第10話『耳でも楽しみたいの』
「そうだ! 結衣ちゃんがこんなにも魅力的なイケボの持ち主だから、お気に入りのソンプリの同人誌を朗読してくれない? もちろん、全年齢向けだから!」
いきなり何を言うかと思えば。同人誌の朗読か。
ソンプリ……ああ、『ソングプリンス』の略か。高校生の男性アイドルがたくさん出てくる女性向け恋愛ゲームのことだ。テレビアニメ化や劇場アニメ化、キャストの声優さんによるライブなども行なわれ、若年層の女性を中心に大人気の作品だ。
この作品は芹花姉さんが大好きなんだよな。低変人として公開する曲作りの参考に、姉さんがプレイしている様子を何度も見させてもらった。
「ソンプリも知ってますっ! 中学生のときに友達に勧められてアニメを全部観ました! 確か、原作はゲームなんですよね」
「そうだよ。ちなみに、お気に入りの同人誌はウタヤ様とミツキ君のカップリングだよ。低変人様はソンプリって知ってる?」
「多少は知ってます。姉がゲームをプレイしたり、アニメを観たりしていたので。ウタヤとミツキも分かります」
ウタヤとミツキはメインの男性アイドルキャラクターだ。ウタヤは高飛車な性格の王子様キャラで、ミツキは温厚で一歩引きがちなキャラ。ウタヤはダンスの天才で、ミツキは歌唱の天才。芹花姉さんもこの2人が大好きだと言っていたっけ。
「それならちょうど良かった。ちなみに、ウタヤが攻めで、ミツキが受けね」
「キャラクターからして王道ですね。私は逆パターンの同人誌も読んでみたいですけど」
「いいわよね! 普段は大人しい子が攻めになって、王子様系の子が受けになるパターン! ギャップ萌え!」
BL談義で盛り上がっているなぁ、この2人。
スポーツものとか、男性キャラが多く出るアニメも観るけど、BLの要素が入っている作品は観たことがない。
福王寺先生から受け取った同人誌を軽く眺めると……ウタヤがミツキを呼び出して、告白。そして、キスするところまで描かれている。これなら全年齢向けの範囲内か。
「というか、これを結衣と一緒に朗読するんですか」
「うんっ! 配役はウタヤが結衣ちゃんで、ミツキが低変人様ね!」
「了解ですっ!」
「……アニメ化もしているんですし、キャストの声で妄想すればいいじゃないですか」
「それはもう何度もやった! でも、アニメのキャストさんじゃなくていいから、耳から入ってくる声でもこの同人誌を楽しみたいの! だからお願いします! 低変人様!」
そう言って、俺に向かって土下座をする福王寺先生。学校でのクールな先生からは想像もできない光景だ。というか、BLな内容の同人誌を、担任として受け持っている生徒達に読ませようとする教師って。どうかしている。
あと、結衣のイケメンボイスを聞いてドキドキした先生を見たときに抱いた嫌な予感が当たってしまったな。
「悠真君。こうして土下座しているし、希望を叶えてあげてくれると嬉しいな。内容的に読みづらいかもしれないけど」
苦笑いをしながら言う結衣。
担任教師に土下座されると、何とも言えない部分になってくるな。BL同人誌を読んでほしいという内容なだけに。
「……しょうがないですね。この同人誌だけですよ。あと、その……上手く読めないかもしれませんが、そこは許してください」
「ありがとう、低変人様!」
涙を浮かべながら笑顔を見せると、福王寺先生は俺に渡したものと同じ同人誌を広げる。2冊買っていたのか。そういえば、お気に入りの同人誌と言っていたっけ。
「では、いつでも朗読を開始してください!」
結衣が読みやすいように、俺達は寄り添い合う。
結衣とアイコンタクトをして、一度頷き合う。朗読スタート。
「……ウ、ウタヤ君。こんなところに僕を呼び出して。ど……どうかしたの?」
声に出すと、何だか恥ずかしくなってくる。
「ちゃんと、俺の言う通りにここに来て偉いな。実は……お前に話したいことがあるんだよ、ミツキ」
相変わらずのイケボだな、結衣。アニメの声に合わせているのか、さっきよりも低い声だ。表情も同人誌に描かれているウタヤのように、ちょっと照れくさそうにしているし。女優も声優もいけるんじゃないだろうか。
「……僕に話したいことって何かな?」
「……い、一度しか言わないからよく聞けよ!」
結衣は俺の両肩を掴み、真剣な表情で俺を見つめてくる。どうやら、結衣は単に朗読するだけじゃなくて、身振り手振りも同人誌通りにやりたいみたいだ。そんな結衣の姿を見てか、先生は興奮している。
「……ミツキのことが好きだ。だから、俺と付き合え!」
気迫のこもった声で告白の言葉を朗読する。俺自身に告白された感じがして、不覚にもキュンと来てしまったではないか。同人誌に描かれているウタヤよりも、目の前にいる結衣の方がかっこいい。
「……う、嬉しいな。僕もウタヤ君が好きなんだ。ここ最近……練習のときやライブのとき、ウタヤ君を見ちゃうときがあって。ウタヤ君、輝いていて……かっこよくて。だから……僕でよければ、よろしくね」
「ミツキ……! ずっと一緒だからな!」
そう言って、結衣は俺にキスしてくる。結衣の唇、結構熱いな。
数秒して唇を離すと、結衣はさっきよりも頬を赤くした状態で俺を見つめてくる。
「……この後、俺の家に来いよ。夜まで誰も帰ってこないから」
「……うん」
俺はそう言うと、同人誌のラストのように結衣にキスした。
「カーット!」
福王寺先生のその言葉で、結衣は俺から唇を離した。
福王寺先生の方に視線を向けると、先生はとても嬉しそうな笑顔で俺達に向かってサムズアップしていた。
「2人ともとても良かったよ! 結衣ちゃんはさすがのイケボと演技力! 低変人様も上手く言えないと言った割にはなかなか良かったよ。たまに声を詰まりながら話すところがミツキっぽかった!」
「私も悠真君の朗読はとても良かったと思うよ!」
「……そうですか。ただ、心身共にかなり疲れました」
福王寺先生が満足そうなのと、この場に俺達以外は誰もいないのがせめての救いだ。ただ、今後しばらくは、こういった内容の書物の朗読は遠慮したいと思った。
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