中編2
キッチンに来て、俺はモモちゃんのためにキャットフードと水を用意し始める。
久しぶりに来てくれたし、モモちゃんにキャットフードをたくさん食べさせてあげたい。でも、健康が第一なので、パッケージに書かれている目安の量をあげないと。あと、リビングから、女の子達の楽しげな声をこんなにも聞きながら用意するのは初めてだ。
――カシャッ。
――カシャ。
複数の種類のシャッター音が聞こえる。みんな、スマホでモモちゃんを撮っているのかな。俺、モモちゃんの写真を撮ったことあったっけ。もし、スマホに写真がなかったら、LIMEで送ってもらおうかな。
「ねえ、モモちゃん。オスかメスか確認させてくれるかな?」
いつも以上に優しい声で問いかける胡桃に対して、すぐにモモちゃんは「にゃんっ」と返事している。少なくとも、胡桃には心を許しているようだ。
モモちゃんは猫だけど、性別を確認するのはちょっといかがわしいイメージが。
それから程なくして、リビングから『おぉ~』という声が聞こえてくる。
「悠真君の言う通りだったね!」
「そうだね。メスだね」
「メスなのですね」
「メスかぁ」
メスだったか。
メスだと知ったから、結衣はモモちゃんに嫉妬するのだろうか。さっき、モモちゃんは俺に頭をスリスリしたり、背中をたくさん触らせたりしていたから。でも、さすがの結衣も猫に嫉妬することはないよな。
「ねえねえ、悠真君」
気づけば、結衣が俺のすぐ側で立っていた。モモちゃんの性別の報告をしに来てくれたのだろうか。
「モモちゃんはメスだったよ。4人で確認した」
「そうか。メスだったか。教えてくれてありがとう」
俺がお礼を言うと、結衣は俺に顔を近づけてきて、
「悠真君と同じものはついていなかったよ」
と囁いてきた。耳に吐息がかかってくすぐったい。
猫もメスなら……ついてないよなぁ。それを言いたくて俺のところまで来たのかな。もしそうなら結衣らしい。
「悠真君。女の子だからってモモちゃんに発情しちゃったらダメだよ? 悠真君なら大丈夫だと思うけど、念のために」
「発情って。安心してくれ。さすがに猫相手には発情しないから」
「そうだよね。しないよね。もちろん、頭や背中とかを撫でて癒されるくらいなら許すよ」
「それは嬉しいな」
頭や背中を撫でて気持ち良かったし。
それからは結衣に見守られる中、キャットフードや水を用意する。
キャットフードはチキン風味だからか、人間の俺でもいい匂いに感じる。結衣も同じことを思ったのか、それとも試験勉強をしてお腹が空いていたのか……キャットフードを一粒食べた。カリカリと音がする。
「不味くはないけど、人間向きじゃないね。味薄いし。あと、ちょっと固い」
「ドライタイプのキャットフードだからな。ただ、猫にとってはちょうどいいんだろう。モモちゃんはよく食べてくれるよ」
「にゃるほど」
「えっ」
キャットフードの成分で結衣が猫化し始めたのか?
結衣の方を見ると、そこには彼女の悪戯っぽい笑みが。おそらく、わざと言ったのだろう。そのことにほっとする。ただ、試しに右手で顎のあたりを撫でてみると、
「気持ちいいにゃ~」
と、結衣は嬉しそうに言ってくれる。それがとても可愛らしい。
キャットフードと水の用意ができたので、俺はそれらの入った皿を持って、結衣と一緒にリビングへ戻る。
窓のところで、胡桃を中心にモモちゃんと戯れている。どうやら、4人の中では胡桃が一番仲良くなっているようだ。
「すみません、モモちゃんと戯れているところ悪いですけど、モモちゃんから離れてもらっていいですか? キャットフードと水を持ってきましたので」
『はーい』
3人は声を揃えて返事をすると、俺の言った通りにモモちゃんから離れてくれる。そのことで俺の姿が見えたからなのか、
「にゃんっ!」
と鳴きながらモモちゃんは家の中に入り、俺の脚に頭をすり寄せてくる。モモちゃんからこんなことをされるのは初めてなので、とても嬉しい気持ちになる。
「本当に悠真君のことが好きなんだね、モモちゃんは」
「モモちゃんにこんなことをされる日が来るとは。……モモちゃん、キャットフードと水を持ってきたから、お外に出ようね」
「みゃお~ん」
可愛く鳴いて、俺の脚の周りをクルクル回っている。
モモちゃんを外に出すため、ゆっくりと窓の側まで歩く。そのことでようやくモモちゃんが外に出てくれた。そのタイミングで、キャットフードと水の入った皿を窓の外に置く。
「モモちゃん、キャットフードとお水だよ。しっかりと食べてね。あと、お水をちゃんと飲むんだよ」
「にゃん」
返事をするかのように鳴くと、モモちゃんはさっそくキャットフードを食べ始めた。モモちゃんからカリカリという音を聞こえると、ちゃんと食べてくれていると安心する。軽く頭を撫でるけど、食べるのに夢中になっているのか、顔を上げることはない。
「悠真君。モモちゃんには普段よりも優しい声で話しかけるよね」
「そうか?」
「あたしも同じことを思ったよ。猫カフェでも、たまに高めの声で話しかけていたよ。猫ちゃんがとても好きなんだね」
「猫は俺にとって癒しの存在だからな」
思い返せば、猫カフェでも俺に近寄ってきた猫に話しかけたっけ。自分では気づかなかったけど、猫には高めの声で話しかけているのか。
ピチャピチャと音が聞こえるのでモモちゃんを見てみると、モモちゃんは水をちゃんと飲んでいる。偉いな。水飲みが邪魔にならないよう、そっと頭を撫でる。
「そういえば、エサと水を用意しているときにシャッター音が聞こえたけど、誰かスマホでモモちゃんの写真を撮ったのか?」
「私と姫奈ちゃんが撮ったよ」
「胡桃と千佳先輩がとてもよく触れるので、いい写真が何枚も撮れたのです」
「そうだったんだ。俺、モモちゃんの写真は1枚も持っていないから、その写真を送ってくれないかな」
「もちろんなのですよ! モモちゃんに会わせてくれたお礼に送るのですよ」
「ありがとう」
「じゃあ、私達と杏樹先生がメンバーのLIMEグループに送ろうか。杏樹先生も猫が大好きだから」
「いいですね!」
福王寺先生はLIMEではいつも猫のスタンプを使っているし、俺の誕生日にプレゼントしてくれたほどだ。あと、結衣と胡桃と一緒に行った猫カフェに、一人で行ったことが何度もあるらしい。可愛らしいモモちゃんの写真を見たら、きっと喜ぶんじゃないだろうか。
結衣と伊集院さんは制服のスカートから、さっそくスマホを取り出している。俺のスマホは自分の部屋に置いてあるので、部屋に戻ったら確認するか。
「にゃんっ」
モモちゃんの方を見ると、キャットフードと水がだいぶなくなっていた。エサを少し残すのは、何かあってもまた食べられるようにという野生の本能が残っているかららしい。
「ごちそうさまか?」
「にゃぉーんっ!」
大きな声で鳴くと、モモちゃんは俺の右手に頭をスリスリしてきた。
「ふふっ。悠真君に『ごちそうさま! ありがとう!』って言っているのかな」
「そうだと嬉しいな。エサと水が少し残っているし、お皿はこのままにしておこう。……そろそろ勉強を再開しましょうか」
「そうだね。もう20分くらい経っているし」
「モモちゃんのおかげでいい休憩になったな」
「胡桃の言う通りなのです。千佳先輩もモモちゃんにたくさん触っていましたし、猫派になりそうですか?」
「犬派が揺らぐことはそうそうないけど、前よりも猫がもっと好きになったよ」
楽しげな笑顔で言う中野先輩。モモちゃんに触れたのが大きかったようだ。猫派にはならなくても、猫が好きでい続けてくれると嬉しい。
「じゃあね、モモちゃん」
「にゃー……」
人間の言葉が分かっているのか、モモちゃんは寂しげで元気のない声を出す。俺とさよならするのが寂しいのかな。もしそうなら本当に可愛い奴だと思いながら、モモちゃんの頭を優しく撫でた。
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