後編
俺達は洗面所で手を洗って、俺の部屋に戻る。少し汗ばんでいるから、部屋に入った瞬間、かなり涼しく感じる。
「あぁ、涼しいのです!」
「涼しいねぇ、伊集院ちゃん。ていうか、あたし達、今まで暑いところにいたんだね。モモちゃんのおかげで暑さを全然感じなかったよ」
「猫ちゃんの力は凄いですね、千佳先輩」
「可愛いと暑さを忘れちゃうよね」
結衣のその言葉に頷く。モモちゃんが可愛いのはもちろんのこと、初めて頭をスリスリされ、背中を触れたのが嬉しくて全然暑苦しくなかった。猫からもたらされる癒やしのパワーは計り知れない。
「ねえ、悠真君。この前行った猫カフェで買った猫耳カチューシャってある?」
「あるよ。でも、急にどうした?」
「モモちゃんと戯れたら、私も猫ちゃん気分を味わいたくなって」
「ははっ、そうか。勉強机の引き出しに入っているから、座って待ってて」
「うんっ」
結衣達はさっきまで自分が座っていた場所に戻る。
記憶を頼りに勉強机の引き出しを開けると、その中には黄色い猫耳カチューシャが入っていた。このカチューシャを見ると、結衣と胡桃と3人で猫カフェに行ったときのことを思い出す。カチューシャを付けた結衣と胡桃が凄く可愛かったなぁ。
さっきまで座っていたクッションに戻る際、俺は結衣にカチューシャを渡す。
「ありがとう、悠真君」
結衣は俺から受け取ったカチューシャを頭に付ける。その瞬間、胡桃、伊集院さん、中野先輩から「おおっ」という声が。
「黄色いカチューシャも似合うね、結衣ちゃん!」
「久しぶりに猫耳姿を見ましたが可愛いのです」
「確かに可愛いね。ただ、高嶺ちゃんはスタイルがいいし、今は少し露出度が高めだから艶っぽさも感じるよ」
「ふふっ、そうですか。セクシー猫ちゃんだにゃ~」
にゃぉ~ん、と妖艶な雰囲気で猫の鳴き真似をする結衣。
今の結衣は制服のブラウスの第2ボタンまで開けていて、スカートもちょっと短めにしているので、普段よりも露出度が高め。確かに、中野先輩の言う通り艶っぽさを感じる。俺にはちょっと厭らしさも感じるけど。
「悠真君、どうかな?」
「凄く似合っているよ。写真に撮りたいくらいだ」
「もちろんいいよ!」
「ありがとう」
スマホを手に取ってスリープ状態を解除すると、LIMEを通じて結衣と伊集院さんから写真が何枚も送られていると通知が届いていた。モモちゃんの写真だろう。それは後で確認するとして、まずは猫耳結衣の写真を撮ろう。
スマホのレンズを結衣に向けると、結衣は「にゃん」と両手を猫の手の形にする。猫耳カチューシャを付けているから可愛さの威力が凄い。そんなことを思いながら、シャッターボタンを何度も押した。
「ありがとう、結衣。いい写真が撮れた」
「いえいえ~」
結衣は俺に近寄ってきて、右腕に頭をスリスリしてきた。にゃおにゃお~ん、と可愛らしく鳴きながら。
「悠真君に頭をスリスリさせたり、背中を撫でられたりするモモちゃんの姿を見て羨ましくなっちゃって。部屋に戻ったらカチューシャを付けて、悠真君に甘えようって決めていたの」
「そうだったんだ」
猫ちゃん気分を味わいたいって言われたときに、おおよその想像できていたけど。
「結衣ちゃんはいい子だね」
さっきモモちゃんにしていたように、俺は結衣の頭や背中を優しく撫でる。モモちゃんの触り心地もいいけど、結衣には敵わないな。
俺に撫でられて気分が良くなったのか、結衣はうっとりとした様子で俺のことを見つめてくる。
「あぁ、幸せ。悠真君をペロペロしたいにゃ~」
「ペロペロ……ほえっ」
可愛らしい声を漏らす胡桃。顔を赤くし、チラチラと俺達のことを見ている。
結衣はいつも通りの明るい笑みを浮かべ、自分の唇をペロペロ舐める。そして、俺のある特定の場所を見て、
「……ペロペロしたいにゃ」
「どこ見てるんだよ」
「ふふっ。指折りに好きな場所だにゃぁん」
さっきよりも甘い声でそう言う結衣。まったく、結衣ったら。
「胡桃達もいるし、ちょっと汗も掻いているからペロペロするのは止めておくれ。あと、犬は人間の顔とかを舐めるやつもいるけど、猫ってそういう話をあんまり聞かないな」
「そうだね。思い返せば、猫カフェで猫にペロペロされたことはないな。じゃあ、ペロペロしない代わりに、もうちょっとスリスリしてる」
「それならいいよ」
そう言うと、結衣はその場で寝転がって、俺の右太ももの上に頭を乗せる。そして、ゆっくりと頭をスリスリ。キャットフードと水をあげる直前に、モモちゃんは俺の脚に体をスリスリしていたから、その真似をしているのだろう。
ポンポン、と俺が結衣の頭を優しく叩くと、結衣は「えへへっ」と楽しそうに笑った。
――プルルッ。プルルッ。
複数台のスマートフォンがほぼ同時に鳴る。ということは、俺達がメンバーになっているグループトークに福王寺先生からメッセージが送られたのかな。結衣も起き上がり、自分のスマホを見ている。
モモちゃんの写真と一緒に確認してみよう。
LIMEのアイコンをタップして、俺達5人と福王寺先生のグループトークの画面を開く。そこには結衣と伊集院さんによって、モモちゃんの写真がたくさん送信されていた。どれも可愛らしく、さっそくアルバムに保存する。それらの写真の後に、
『こんなに可愛らしい猫が遊びに来るのね! いつか、低変人様の家に行って私もモモちゃんに触ってみたいわ!』
『猫って可愛さを追求した生き物よね! 癒された~。今日の残りの仕事を頑張れそう。ありがとう!』
福王寺先生からの感謝のメッセージと、『ありがとう』という文字付きの白猫のスタンプが送られてきていた。どうやら、先生はモモちゃんを気に入ってくれたようだ。先生だったら、モモちゃんも色々なところを撫でさせてあげるかも。
「杏樹先生、モモちゃんに癒されたみたいだね」
「とても可愛いもんね。ただ、実際に会って触ったらもっと癒されるよね」
「胡桃の言うこと分かるのです。撫で心地が良かったですからね」
「気持ちよかったよね。あと、撫でているときに目を見て鳴かれたときはキュンときたよ」
そのときのことを思い出しているのか、中野先輩は今までの中でも一番と言っていいほどの可愛らしい笑顔を浮かべている。犬派が揺らぐことはそうそうないって言っていたけど、この様子だと猫派になる日も近いんじゃないだろうか。
俺達は福王寺先生向けに『癒されますよね』とか『お仕事頑張ってください』というメッセージを送り、課題や試験勉強を再開する。モモちゃんの効果もあってか、休憩する前以上に、みんな勉強が捗っているようだ。そんな中、
――ピンポーン。
という音が鳴る。部屋の時計を見ると、今は午後5時半過ぎか。いつのまにかこんな時間になっていたのか。
扉の近くにあるインターホンのモニターを見ると、画面には福王寺先生が映っていた。
「福王寺先生。どうしたんですか」
『今日のお仕事が早く終わってね。だから、例のモモちゃんがいると思って遊びに来ちゃった!』
そう言うと、なぜかウインクをしてくる先生。まだ外にいるけど、仕事が終わっているからか素のモードになっているな。
「杏樹先生なんだ」
来客が福王寺先生だと分かったからなのか、結衣が俺の近くに来ていた。
「先生、お仕事お疲れ様です」
『ありがとう……って、どうして結衣ちゃんは猫耳を付けているの?』
「モモちゃんに触発されまして。猫ちゃん気分を味わいたいと思った次第です」
『ふふっ、なるほどね。ところで、モモちゃんはまだいるかしら?』
「エサと水を与えたのは1時間くらい前です。ただ、今日みたいな天気の日は家の庭で寝ているときもありますから、まだいるかもしれません。とりあえず、そちらに行きますね」
『分かったわ』
通話を切り、5人全員で玄関に向かう。
玄関を開けると、そこには膝丈の黒いスカートに半袖の白いブラウス姿の福王寺先生が立っていた。仕事帰りなので、学校で会った服装と同じ。だからか、素のモードになっている今の可愛らしい笑顔が、いつも以上に魅力的に見える。
「どうも、低変人様」
「お仕事お疲れ様です、福王寺先生」
「ありがとう。みんな、こんにちは」
『こんにちは~!』
女子高生4人は福王寺先生に対していい返事をする。だからなのか、先生も嬉しそうに見える。
「みんな、課題や試験勉強をしているのよね。偉いわね。さっそく本題に入るけど、モモちゃんはいるかしら?」
「まだ確認していません。いつも、リビングの窓のところで会いますから、そこから確認しましょうか。先生、どうぞ上がってください」
「うん。お邪魔します」
福王寺先生が家の中に入ってくる。そういえば、先生が家に来たのっていつ以来だろう。俺が風邪を引いて、お見舞いという名目での聖地巡礼をしたときかな。
結衣や福王寺先生達と一緒にリビングに行き、俺はゆっくりと窓を開ける。そこにはエサの皿の隣でぐっすり眠っているモモちゃんの姿が。あと、さっきは少し残っていたキャットフードと水は全てなくなっていた。
「福王寺先生、モモちゃんいましたよ」
「そうなの! 嬉しいわぁ」
テンション高めな様子で、福王寺先生は俺の隣にしゃがむ。だからか、先生の甘い匂いがほんのりと香ってきた。
「にゃん?」
俺達の会話が聞こえたからか、モモちゃんはゆっくりと目を開けてこちらを見てくる。
「にゃお~ん!」
大きめな声で鳴くと、モモちゃんは俺の手に頭をスリスリしてくる。今日になるまでこんなことはなかったから、可愛いと思うと同時に感動が。
「実際に見ると本当に可愛い猫ね。あと、低変人様のことがとても好きなんだ」
「出会ってから1年近く経ちますけど、ようやくツンデレのデレ部分を見せてくれるようになりましたよ。凄くかわいいメス猫です」
「ふふっ。私も触れるかしら」
「きっと触れますよ! さっき、初対面の私達でも触れましたから!」
元気にそう言う結衣。俺絡みで嫉妬されているからか、結衣は4人の中で一番触れていなかったけど。それでも、結衣はモモちゃんに触れたのが嬉しかったのだろう。
福王寺先生が触りやすくするため、俺は少し窓から離れる。
「モモちゃん、いい子ね~」
今までの中で一番と言っていいほどに甘い声で囁く福王寺先生。それが功を奏したのか、先生がゆっくりと右手を差し出すとモモちゃんは俺のときと同じように、頭をスリスリしてきた。
「みゃぉ~ん」
「あらあら、いい子ねぇ。柔らかい毛触りが素敵だわ~。にゃぉ~ん」
「にゃぉ~ん」
「にゃぉにゃぉ~ん!」
「にゃぉにゃぉ~ん!」
その後も、モモちゃんは何度も福王寺先生の鳴き真似をしていく。どうやら、先生のことを気に入ったようだ。
あと、この姿を学校で公表したら、福王寺先生のファンになる生徒や職員が増えること間違いなしだな。
「本当にいい子ね。とても癒される」
「そうですか。可愛いノラ猫ですよね」
「可愛いわよね。触れたし、モモちゃんのファンになっちゃった。今日みたいに仕事が早く終わった日や休日とか、たまに会いに来てもいい?」
「そういう理由であれば、恋人として許します」
「ここの家の人間としても許しますよ」
「ありがとう!」
家に来たときは、モモちゃんに会えるかどうかは関係なく俺の部屋へ聖地巡礼しそうだけど。
小一時間ほど勉強したのもあり、俺達は再びモモちゃんに戯れながら休憩するのであった。
特別編5 おわり
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