夏休み編3

プロローグ『夏の2人きりお家デート』

夏休み編3




 8月8日、木曜日。

 高校最初の夏休みも中盤に。

 高校から出された夏休みの課題は全て終わったので、俺・低田悠真ひくたゆうまは恋人の高嶺結衣たかねゆいと会ったり、バイトに勤しんだり、漫画やアニメやラノベを楽しんだり、楽曲制作をして低変人ていへんじんとして公開したりと夏休みを楽しく過ごしている。去年までも楽しく過ごしていたけど、今年は今までで一番と言っていいほどに楽しめている。

 今日はお昼頃から俺の家で結衣とお家デート。俺の作るお昼ご飯を一緒に食べて、夕方まで俺の部屋で過ごす予定だ。

 ただ、父さんは仕事で、母さんと芹花せりか姉さんはお昼前から午後6時までファミレスのシフトに入っている。だから、結衣が家に来た時点から2人きりになるのだ。こういう状況でのお家デートは初めてなので、お昼ご飯の準備をしている今の時点でちょっとドキドキしている。ちなみに、お昼ご飯は焼きそばと味噌汁だ。

 焼きそばの具材の下ごしらえをして、豆腐とわかめの味噌汁を作り終わったとき、

 ――ピンポーン。

 と、インターホンが鳴った。今の時刻からして結衣だろう。そんな期待感を胸に、リビングにあるモニターまで向かう。

 モニターのスイッチを押すと、画面には結衣が映る。


「結衣か」

『こんにちは、悠真君! じゃあ、例の……よろしくね』

「わ、分かった」


 俺の家で、俺が作ったお昼ご飯を食べるのは今回が初めて。だから、結衣は俺が出迎えるときに、ある言葉を感情込めて言ってほしいと注文してきたのだ。結衣のお願いだし、今は俺以外に誰もいないので受け入れたのだ。

 玄関に向かい、深呼吸を一度してから、家の扉を開けた。

 扉の向こうには……膝丈の紺色のフレアスカートにノースリーブの白いブラウスに身を包んだ結衣が、俺に向けてスマホのレンズを向けていた。動画にして残すつもりか。……よし、言うか。


「いらっしゃい、結衣。ご飯にする? アニメ観る? それとも……ゆ・う・ま?」


 結衣からの注文通り、感情を込めてこの言葉を言ったぞ。

 恋愛作品でたまに見かけ、以前、結衣の家に泊まりに行ったときに彼女が言ってくれた『ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ・た・し?』の派生版。ただ、『わ・た・し?』の部分が自分の名前だから、実際に言ってみると結構恥ずかしい。顔が熱くなっていくのが分かる。結衣と2人きりの場で本当に良かった。

 結衣は右手でサムズアップしてニコッと笑う。どうやら、お気に召したようだ。


「凄く良かったよ、悠真君! 優しい笑顔で言うのはもちろんだけど、言った後に頬が赤くなるのがかわいい! あと、エプロン姿なのもいいね!」

「……そう言ってくれて良かった」

「ふふっ。いい姿を動画で撮れました」

「……恥ずかしいから、あまり多くの人には見せないでくれよ。せいぜい、一緒に旅行に行ったメンバーくらいで」

「うん、分かった」


 結衣は持っていたトートバッグにスマホを入れた。


「あと、さっき悠真君が言ってくれた言葉の返事は……まずはご飯がいいな。お腹空いているから」

「ご飯だな、分かった。味噌汁はできてて、焼きそばも、下ごしらえは全て終わっているからすぐにできるよ」

「そうなんだね! 楽しみだな」


 持ち前の可愛らしい笑みを浮かべながらそう言う結衣。そんな彼女がとても素敵で、俺は彼女に吸い込まれるようにしてキスをした。その瞬間、結衣の汗の匂いと、香水の甘酸っぱい香りが香ってきて。それがとても良くて、少し長めに唇を重ねた。

 唇を離すと、そこには結衣の可愛らしい笑顔があって。俺と目が合うと結衣はニコッと笑ってくれる。これで何度目か分からないけど、俺は本当に可愛い女の子と付き合っているのだと実感する。

 結衣に家に上がってもらい、一緒にキッチンへ向かう。

 結衣は俺の料理する姿を見たいと言ってきた。なので、俺が焼きそばを作っている間、結衣は俺の近くでずっと見続けていた。たまに、スマホで料理する俺の写真を撮りながら。

 結衣が近くで見ているから緊張したけど、特に失敗することなく焼きそばを作ることができた。


「焼きそばもできたし、お昼ご飯を食べようか」

「うん! いただきます!」

「いただきます」


 食卓を挟んで向かい合う形で座り、俺は結衣と一緒にお昼ご飯を食べ始める。

 俺の作った焼きそばと味噌汁が結衣の口に合うかどうか。焼きそばを作ったとき以上に緊張する。味見はしたし、美味しいと思ってもらえるような出来になったと思うけど。

 俺は箸を持つことなく、焼きそばを食べようとする結衣をじっと見つめる。

 結衣は箸で麺と具材を掴み取り、口の中に入れる。咀嚼し始めた瞬間に、結衣は明るい笑顔になって、


「美味しいよ、悠真君!」


 俺の目を見ながらそう言ってくれた。その瞬間に緊張から解放され、ほっと胸を撫で下ろした。その後にようやく嬉しい気持ちがこみ上げてきて。


「そう言ってくれて嬉しいよ、結衣」

「ふふっ。悠真君も食べようよ」

「そうだな。いただきます」


 俺も焼きそばを一口食べる。……結衣が美味しいって言ってくれたから、今までで一番美味しくできた気がする。

 その後、結衣は味噌汁も美味しいと言ってくれて。暑い中歩いた後だから、塩っ気がいいのだとか。

 将来、結衣と一緒に同棲したら、今みたいに俺の作った食事を2人で食べるのが、一つの日常になるんだろうな。

 結衣が美味しそうに食べてくれるので、とても楽しい昼食の時間になったのであった。




 結衣と一緒に昼食の後片付けをした後、俺達は俺の部屋で『みやび様は告られたい。』というラブコメアニメのBlu-ray第1巻を観る。隣同士に座り、食後のアイスコーヒーを飲みながら。

 この作品はお互いに原作の漫画を読んでいるし、TVアニメを録画したものも観ている。コメディ要素の強い内容なのもあって、結衣とたくさん笑いながら第1巻を観ることができた。


「第2話も面白かった。みやび様はアニメも面白いよね、悠真君」

「ああ。だから、あっという間に第1巻を観終わったな。第2巻も続けて観るか?」

「……それも魅力的だけど」


 そう言うと、結衣は頬をほんのり赤くして、俺のことをチラチラ見てくる。


「悠真君と……えっちしたいな。今、この家には悠真君と私の2人きりだし。少なくとも、この状況は夕方まで続くし。それに……明るいうちからしたことないから、一度してみたい気持ちもあって」


 普段よりも甘い声でそう話すと、それまでちらついていた結衣の視線が俺の目にしっかり向けられる。

 今まで、結衣と肌を重ねたことは何度もあるけど、それは全て夜のこと。陽が出ている間にしたことは一度もない。午後6時過ぎまで、俺の家族は誰も帰ってこないことは事前に伝えていた。それを聞いた瞬間から、結衣は昼間に初めて肌を重ねたい想いを抱き続けていたのかもしれない。

 俺は結衣の頭を優しく撫でる。


「……しよう、結衣。俺も……6時頃まで2人きりでいられるのが分かっているから、そういうことをしたいって思っていたし」

「悠真君……!」


 自分の提案を受けて入れてもらえたからか、結衣の顔が見る見るうちに明るくなっていく。その姿もまた可愛らしくて。


「ありがとう! 昼間にするのは初めてだし、いつもと違う感じでしよう!」

「ははっ、分かったよ」


 俺がそう返事すると、結衣は嬉しそうに俺にキスしてくるのであった。




 それからは主に俺のベッドの中で結衣とたくさん肌を重ねた。結衣の希望通り、今までとは違った感じで。

 今までと違うのは部屋の照明を点けることと、服を着たまますること。服については、何回かするうちに全裸になっていたけど。これまでは、すぐに裸になり、ベッドライトのみを点けるか、月が出ているときは月明かりが部屋を照らす中でしていた。

 また、つい先日、首筋にキスマークを付け合ったこともあり、今度は胸にキスマークを付け合った。

 いつもと違った雰囲気で肌を重ねたからか、結衣の新しい魅力的な姿を見ることができて。2人きりだから結衣の声もいつもより大きくて。それもあって、結衣のことがより好きになったのであった。




「今回もたくさんしたね、悠真君」

「そうだな、結衣」


 部屋の壁にかかっている時計を見ると、時刻は午後4時半近くになっていた。もうこんな時間になっていたのか。

 あと、たくさん肌を重ねた後でも、窓の外が明るいというのは不思議な感覚だ。


「昼間にするのも結構いいね。気持ち良かった」

「ああ。これからも、家に俺達しかいない中でお家デートするときにはしようか」

「うんっ! あと、部屋の電気を点けたままするのっていいね」

「そうだね。結衣の綺麗な体がよく見えるし」

「……もう、悠真君ったら」


 えへへっ、と照れくさそうに笑う結衣。


「今後、お泊まりで夜にするときも、たまには部屋を明るくしようか」

「それがいいな」

「……あと、服を着ながらするのも新鮮で気持ち良かったな。だから、これからは四六時中発情しちゃいそう」

「その気持ちは分からなくないけど、発情するのは俺と二人きりのときにしような。あとはせめて自分一人しかいないときに」

「うんっ!」


 大きな声で元気良く返事をしてよろしい。そんな結衣の頭を優しく撫でた。まあ、この様子なら大丈夫……だと思いたい。しばらくの間、外でデートするときや2学期になって学校にいるときなどは結衣のことを注意深く見ておこう。

 それからも、ベッドで横になりながら、みやび様のことや夏休みの後半には何をするかなどを話していると、

 ――プルルッ。

 うん? スマホが鳴っているな。この鳴り方だと……どちらか1つのスマホが鳴っているようだ。

 俺のスマホも結衣のスマホもローテーブルに置いてある。ベッドから降りて、結衣に彼女のスマホを渡した。

 自分のスマホを確認すると……特に通知は届いていないな。


「あっ、杏樹先生からLIMEでメッセージ届いてる。今、電話してもいいかって」

「そうなんだ。どうしたんだろう」

「何かあったのかな?」


 そう言って、結衣はスマホをタップしている。おそらく、電話をしていいと返信しているのだろう。

 ちなみに、福王寺先生というのは、俺と結衣が通う高校の担任教師・福王寺杏樹ふくおうじあんじゅ先生のことだ。

 担任教師から電話掛けてもいいかって訊かれるとちょっと緊張するな。訊かれたのは俺じゃないけど。今は夏休み真っ盛りだし、学校関連ではないと思うが……いったい、福王寺先生は何の用件で結衣に連絡したいんだろう?

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