第4話『マイシスター-入浴編・前編-』

 午後6時過ぎに結衣の家を後にし、帰路に就く。武蔵金井駅の方には行かず、線路の高架下を通って、駅の北口方面にある自宅へ向かう。この時間帯になると、昼間よりも暑さが和らいでいる。

 10分ちょっと歩いて自宅が見えたとき、自宅の門を開ける芹花姉さんの姿が見えた。バイトが終わって帰ってきたのか。

 姉さん、と声を掛けると、芹花姉さんはこちらを向いて嬉しそうに手を振ってきた。


「バイトお疲れ様、姉さん」

「ありがとう! ユウちゃんもバイトがあったからお疲れ様だね。結衣ちゃんの家から帰ってきたの?」

「そうだよ。結衣が現像した旅行の写真を見せてもらったり、アニメのBlu-rayを観たりしてた。楽しかったよ」

「良かったね」

「あと……姉さんが電話に出てくれたから、キスマークの件についてもすぐに解決できたよ。俺の話だけでも信じてくれたみたいで。姉さんへの電話は確認の意味合いが大きかったんだ」

「そうだったんだね。あのときは休憩に入った直後でさ。スマホが鳴って、画面に結衣ちゃんの名前が表示されたときは『来たか……』って緊張したよ。ユウちゃんのために、事実をしっかりと話そうって意気込んで電話に出たよ」


 そのときの芹花姉さんの姿が容易に想像できるなぁ。


「ユウちゃんがちゃんと話してくれていたから、結衣ちゃんの声も明るくて。私からもちゃんと話せたよ」

「そうだったんだ」


 芹花姉さんと電話しているときの結衣は基本的に微笑んでいたな。きっと、俺と姉さんの話す内容に相違なかったからだろう。


「姉さんのおかげですぐに解決できたよ。ありがとう」

「いえいえ。私はすべきことをしただけだから」


 苦笑いでそう言う芹花姉さん。結衣に許してもらえたけど、今でも罪悪感が残っているのかもしれない。


「ただ、その後に結衣と互いの右の首筋にキスマークを付け合ったんだ。髪で隠れやすいところだけど。俺に付けるときも、俺に付けられるときも嬉しそうだった」

「そうなんだね。何だか結衣ちゃんらしいな」


 そう言うと、芹花姉さんは「ふふっ」と声に出して朗らかに笑う。

 これまで、結衣とたくさんキスしてきて、何度も肌を重ねた。でも、キスマークが付いたことは全然なくて。もちろん、意図的に付けた経験も。もし、芹花姉さんの件がなかったら、結衣とキスマークを付け合うのはもっと先のことだったかもしれない。

 芹花姉さんの頭を優しく撫でる。

 俺が突然撫でたからか、芹花姉さんは最初こそ不思議そうにしていた。ただ、撫でられるのが嬉しいのか、すぐに可愛い笑顔を見せてくれるのであった。




 夜。

 夕食を食べ終わった俺は自室に戻り、ギターを適当に弾いている。一昨日と昨日は旅行に行っていたから、ギターに触るのは3日ぶりだ。なので、弾いていてとても気持ちがいい。夏休みもまだ半分以上あるし、低変人として何曲か新曲をアップしたいな。

 ――コンコン。

 ギターを軽く弾き終えたとき、部屋の扉がノックされる。夕食が終わってから、まだそこまで時間が経っていないのに。何かあったのかな。

 ローテーブルにギターを置いて、俺は部屋の扉を開ける。そこには芹花姉さんが立っていた。


「ギターの音が止んだからノックしたけど……今、録音とかしてた?」

「ううん、3日ぶりにギター触って軽く弾いていただけだよ。どうかした?」

「……ひ、久しぶりにユウちゃんと一緒にお風呂に入りたいと思って。そのお誘いに来たの」


 本題を話したからか、芹花姉さんは頬をほんのりと赤くして、俺のことをチラチラと見てくる。


「昨日、一緒に寝たら、一緒にお風呂に入りたい気持ちが強くなって。海水浴でユウちゃんの水着姿を見たのもあるけど。結衣ちゃんには一緒に入浴する許可を取ったから安心して!」

「許可取ったのか」


 芹花姉さんは俺の姉だし、姉さんのブラコン具合の深さは結衣も知っているけど……まあ、許可を取るに越したことはないか。キスマークの件もあって、姉さんは結衣の許可がほしくなったのかもしれない。


「結衣ちゃんからは『お姉さんだから許可を求める必要はないですよ』って言われて。ただ、『厭らしいことはしないでくださいね』って。それを条件に許可もらった」

「そうか」


 まあ、結衣の反応はもっともだと思う。


「……じゃあ、久しぶりに入るか」


 結衣に許可を求めるほどに入りたいと思っているんだ。その想いは無碍にできない。

 俺が入ろうと言ったからか、芹花姉さんはとても嬉しそうな笑顔を見せる。


「ありがとう! ユウちゃん! 昔みたいに髪を洗ったり、背中を流したりしてあげるからね!」

「分かったよ。じゃあ、ギターを閉まったり、着替えの準備をしたりするから待ってて」

「うんっ!」


 俺は部屋の中に戻って、ギターをケースにしまって、着替えを用意する。

 芹花姉さんと一緒に1階へ降りると、廊下で母さんと会う。芹花姉さんが「久しぶりに一緒に入るんだよ!」と嬉しそうに言ったら、母さんは穏やかに笑って「ごゆっくり~」と言ってくれた。親として、大学生と高校生の姉弟が一緒にお風呂に入ることに何とも思わないのだろうか。俺がそんなことを考える資格はないかもしれないが。

 洗面所に入り、芹花姉さんの隣で俺は服を脱いでいく。

 これから一緒にお風呂に入ることで気分がいいからか、芹花姉さんは鼻歌を歌っている。


「何年ぶりだろうね! ユウちゃんと一緒にお風呂に入るのって!」

「う~ん……俺の年齢が2桁になってからは、入った覚えがないな」

「ということは、少なくとも6年ぶりかな。私も中学生になってからは一緒に入った記憶がないから、ユウちゃんの言うことと合っているね」


 現在、芹花姉さんは大学1年生。ということは、6年前は中学1年生。だから、俺の言うことと整合性が取れているか。そんなことを考えながら、俺は服や下着を全て脱いだ。


「水着姿を見たときにも思ったけど……大人っぽい体つきになったね、ユウちゃん」


 芹花姉さんはうっとりした様子で俺のことを見ている。目線を上下に動かし、全身を舐め回すように見ている。そんな姉さんは既に服を全て脱ぎ終わっており、裸の状態だ。


「い、色々なところが大人っぽくなったね! うん!」


 そう言うと、芹花姉さんの顔の赤みが強くなっていく。今の言葉はどこの部分を見て言ったことなのか。深くは訊かないでおこう。


「そりゃどうも。姉さんも大学生になったから大人っぽくなったな」

「ふふっ、ありがとう。ただ、ユウちゃんはあまりドキドキしていないように見えるけど」

「久しぶりだけど、俺の年齢が一桁の間は何度も入っていたからな。あとは、結衣と付き合うようになってからは、何度も彼女の裸を見ているっていうのもありそうだ。でも、ちょっとドキドキしているよ」

「……そっか」


 えへへっ、と芹花姉さんは声に出して笑った。

 お互いに服を脱ぎ終わったので、俺達は一緒に浴室に入る。結衣が泊まりに来たときくらいしか一番風呂に入らないので、浴室に入ってシャンプーやボディーソープの甘い匂いを全然感じないのは新鮮だ。

 芹花姉さんの希望により、俺から髪と体を洗うことに。芹花姉さんに髪を洗らってもらい始める。


「ユウちゃん、かゆいところはない?」

「大丈夫だよ」

「あと、この洗い方で大丈夫かな? 痛くない?」

「ううん、ちょうどいいよ。気持ちいい」

「良かった。久しぶりだったけど、両手が覚えていたよ」


 鏡に映る芹花姉さんを見ると、とても楽しそうに髪を洗っている。そんな姉さんの姿を見ていると、一緒に風呂に入って良かったと思い始めてきた。

 昔は一緒に入浴すると、髪を洗ってくれることが多かった。当時から髪を洗うのが上手だったっけ。少なくとも6年は経っているけど、こんなに気持ちよく洗えるのはさすがは姉さんと言ったところか。

 姉さんの手つきが気持ちいいし、今日はバイトがあったから……段々眠くなってきた。思わず「ふああっ」とあくびが出てしまう。


「ふふっ、あくびするユウちゃん可愛い。小さい頃から変わらないね」

「髪を洗ってもらうのが気持ちいいからさ」

「理由も変わらないね。……あっ、これかな。結衣ちゃんに付けてもらったキスマーク。右の首筋……襟足近くにある」

「それそれ」

「そうなんだ。私が付けちゃったキスマークよりも大きいね。しっかり付いてる」

「付いているよな」


 スマホで調べたら、付け方や個人差もあるがキスマークは1週間程度付いているらしい。芹花姉さんのも、結衣のもお盆の頃には消えるかな。

 あと、結衣はキスマークを付けられたことに喜んでいたし、これからは定期的に彼女の体にキスマークを付けることになるかも。


「恋人のキスマークが付いていると……ユウちゃんが艶っぽくて、より素敵に見えるよ」

「結衣も同じようなことを言っていたな」

「へえ、そうなんだ」


 芹花姉さんも結衣も俺のことが好きだから思考回路が似ているな。そんな2人だったら、いつか義理の姉妹になっても仲良くやっていけるんじゃないだろうか。


「ユウちゃん、シャワーでシャンプーの泡を落とすよ~」

「分かった」

「じゃあ、目をぎゅっと瞑りましょうね~」


 久しぶりだからか、芹花姉さんの口調がいつも以上に柔らかい。

 芹花姉さんの指示に従って目をぎゅっと瞑ると、程なくしてシャワーの温かなお湯が頭にかかる。それがまた気持ち良くて。

 泡を洗い流し終わると、芹花姉さんはタオルで髪まで拭いてくれた。ここまでしてくれるとは有り難い限りである。


「髪はこれで終わりだね。次は背中を流すね」

「お願いします。知っているとは思うけど、俺のボディータオルは水色のやつだから」

「はーい」


 芹花姉さんはタオル掛けにかかっている俺のボディータオルを手に取る。以前、結衣はボディーを使って洗おうかと提案してきたので、姉さんも手を使って洗うとか訊くかと思っていた。でも、そんなことはなかったな。

 ボディーソープのピーチの匂いが香り始めた直後、芹花姉さんは俺の背中を流し始める。


「こんな洗い方で大丈夫?」

「うんっ、大丈夫だよ。気持ちいい」

「分かった」


 そういえば、背中を流すのも昔から上手だったな。


「海水浴で、結衣ちゃんに日焼け止めを塗られているのを見たときにも思ったけど、ユウちゃんの背中……広くなったね。昔はちっちゃかったのに、いつの間にか私よりも広くなって」

「俺も高校生になったからなぁ」

「凄く成長したよ。結衣ちゃんっていう恋人もできたからかな?」

「……そうかもしれないな」


 自分の背中は全然見たことがないから、自分では成長したという実感は湧かない。でも、芹花姉さんの今の言葉を聞くと嬉しい気持ちになる。きっと、小さい頃に俺と一緒にお風呂に入って、背中を洗ってくれたからこそ言える言葉だろう。


「ユウちゃん、背中洗い終わったよ。……ま、前の方も洗おうか?」

「さすがにそっちは自分で洗うよ」

「そっか。じゃあ、ボディータオル」

「ああ。髪と背中を洗ってくれてありがとう、姉さん。気持ち良かったよ」


 後ろに振り返って、芹花姉さんの目を直接見ながらそうお礼を言った。

 芹花姉さんはニッコリと笑って「いえいえ」と言うと、俺にボディータオルを渡してきた。

 俺は再び鏡の方を向いて、背中以外の部分を洗い始める。まだ髪と体を洗っていないからなのか、芹花姉さんは体を洗う俺の姿を後ろからずっと見つめていたのであった。

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