中編1

 ノラ猫と戯れるために、俺達は1階のリビングへ向かう。

 閉めてあるカーテンの向こう側には猫型の影が見える。俺達の足音が聞こえたのか「にゃーにゃー」と鳴いている。


「本当によく鳴く猫ちゃんだね、悠真君」

「そうだな。うちに来た歴代のノラ猫の中では一番鳴くよ。静かな猫も可愛いけど、俺を見て鳴いてくれる猫はとても可愛いんだ」

「ゆう君の言うこと分かるよ。あたしも家の近くでたまに黒いノラ猫に会うの。その子はあたしと目が合うと、小さい声だけど『にゃんっ』って鳴いてくれて。それがとても可愛いんだ」

「おぉ、そうなのか。自分に向かって鳴いてくれるのっていいよなぁ」


 話しかけてくれている感じがして嬉しくなる。黒猫は好きなので、一度でいいから、胡桃の家の近所にいるノラ猫に会ってみたいものだ。


「低田君。そのノラ猫ちゃんの名前は何と言うのですか?」

「モモちゃんだよ。鼻がピンク色だからっていう理由で芹花姉さんが命名した」

「名前も理由も王道だね」

「俺も同じことを思いましたよ、先輩」


 カーテンを開けると、そこにはこちらに向かって座る茶トラのハチ割れ模様の猫が。この子がモモちゃんだ。

 俺が窓を開けると、モモちゃんはパッチリとした目で俺のことを見て、


「にゃんっ!」


 と可愛らしく鳴いてくれる。その瞬間に、


『かわいい~!』


 女性陣4人は声を揃えて言った。声のボリュームがあるので、俺は体がビクついてしまったけど、モモちゃんは全く驚いていない様子。あと、目の前に5人の人間がいて、そのうちの4人は初対面なのに、モモちゃんは全然動じていない。

 俺はモモちゃんの頭を優しく撫でる。柔らかい毛だから、触り心地がとてもいい。


「いい子だね、モモちゃん」

「にゃ~」


 こうしていると、結衣と胡桃と一緒に猫カフェに行ったときのことを思い出す。猫と戯れられて幸せな気分になれたし、また一緒に行きたい。


「悠真君もモモちゃんに触れるんだね。さっき、お母様とお姉様がモモちゃんに触れるって言っていたから」

「母さんと姉さんは、この子が来るようになってすぐに触れるようになったんだ。父さんも何回か会ったら、色々なところを触れるようになってさ。ただ、俺だけは今も頭しか触れないんだよ。他の場所を触ろうとしたら、爪を立てたり、甘噛みしたりして触らせてくれないんだよな」

「そうなんだ。悠真君だったら、私の体のどこでも触っていいし、いつでもモフモフモミモミしていいからね!」


 結衣は楽しげな様子で俺に寄り添ってきて、俺の頬に頭をスリスリしてくる。俺のことを慰めてくれているのだろうか。モフモフだけでなく、モミモミしていいと言うところが結衣らしい。


「もう、結衣ったら。ところで、低田君。モモちゃんってオスなのですか? それともメスなのですか?」

「母さんと芹花姉さんの話だとメス猫だ。さっき言った通り、俺には頭しか触らせてくれないから、自分で確認したことはないけど」

「そうなのですか」

「色々なところが触れそうだったら、性別を確認してみようか」

「そうだね、華頂ちゃん。まあ、オスでもメスでもモモちゃんが可愛いことに変わりないけど」


 中野先輩はニコニコしながらモモちゃんを見ている。猫好きだと言っていたし、もしかしたら猫派になるかもしれないな。


「にゃぉ~ん」


 いつもよりも甘えた声で鳴くと、モモちゃんは俺の手に頭をスリスリとしてくる。


「おぉ、どうしたモモちゃん。こんなことは初めてじゃないか」

「にゃん」


 モモちゃんはその場で寝転がって、ゴロゴロする。これも初めてだぞ。本当に今日はどうしたんだろう?


「悠真君、今の雰囲気なら背中やお腹を触れるんじゃない?」

「そうかもな。母さんと芹花姉さんはよく背中を触っているから、俺も背中を触ってみるよ」

「それがいいね」


 今日のモモちゃんだったら触れそうな気がする。

 体をゴロゴロするのが終わり、モモちゃんは腹ばいの姿勢になる。……よし、勇気を出してモモちゃんの背中を撫でてみよう。ゆっくりと右手を伸ばして、モモちゃんの背中にそっと乗せる。

 今までなら俺から離れたり、爪を立てたりするけど……今回はおとなしいぞ。そのままゆっくり撫でてみると、


「みゃお~ん」


 とモモちゃんは可愛らしい声で鳴いてくれた。


「は、初めてモモちゃんの背中を撫でられたぞ」


 何度も撫でるのに失敗してきたからか、心にくるものがある。


「おめでとう、悠真君!」


 結衣は俺にそんな祝福の言葉をかけ、拍手をしてくれる。そんな結衣を見てか胡桃、姫奈、中野先輩も拍手。嬉しい気持ちはもちろんあるんだけど、ちょっと気恥ずかしさもあって。家で良かった。


「それにしても、どうしてモモちゃんは、今日になって俺の手に頭をスリスリしたり、背中を触らせたりしてくれるようになったんだろう? 1年くらいの付き合いがあるからかな。それとも、結衣達が側にいるから、何かあっても大丈夫だって思っているのかな」

「今まで頭は触らせてくれていたみたいだし、慣れがあるのかもね、ゆう君」

「あとは、結衣が低田君の頬に顔をスリスリしたのを見て、羨ましくなったのかもしれないのです。低田君を好きな可能性もあるのです」

「猫はツンデレって言う人もいるもんね、伊集院ちゃん。高嶺ちゃんに嫉妬した可能性もありそうだね」


 猫にも複雑な心があるのかもしれない。

 モモちゃんが俺を好きなことが確定したわけじゃないけど、今の伊集院さんと胡桃の話を聞いたら、モモちゃんがもっと可愛く思えてきたぞ。

 今日の夕ご飯のときにでも、モモちゃんの背中を触れたり、頭をスリスリされたりしたことを家族に報告するか。


「ねえ、悠真君。私もモモちゃんに触りたいな」

「もちろんいいよ。みんなは初めてですから、まずは頭を触るといいと思います」


 俺がゆっくりと手を離すと、モモちゃんは「にゃぉん……」と寂しげに鳴く。それだけ俺に撫でられるのが良かったのかな。

 俺と入れ替わる形で、結衣はモモちゃんの前に座る。それと同時にモモちゃんが最初に来たときのように、きちんと座った姿勢に。結衣はモモちゃんの頭をそっと撫で始める。


「初対面の私に触らせてくれるなんて、モモちゃんはいい子だね~。毛が柔らかくて撫で心地がいいね!」

「……にゃん」


 モモちゃんの頭を撫でられて上機嫌な結衣。

 ただ、そんな結衣とは対照的にモモちゃんはあまり気分が良くなさそう。「ううっ」と唸り声を上げている。伊集院さんと中野先輩が言ったように、結衣に嫉妬している説が有力になったかな。


「こんなに可愛い猫ちゃんが家に来るなんて、悠真君は幸せ者だね!」

「大げさに言うなぁ。でも、こうして猫と触れ合うと癒やされるよ。受験生のときもモモちゃんのおかげでいい気分転換になったよ」

「ふふっ、そうなんだね」

「結衣ちゃん、あたしも触ってみたいな」

「あたしも触ってみたいのです」

「あたしは後輩2人の後に触らせてもらおうかな」


 結衣が下がり、その代わりに胡桃と伊集院さんがモモちゃんの前に立つ。

 これから彼女達が触ろうとしているのを察知したのか、モモちゃんはゴロンと寝転がって、ゆったりとした体勢になる。

 胡桃はモモちゃんの背中、伊集院さんは頭を触る。


「にゃぉにゃぉ~ん」


 気持ちいいのか、モモちゃんはとても可愛い声を上げる。頭と背中を同時に撫でられたからかもしれないけど、結衣のときとは違ってかなり反応が違うなぁ。嫉妬説がますます強まった。


「いいねぇ。じゃあ、あたしはお腹を触ろうかな」


 中野先輩は胡桃と伊集院さんの間から右手を伸ばして、モモちゃんのお腹を触る。芹花姉さんと母さんもお腹はすぐに触れなかったけど……胡桃と伊集院さんが気持ちのいい状態にしているからか、難なく触れている。凄いな。


「俺、モモちゃんのためにキャットフードと水を用意してくるので、そのままモモちゃんと戯れていてください」

「分かったよ、悠真君。3人がこんなに触れているし、モモちゃんがオスかメスか確認してみようよ」

「今なら確認しやすそうだね、結衣ちゃん」


 3人に撫でられて上機嫌に見えるし、モモちゃんの性別をすぐに確認できそうかな。そんなことを思いながら、キャットフードと水を用意するために俺はキッチンへ向かった。

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