらさっそく読もう。


「分かった。じゃあ、待ち合わせ場所のフードコート前へ行くか」

「うんっ!」


 元気良く返事をすると、結衣は俺の右手をしっかりと握る。

 俺達は会議棟の1階にあるフードコートに向かって歩き始める。

 コアマが始まって2時間以上経ったからだろうか。俺達が来たときよりもさらに人が多くなっている。

 また、お昼時なのもあってか、建物の端の方でおにぎりやサンドイッチを食べているのも見受けられる。そういった人達の姿を見ると、俺もお腹空いてきたなぁ。今日は早い時間に朝ご飯を食べたし、会場に来てから口にしたのはスポーツドリンクや塩タブレットくらいだから。

 運営側からの順路に従って、俺達は東館から会議棟へ。フードコートは1階にあるため、会議棟に入るとすぐに見つけられた。


「着いたね、悠真君」

「うん。胡桃と福王寺先生は……まだいないな」

「いないね。じゃあ、LIMEのグループトークに、私達はフードコートの前にいるってメッセージを送るよ」

「それがいいな」


 結衣はトートバッグからスマホを取り出し、素早くタップする。

 2人はまだ買い物の最中かな。胡桃の行っている企業ブースでは、長蛇の列になるブースも多いし。福王寺先生は買いたい成人向けの本がたくさんあると言っていたから。

 それからすぐに、4人のグループトークに結衣が、


『リストにある買い物が終わりました。今は悠真君と待ち合わせ場所のフードコート前にいます。』


 というメッセージを送った。これで胡桃と福王寺先生に、こちらの状況が伝わるだろう。


『了解。今、先生がくれたリストのブースを回り終わったの。今からそっちに行くね!』


『分かった。私も目当ての最後のサークルの本がもうすぐ買えそうだから、買い終わり次第、フードコートの前に行くわ』


 グループトーク画面を眺めていると、胡桃、福王寺先生の順でそんなメッセージが送られてきた。人も多いし、3時間近く会っていないから、彼女達のメッセージを見るだけでちょっと安心する。


「胡桃ちゃんも杏樹先生も、そこまで時間かからなそうだね」

「みたいだな。ここで待っていよう」

「うんっ」


 俺は結衣と一緒にこれまで買った同人誌の元ネタ作品について話しながら、胡桃と福王寺先生のことを待つ。

 サークルの待機列に並んでいるときに何度も思ったけど、結衣と話すのは本当に楽しいな。話題が漫画やアニメ、ラノベのことだからより楽しくて。そのおかげで、炎天下の中で長時間待つのも全然辛くなかった。結衣も同じだったら嬉しいな。


「ゆう君! 結衣ちゃん!」


 俺達の名前を呼ぶ胡桃の声が聞こえたのでそちらに向くと、こちらに手を振りながら歩いてくる胡桃の姿が見えた。俺達が手を振ると、胡桃は持ち前の優しい笑顔を浮かべて。そんな彼女は自分のトートバッグだけでなく、メイド服姿の美少女キャラが描かれた紙の手提げを持っていた。どこかのブースで購入したときにもらったのかな。


「2人ともお待たせ。待った?」

「ううん、そんなことないよ。悠真君とずっと話していたから、待っている感覚もあまりなかったな」

「グループトークにメッセージを送ってからあっという間だったよな」

「ふふっ、2人らしい。あたしも着いたってメッセージしようっと」


 そう言うと、胡桃はスラックスのポケットからスマホを取り出す。

 暑い中で買い物をしたからか、胡桃の額にはうっすら汗が浮かんでおり、頬もほんのり赤くなっている。ただ、特に体調が悪そうには見えない。


「よし、メッセージ送ったし大丈夫かな」

「杏樹先生もきっとすぐに来ると思うよ。あと、その手提げに描かれているメイド服の女の子可愛いね!」

「可愛いよね! レモンブックスっていう企業ブースで、杏樹先生に頼まれたグッズを買ったときに入れてもらったの」


 やっぱり、企業ブースで購入したときにもらった手提げだったか。周りにも、手提げを持っている人はたくさんいて。こういう光景もコアマらしいなと思う。

 手提げに描かれているイラストが気に入ったのか、結衣はスマホで胡桃の持つ手提げを撮影していた。俺も結衣の真似をして、紙袋の写真を撮った。


「みんな、お待たせ!」


 福王寺先生が右手を大きく振りながら、こちらに向かって歩いてきた。そんな先生は嬉しそうな笑顔を浮かべていて。満足いく買い物の結果になったのかな。ちなみに、先生の左手で2つの手提げを持っていた。


「私が最後だったね。みんな待ったかな?」

「私は悠真君と一緒だったので全然」

「結衣と同じですね」

「あたしは10分近く前にここに来たので」

「そうだったのね。そこまで待たせずに済んで良かった」


 ほっと胸を撫で下ろす福王寺先生。


「3人とも、私の代わりにサークル本や企業ブースのグッズを買ってきてくれてありがとう。たまに、グループトークで状況を報告してくれたけど、最終的にはどうなったかな?」

「悠真君と私の方は、6つのサークル中、『赤色くらぶ』以外のサークルの新刊を買えました」

「『ばらのはなたば』の購入特典が紙袋だったので、この中に先生が注文した同人誌や本が入っています」


 そう言い、俺は持っていた『ばらのはなたば』の紙袋を福王寺先生に渡す。

 福王寺先生は俺から紙袋を受け取ると、さっそく中身を取り出して確認している。目を輝かせ、たまに「おおっ!」と甲高い声を上げながら。


「……うん! 『赤色くらぶ』以外の新刊は全部買えたね! 確認しました! 低田君と結衣ちゃん、ありがとう!」


 嬉しそうな笑顔を向けて、結衣と俺にそうお礼を言ってくれる。暑い中並んだり、広い会場を歩いたりした疲れが少し取れた気がした。


「私も同人誌を何冊か買いましたし、悠真君と一緒でしたから楽しかったです!」

「俺も結衣と一緒でしたし、『白い庭園』の百合本を買ったので楽しかったです」

「楽しい時間になったなら良かった。……胡桃ちゃんの方はどうだったかな?」

「二迅社で販売されていた会場限定ドラマCD以外は全て買えました。レモンブックスが紙の手提げに入れてグッズを渡してくれたので、先生が頼んでいたグッズはこの手提げにまとめてあります」


 どうぞ、と胡桃は持っていた紙袋を福王寺先生に手渡した。

 先ほどと同じように、福王寺先生は紙袋を受け取ると、中身を取り出して確認する。おおっ、と声を上げるところまで一緒だ。


「うんっ! ドラマCD以外は全部買えたね! こちらも確認しました! 胡桃ちゃん、ありがとう!」


 福王寺先生はとても嬉しそうな様子で、胡桃にお礼を言った。


「いえいえ! 暑い中並ぶことが何度もありましたけど、積んでいたラノベを読むいい機会になりました。それに、あたしの目当てだったソンプリのキャラソンCDも買えましたから満足です」

「胡桃ちゃんの目当てのCDも買えて良かったわ」

「買えたってメッセージを見たとき、俺も嬉しい気持ちになったよ」

「私も。並んでいる途中で購入制限がかかり始めたみたいだし」

「そうそう。最初は1人3枚だったんだけど、途中から2枚になっちゃって。買えなかったらどうしようって焦ったよ。ただ、ちゃんと2枚買えて本当に良かった」


 そのときのことを思い出しているのだろうか。胡桃はニッコリと可愛らしい笑みを浮かべている。

 俺も過去にコアマの企業ブースの列に並んでいるとき、目当てのグッズに購入制限がかかったことで焦り不安になりながらも、ちゃんと買えた経験がある。本当に良かったと胡桃が言う気持ちはよく分かる。


「本当にありがとう、胡桃ちゃん。このCDはたくさん聴いて、大切にしていくよ」

「はいっ」

「ちなみに、私は目当てのサークルが9つあって、そのうち7つのサークルの新刊を買えたよ! 3人が代理購入してくれたおかげもあって本当に満足してる! ほしいものがこんなにたくさん手にできて嬉しいよ! 3人とも本当にありがとう!」


 福王寺先生はそうお礼を言うと、俺の知る中でも指折りの素敵な笑顔を見せ、俺達に固く握手してきた。嬉しそうな先生を見ると、結衣と一緒に同人誌や本を代わりに購入して良かったと思える。

 それから、俺達はフードコートで昼食を食べることに。もちろん、約束通り福王寺先生の奢りで。

 フードコートの中には複数のお店が入っている。なので、俺はサーモンといくらの親子丼、結衣はチーズカレー、胡桃は魚介つけ麺、福王寺先生はチキンステーキとそれぞれ違ったジャンルのメニューとなった。

 お腹が空いていたからなのか。それとも、福王寺先生の代理購入を済ませた後だからなのか。はたまた、先生の奢りだからなのか。俺の親子丼も、結衣と一口交換したチーズカレーもとても美味しかったのであった。

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