第11話『思い出-福王寺先生編-』

「低変人様、結衣ちゃん。朗読してくれたお礼に、バームクーヘンとコーヒーを用意するからね!」


 結衣と俺の朗読で元気が出たのか、福王寺先生はウキウキとした様子でキッチンへ向かった。バームクーヘンは大好きなので嬉しい。


「一度朗読しただけなのに凄く疲れた。普段、BLを読まないからかな」

「それはあるかもしれないね。私は楽しかったよ!」

「……そりゃ良かったな」


 結衣は凄くノリノリだったもんなぁ。朗読だけど、声だけじゃなくて、表情や行動までも同人誌に描かれている内容を再現していた。そんな結衣のおかげで、俺も何とか朗読できた感じだ。

 それにしても……この疲労感。小学校の国語の宿題で、長い話の音読を両親や芹花姉さんに聞いてもらった後に感じたものと似ている。ああいう宿題……嫌だったなぁ。時間かかるし。喉も疲れるし。今の小学生もやるのかな?


「お疲れ様、悠真君」


 結衣は俺のことをぎゅっと抱きしめ、顔を自分の胸に埋めさせる。

 あぁ……両眼が結衣の胸に包まれている感じがする。服越しだけど柔らかさが分かるなぁ。優しい温かさと甘い匂いも感じて。素晴らしきアイマスク。撫でてくれているのか、頭からも温もりが。そのおかげで、朗読の疲れが取れてゆく。


「ふふっ、低変人様ったら。結衣ちゃんの胸に埋もれちゃって。大きいし気持ち良さそうだよね。はーい、バームクーヘンとアイスコーヒーだよ。結衣ちゃんのコーヒーは砂糖入りね」

「ありがとうございますっ! 嬉しいです」

「ありがとうございます」


 結衣の胸から顔を離してテーブルを見ると、アイスコーヒーと円形のバームクーヘンが置かれていた。どっちも美味しそうだ。


「いただきます!」

「いただきます」


 俺はまずアイスコーヒーを一口飲む。味はお昼前に飲んだものと同じく苦味の強いコーヒーだけど、朗読した後だからとても美味しく感じる。

 そういえば、以前、父さんが仕事の休憩中に飲むコーヒーはとても美味しいと言っていた。それが今、ちょっと分かった気がする。


「う~ん! バームクーヘン甘くて美味しい! 悠真君も食べてみて!」

「ああ」


 フォークで一口サイズに切り分け、バームクーヘンをいただく。……あぁ、しっとりとしていて、優しい甘さだ。噛む度にその甘味が口の中に広がっていって。気持ちが休まる。


「凄く美味しいな。……美味しいバームクーヘンをありがとうございます、先生」

「いえいえ。むしろ、お礼を言うべきなのはこっちだよ。素敵な声をありがとう」

「杏樹先生が喜んでくれて良かったです! 悠真君、頑張ったね」

「……ああ。結衣と一緒だから何とか読めたよ」

「ふふっ、嬉しい。悠真君、バームクーヘンを食べさせてあげるね!」


 結衣は楽しげな様子でバームクーヘンを一口サイズに切り分け、俺に食べさせてくれる。好きな人に食べさせてもらうバームクーヘンは格別だ。


「朗読してくれたからか、ウタヤ様がミツキ君にバームクーヘンを食べさせているように見えてきた」


 はあっ、はあっ、と福王寺先生は興奮した様子で俺達を見ている。学校で見せるクールさは欠片も感じないな。もし、クールビューティーや数学姫って呼んでいる生徒が今の先生の姿を見たら、顎が外れるほどに驚いてしまうだろう。


「低変人様! 結衣ちゃん! 何かしたいことはない? 朗読をしてもらったし、私にできることなら何でも叶えてあげるわ!」

「う~ん、なかなか思いつきませんね。それに『僕の王子様はクラスメイト』を読めましたし。朗読もかなり楽しかったですからね。悠真君は何かある?」

「そうだな……じゃあ、アルバムを見たいです」

「えっ? アルバム?」


 予想外だったのか、結衣は目を見開く。


「結衣は漫画を読んでて気付かなかったかもしれないけど、食事の後片付けをしているときに、先生から弟さんと妹さんがいるって話を聞いてさ。どんな方なのか見てみたくて。先生の学生時代の写真とか」

「そういうことね。私も学生時代の写真みたいです! ご弟妹の話もスイーツ部の先輩が話してくれました。確か、大学生の弟さんと高校生の妹さんがいるんでしたっけ?」

「弟と妹がいるのは正解だけど、この4月で弟は社会人、妹は大学生になったよ」

「そうなんですか! おめでとうございます!」

「ありがとう。伝えておくわ。2人の写っている写真は少ないけど、アルバムはあるよ。ちょっと待っててね」


 福王寺先生はテレビ台の引き出しを開ける。

 もうすぐ、福王寺先生の弟さんと妹さんの姿を見られるのか。どういう感じなのか楽しみになってきた。


「あった」


 そう言って、福王寺先生はテーブルに青いアルバムを置く。ベッドシーツや掛け布団カバーの色も水色だし、先生は寒色系の色が好みなのだろうか。

 結衣と一緒にアルバムを見るために、俺は彼女のすぐ隣まで移動する。


「弟と妹がどんな感じか知りたいみたいだから、最近の写真がいいよね。今年の春休みに、2人の卒業祝いのために実家に帰ったときの写真が……あった」


 福王寺先生はそのページを開いて、俺達の前に置いてくれた。

 アルバムに貼ってある写真には、福王寺先生を含め銀髪の人のスリーショットが写っていた。楽しそうに笑う福王寺先生が、穏やかに笑うメガネをかけた男性と、クールに微笑むワンサイドアップの髪型の女性と肩を組んでいる。


「福王寺先生が肩を組んでいる2人が弟さんと妹さんですか?」

「そうだよ。弟は雄大ゆうだい、妹ははるかっていう名前なの」


 この2人が福王寺先生の弟さんと妹さんか。先生と血が繋がっているだけあって、2人とも銀髪で整った顔立ちをしているな。3人がきょうだいなのも頷ける。


「素敵な名前ですね! 写真を見ると、雄大さんは優しそうで、遥さんはクールそうな感じの方ですね」

「そうね。雄大は穏やかで優しくて、遥はクールでしっかりとした子だよ。自慢の弟と妹よ!」


 ドヤ顔で胸を張る姿は芹花姉さんと重なるな。結衣も柚月ちゃんのことを可愛いと話すときがあるし。弟や妹のいる人は大抵こんな感じなのだろうか。


「ちなみに、弟さんと妹さんは知っているんですか? 福王寺先生の今のような姿とか、漫画やアニメ好きだとか、かなりの腐女子であることとか」

「うん、知ってるよ。2人ともここに来たことあるし。実家でもこんな感じだったかな。特に2人が小さいときは、面倒を見るためにも長女としてしっかりしようと心がけたけど。2人に勉強を教えたり、宿題を手伝ったりもしたなぁ」


 ちゃんとお姉さんをしていたんだな。

 福王寺先生は学校ではクールだけれど、勉強を中心に面倒見のいい先生だと評判がいい。それは、小さい頃から弟さんや妹さんの面倒を見たり、勉強を教えたりしていたからかもしれない。

 あと、教師になろうと考えたきっかけって、弟さんや妹さんの存在があったからなのかな。


「2人ともアニメや漫画が大好きで、特に遥とは趣味が合うね。BL好きだし。もちろん、この春に大学生になったばかりだから、私が持っている成人向けの同人誌は一度も見せてないけどね!」

「それは当たり前のことですよ! ……ちなみに、今日のように、弟さんと妹さんに漫画の朗読をしてもらったことはあるんですか?」

「ええ、もちろん! BL漫画の朗読のときは、雄大にたいへんお世話になったわ。雄大はガールズラブの漫画が好きだから、遥と一緒に朗読してあげたよ」

「……似たものきょうだいですね」


 俺もガールズラブ漫画は結構好きだから、弟さんとは話が合うかもしれない。福王寺先生と妹さんが朗読するとどんな感じなのか気になるな。さっきの結衣の演技は凄かったので、彼女による朗読も聞いてみたい。


「2人とも、本当にしっかりと成長したなぁ。春休みに会ったときにそう思った。雄大はとても頭が良くて、情報処理系の難しい国家資格を学生の間に何個も取得したし。遥はとても真面目な性格で。中学から高校にかけて女子テニスをやっていたんだけど、勉強とちゃんと両立してた。国立大学に合格したし。あと、家事もよくできて。……もしかしたら、3人の中で私が一番ダメな人間かも」


 そんな風に自嘲して、苦笑いをする福王寺先生。

 すると、結衣は真剣な様子で、福王寺先生の右手をぎゅっと握る。


「そんなことないですよ! 数学は分かりやすいですし、部活動では的確にアドバイスをくれたり、お手本で美味しそうなスイーツを作ったり。お昼ご飯のナポリタンも美味しかったですし。クモが大嫌いで教え子に助けを求める一面もありますけど、それはむしろ魅力的な部分です。学校とプライベートだと雰囲気が全然違うのも可愛いですし。ですから、とてもいい先生ですよ! 悠真君もそう思うよね?」

「……そうだね。いい先生だと思いますよ」


 土下座をしてまで、BLの同人誌を朗読させてほしいとお願いされたときは、この人はどうかしているなと思ったけど。以前、俺が風邪を引いたときにお見舞いに来てくれたけど、その際に低変人の制作現場の聖地巡礼と言ったこともあったっけ。……ダメ人間っていうのは、間違いではないのかも?

 教師として、人としてこれでいいのかと思う部分はあるけど、福王寺先生は人として魅力的だと思える。低変人の大ファンであったり、俺を含めてごく少数にしかさらけ出さない素を見せてくれたりしているからかもしれないけど。


「そんな風に言ってくれるなんて……! こんな教え子を受け持つことができて私は幸せ者だよ!」


 嬉しそうに言うと、福王寺先生は俺達の背後にやってきて、写真のように、俺達の肩をぎゅっと抱いてきた。そのことに結衣はとても嬉しそうにしている。

 ただ、こういう体勢だからか、俺の左肩付近にとても柔らかい感触が。福王寺先生の温もりが背中から体の奥へと伝わっていって。あと、先生と結衣の甘い匂いがいい感じに混ざって香ってくるので、結構ドキドキしてきた。


「アルバムを見ているので、写真を撮りたくなりますね。せっかくですから、このままの体勢で写真を撮りましょうよ!」

「いいわね! あとで送ってくれる? プリントしてこのアルバムに貼るから」

「もちろんです! では、さっそく撮りましょうか」

「そうね! 結衣ちゃん、スマホ用の三脚あるから使う?」

「いいですね、使いましょう!」


 三脚にセットした結衣のスマートフォンで、俺達はスリーショット写真を撮影する。

 さっそく、結衣に撮影した写真を見せてもらう。こうして写真で見ると、俺達3人は結構寄り添っていたのだと分かる。そんな状況だったけど、俺の顔があまり赤くなってなくてほっとした。あと、結衣も福王寺先生もとても可愛らしい笑顔だ。

 約束通り、福王寺先生と俺は結衣からLIMEで今の写真を送ってもらう。いい思い出が一つ増えたと思いながら、スマホに保存した。

 福王寺先生のように、プリントして自分のアルバムに貼るといいかもしれないな。結衣と共通の恩師の一人になるだろうから。

 それからは福王寺先生のアルバムを最初から見ていく。幼い頃の先生は可愛くて、中学校以降の先生はとても綺麗だった。特に制服姿は魅力的で。あと、アルバムに貼ってある写真を見ると、先生は弟さんと妹さんと仲がいいのだと分かった。

 「可愛い」とか「綺麗」とたくさん言う結衣が微笑ましく、照れくさそうにしている福王寺先生がとても印象的なのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る