エピローグ『マイシスター-入浴編・後編-』

 髪と体を洗い終えたので、俺はバスチェアから立ち上がる。

 芹花姉さんは俺と入れ替わる形でバスチェアに座った。弟から見ても、素肌の姉さんの後ろ姿はとても綺麗だ。海水浴のときはもちろん水着姿だったけど、姉さんに目を奪われた人は何人もいたんじゃないだろうか。


「芹花姉さん」

「うん? なあに?」

「髪と背中は俺が洗おうか? さっきのお礼に。それに、昔は一緒に入ったときに洗うことが多かったから」


 俺がそんな提案をすると、芹花姉さんの顔にぱあっと明るい笑みが浮かぶ。


「うんっ! お願いしますっ!」


 浴室中に響き渡るほどの大きな返事をする芹花姉さん。バスチェアに座って嬉しそうにする姿は昔と変わらない。だから、ちょっと懐かしい気持ちになる。

 俺のときと同じように、まずは髪から洗い始める。少なくとも6年は経っているけど、両手に覚えている感覚で芹花姉さんの髪を洗う。洗っているときの髪の触り心地の良さも昔と変わらないな。


「洗い方はこんな感じで大丈夫か?」

「……う、うん。とても……気持ちいいよ……」

「良かった。じゃあ、このまま洗っていくから。あと、今の姉さんの声が、さっきまでと比べてあまり元気がないように聞こえたけど……」


 鏡に映る芹花姉さんの顔を見ると……頬中心に赤くなっているし。


「元気がないわけじゃないよ。ただ、洗い方は大丈夫かって訊くユウちゃんの声が素敵で、キュンとなったから。ユウちゃんが声変わりをしてからお風呂に入るのは初めてだし……」

「ははっ、そうか。そういう理由なら良かった」


 髪を洗ってもらったことに興奮して、さっそくのぼせたのかと思ったから。

 最後に入ったのは俺が小学3年生くらいのときだから、その頃はまだ声変わりはしていなかったな。芹花姉さんの声は……基本的に変わっていないけど、多少声が低くなって落ち着きのある感じになったかな。


「昔よりも上手になっているよ、ユウちゃん。これも結衣ちゃんのおかげかな?」

「どうだろうなぁ。これまで結衣の髪を洗ったのは、お互いの家で一緒に泊まったときくらいだけど。ただ、結衣の髪を洗うまでは、何年も誰かの髪を洗っていなかったから……結衣のおかげかもしれないな」

「そっか。背中を洗ってもらうのも楽しみになってきた」

「結衣の背中も洗ったことがあるからな。楽しみにしていてくれ。じゃあ、髪に付いた泡を流すよ」

「はーい」


 シャワーを使って、芹花姉さんの髪に付いたシャンプーの泡を洗い流していく。

 全て流し終わった後、芹花姉さんのタオルで髪についている水分を丁寧に取っていく。髪を洗う前と比べて、姉さんの金色の髪に艶やかさがあるように見える。

 拭き終わり、芹花姉さんの髪をまとめてヘアグリップで留める。昔よりも髪の量が多いけど、何とかまとめることができた。


「こんな感じでいいか? 昔と同じような感じでまとめたけど」

「上手だよ。ありがとう」

「良かった。じゃあ、今度は背中を洗うよ」

「うん、お願いします! お姉ちゃんのボディータオルはオレンジ色だよ」

「了解」


 タオル掛けから芹花姉さんのオレンジ色のボディータオルを手に取る。俺のボディータオルよりも柔らかい生地だな。

 髪をまとめたことで、さっきバスチェアに座ったときとは違って、芹花姉さんの背中の全てが露わになっている。白くてとても綺麗だ。結衣に負けないくらいに。海水浴のときに日焼け止めをちゃんと塗ってあげたおかげかな。

 さっきと同じビーチの香りがするボディーソープを使い、芹花姉さんの背中を洗い始める。その瞬間、「あぁっ……」と姉さんは甘い声を漏らす。鏡を見ると、姉さんはまったりとした笑みを浮かべている。


「気持ちいいよ、ユウちゃん」

「それは良かった。背中を洗うのも、とりあえずは手で覚えている感覚でやってみたんだけど」

「そうなんだ。凄いよ、ユウちゃん。背中を洗うのも昔より上手になってる」

「それなら良かった。……芹花姉さんこそ、最後にお風呂に入ったときに比べると、背中が広くなったな」

「まあ、最後に入ったのは私が小6のときだったからね。当時は成長期に入っていたけど、大学生になったしあの頃よりは広くなってるよ」

「そうか。ただ。白くて綺麗なのは……昔と変わらないかなぁって思ってる」

「あら、嬉しいお言葉。あと、比べることができるほどに、私の背中を覚えていてくれたのが嬉しいよ!」


 鏡に映る芹花姉さんはとても嬉しそうに笑っている。その笑顔も昔と変わらないよ。気づけば頬が緩んでいて、鏡に映る自分の口角が上がっていた。

 それからも、芹花姉さんの背中や腰を洗っていく。気持ちいいようで、姉さんは可愛らしい声で「気持ちいい……」と言ってくれる。それがとても嬉しかった。


「……さてと、こんな感じかな。背中と腰を洗い終わったよ、芹花姉さん」

「ありがとう、ユウちゃん。とても気持ち良かったよ」

「そう思ってくれて良かった。はい、ボディータオル」


 俺は芹花姉さんにボディータオルを渡す。そのとき、姉さんがこちらに振り向いて俺に直接笑いかけ「ありがとう」と言ってくれた。


「じゃあ、俺はお先に湯船に浸かろうかな」

「うん。ユウちゃんは髪も体も洗い終わったからね。お先にどうぞ」

「ああ」


 シャワーで両手に付いたボディーソープの泡を洗い落として、俺は一人先に湯船に浸かる。そのことで、斜め後ろから体を洗う姉さんを見える形に。まさか、湯船に浸かって芹花姉さんの姿を見るときが来るとは。

 芹花姉さんはアニソンのメロディーを鼻歌で歌いながら体を洗っている。鏡に映る姉さんの顔には楽しげな笑みが浮かんでいて。いつも、体を洗うときはこんな感じなのか。それとも、今日は俺が一緒に入っているから特別なのか。

 2、3分ほどして芹花姉さんは体を洗い終える。なので、俺は両脚を伸ばしていた体勢から体育座りの体勢に。


「お邪魔しまーす」


 と言って、芹花姉さんは湯船に足を入れる。そして、俺と向かい合う体勢で肩まで湯船に浸かる。その際、姉さんの足が俺の足に当たった。


「気持ちいいね、ユウちゃん」

「そうだな。夏でも気持ちいいな」

「そうだね! 今日はユウちゃんがいるから、いつもよりも気持ちいいよ!」


 とても嬉しそうに言ってくれる芹花姉さん。久しぶりに俺と一緒に入浴できるのが本当に嬉しいのだと分かる。


「あと、脚当たっちゃってるね。ごめんね、ユウちゃん」

「気にしないでいいよ。それに、結衣と一緒に湯船に浸かったときも脚が当たったから」

「そうだったんだね。昔は2人で入っても余裕があったのにね。お母さんと3人で入ったらちょうどいいくらいで」

「そうだったなぁ」


 まあ、昔は湯船の中で俺のことを抱きしめてくるときがあったけど。


「それだけ、お互いに体が大きくなったってことか」

「そうだね。特にユウちゃんは大きくなったよ」

「俺の方は小3くらいだからな。それで、今は高1なんだからかなり成長するさ」

「だよね。昔はお姉ちゃんの方が体が大きかったのに、今はユウちゃんの方が大きいもんね。本当に成長したよねぇ」


 うんうん、と納得した様子で何度も頷いて、俺のことを見ている。何だか、芹花姉さんが親戚のおばさんみたいに思えてきた。

 湯船に浸かることでもお互いの成長を実感できるのは、兄弟姉妹ならではなのかも。


「久しぶりにユウちゃんと一緒にお風呂に入っているけど、本当に楽しいし気持ちいいよ。だから……たまにでもいいから、これからも一緒に入ってくれると嬉しいな」


 そう言うと、俺のことを見つめてくる芹花姉さん。姉さんのことだから、こういうことを言ってくるんじゃないかと予想していた。

 洗面所で服を脱いだときの芹花姉さんにちょっとドキドキしたけど、髪を洗ってもらい始めたときからは、昔のように気持ちのいい入浴の時間を過ごせている。だから。


「たまにでいいなら、一緒に入っていいよ」

「ありがとう、ユウちゃん!」


 芹花姉さんは浴室に入ってから一番と言っていいほどの笑顔を見せてくれる。

 それからも昔一緒に入浴したときの思い出話や、一昨日と昨日の旅行の話などをしながら、芹花姉さんと入浴を楽しむ。それ故に、普段よりも長い時間入浴したけど、のぼせたりすることはなかったのであった。




夏休み編2 おわり

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